目次
- 伝説の広告「1984」を作った男、スティーブ・ヘイデン。元ネタとなった同名の小説『1984』とは?
- 撮影したのはリドリー・スコット。しかし、スポーツの祭典で放送するには暗すぎた…?
- Appleの“すべて”をかけて開発されたMacintosh。ヘイデンにはジョブズから直接オファーが
- ユーモラスなテーマから一転。重厚、そして製品は登場しない。リドリー・スコット監督が加えたエッセンス
- 2人のスティーブが「1984」を絶賛。スカリーCEOは懸念を示すも、伝説は現実へ
- 「1984」の放送後、メディアの報道は加熱。絶賛と批判。しかし、広告効果は絶大なものに
- CHIAT\DAY社は「Think different.」も制作を担当。批判を生むも数々の受賞歴
Appleの広告「1984」を制作したコピーライター、スティーブ・ヘイデン氏が亡くなった。ヘイデン氏は、生前にBusiness Insiderなどに広告制作の裏話を披露している。
それによると、当時あの広告は、私たちが想像しているよりずっと異質なものと受け取られたようだ。
伝説の広告「1984」を作った男、スティーブ・ヘイデン。元ネタとなった同名の小説『1984』とは?
2025年8月27日、米国の広告クリエイター、スティーブ・ヘイデン氏がニューヨーク州の病院で亡くなった。87歳だった。
名前だけ聞いて、どんな人物か思い浮かぶ人は少ないかもしれない。ヘイデン氏は、あの「1984」のCMを制作した広告クリエイターだ。スティーブ・ジョブズ氏から直制制作を依頼され、有名すぎる「you’ll see why 1984 won’t be like “1984”(1984年が“1984”のようにならないことがわかります)」というコピーを書いた。
この伝説的なCMは、ジョージ・オーウェルの小説『1984』に基づいている。
小説『1984』は、1949年に刊行された、35年後の社会を描いた未来予測サイエンスフィクションだ。作中では3つの超大国が常に争っており、市民はテレスクリーンとマイクで一挙手一投足を監視されている。主人公のウィンストン・スミスは、恋人のジュリアとともに、この全体主義監視社会からの脱出を試みるという、のちのディストピア小説のひな形にもなった小説だ。
撮影したのはリドリー・スコット。しかし、スポーツの祭典で放送するには暗すぎた…?
Appleは、奇しくも1984年に発売することになったMacintoshを、『1984』の世界のような監視社会にしないための情報ツールと位置づけた。そして、同年1月22日のスーパーボウルのライブ中継、レッドスキンズ対レイダース戦の第3クォーター後のCM枠を購入し、伝説的なCMを流した。
よく知られているとおり、この1分間の映像を撮影したのは、映画監督のリドリー・スコット氏だ。このときには、すでに「エイリアン」や「ブレードランナー」を発表し、SF映画の第一人者になっていた。そのため、誰が見ても一瞬でわかるほど映像のクオリティは高い。しかし当時の人たちは、素晴らしいCMというより、異様なCMだと感じたようだ。
スーパーボウルというのは、2つのフットボールリーグAFCとNFCの優勝チームで争われる毎年恒例のビッグイベント。アメリカでもっとも視聴率がとれるスポーツイベントであり、この日の米国の食糧消費は突出して高くなる。そしてハーフタイムショーには、マイケル・ジャクソンやポール・マッカートニー、ジャネット・ジャクソン、マドンナなど超一流アーティストが出演する。
家族はテレビの前に集まり、スポーツバーはどこも満員。新年の穏やかな気持ちと、華やかなイベントに、誰もが笑顔でハンバーガーやホットドッグを頬張る日だ。特にこの日は、ロサンゼルスレイダースが28対9で大きくリードして第3クォーターを終えたため、レイダースファンは大盛り上がりだっただろう。
そこに突然、何の前触れもなく、薄暗い画面の中に魂が抜き取られたようなスキンヘッド集団が行進する映像が映るのだ。多くの人が「異様に感じた」と証言している。
Appleの“すべて”をかけて開発されたMacintosh。ヘイデンにはジョブズから直接オファーが
なぜAppleは、華やいだスーパーボウルの雰囲気をぶち壊しにしかねない暗い映像のCMを流したのだろうか。今の日本で、たとえば正月の箱根駅伝の中継で似たようなCMを流したら、「正月早々不快な気分にさせられた」と苦情が入り、SNSでは炎上騒ぎになるのではないかと思う。
スティーブ・ヘイデン氏は、2019年2月3日のBusiness Insiderの記事「Here are the original ideas and storyboard behind Apple’s iconic 1984 Super Bowl ad(1984年スーパーボールのAppleの象徴的な広告の背後にある原点の発想とストーリーボード)」や、同じくBusiness Insiderが主催するポッドキャスト番組「Brought to you by…」の「Apple 1984(2019年2月6日配信)」で、その裏話を語っている。

この頃、AppleはApple IIのヒットで急成長していたが、IBMがIBM PCを発売したことで、Apple IIの販売数は下降していた。そんなタイミングで開発されたMacintoshには、Appleがすべてをかけていたと言っても過言ではない。
スティーブ・ヘイデン氏は小さな広告代理店CHIAT\DAYのコピーライターで、本人によると「二流のお酒の広告」を手掛ける毎日だったという。そんなとき、スティーブ・ジョブズ本人からMacintoshの広告を任された。
スティーブ・ジョブズはCHIAT\DAYの尖った広告プランを気に入っており、それまでにもさまざまな広告制作を依頼していたのだ。その流れで、スティーブ・ヘイデン氏に白羽の矢が立ったのだという。
ユーモラスなテーマから一転。重厚、そして製品は登場しない。リドリー・スコット監督が加えたエッセンス
ヘイデン氏はクリエイティブチームをつくり、広告案を考え、一度はボツになりかけていた「1984年は1984にはならない」というコンセプトでいくことを決定。ところが、このときはユーモラスで明るい未来社会をテーマにしたものだったという。
スティーブ・ジョブズ氏から「世界を変えるCMにしてほしい」と伝えられたクリエイティブチームは、映像制作にリドリー・スコット監督を起用することにした。本人にコンタクトを取ると、リドリー・スコット監督も乗り気で快諾。しかし、内容の大幅な変更を提案してきた。これが、あの重厚なCMの原型となっている。
これに驚いたのは、CHIAT\DAYのジェイ・シャイアット社長だ。こんな暗いCMをスーパーボウルで流すなんて常識はずれだ、しかも製品が一度も登場しないなんて!と大反対。社長とクリエイティブチーム、リドリー・スコット監督の間で議論が重ねられた結果、最終的にはApple側にストーリーボードと企画案を説明するしかないということになった。

2人のスティーブが「1984」を絶賛。スカリーCEOは懸念を示すも、伝説は現実へ
クリエイティブチームは、スティーブ・ジョブズ氏と新しくCEOに就任したジョン・スカリー氏にプレゼンした。すると、スティーブ・ジョブズ氏は「これは素晴らしい!」と大喜びで絶賛したという。制作費が通常の10倍近くになることを小さな声で付け加えたが、ジョブズ氏は問題ないと上機嫌だった。
また、スカリーCEOも高く評価した。しかし、製品であるMacintoshが一度も登場しないことには難色を示したという。
だが、結局ジョブズ氏の強い要望でGOサインが出て、英国のシェパートンスタジオで撮影が行われた。ちなみに、映像に登場するスキンヘッドの群衆は、普段からスキンヘッドにしているエキストラや臨時アルバイトが集められている。スタジオはスキンヘッドの男だらけになり、異様な雰囲気だったという。
映像が完成すると、Appleのセールス会議で試写が行われ大好評だった。しかし、役員会は大反対。とにかく映像が暗く、しかも製品が一度も登場しないことを問題にした。
その反対ぶりは強行で、購入したCM枠を転売する案も出されたほどだ。しかし、それに反対したのが共同創業者のスティーブ・ウォズニアック氏だった。ウォズニアック氏はこのCMを気に入り、Appleが広告枠を売却するなら、自分が個人でその枠を購入し、このCMを流すと主張したという。この発言が決め手となって、伝説的なCMが現実のものとなった。
「1984」の放送後、メディアの報道は加熱。絶賛と批判。しかし、広告効果は絶大なものに
「1984」は、その異常さからニュースで盛んに取り上げられた。「広告ではなく映画」(The New York Times)、「テレビ広告の歴史を変えた」(The Washington Post)、「企業メッセージとアートを融合した稀有な例」(TIME)と絶賛するものが多い中、「商品説明がなく、機能が伝わらない」(The Wall Street Journal)や「大衆には難解で自己満足」と批判的な論評もあった。
賞賛と批判が出たことにより、さらに多くのメディアで取り上げられることになり、AppleとMacintoshは大きな広告効果を獲得するに至ったのだ。
CMの映像の中では明示的には示されていないものの、ビッグブラザーがIBMであり、それに対抗する市民側の先頭に立つのがAppleであるというメッセージを伝えている。事実ジョブズ氏は、さまざまなスピーチでこのCMを語るとき、IBMの名前をまったく隠すことなく口にする。
このような挑戦的で刺激的なCMが、多くの人に受け入れられた理由は時代というしかない。残念なのは、このあとジョブズ氏がAppleを離れ、Appleはどんどん“普通の会社”になっていってしまったことだ。
CHIAT\DAY社は「Think different.」も制作を担当。批判を生むも数々の受賞歴
そして1997年、13年ぶりにAppleに復帰したジョブズ氏は、再び挑戦的な広告キャンペーン「Think different」をスタートさせる。この広告を制作したのも、CHIAT\DAYだ。
アインシュタイン、ボブ・ディラン、キング牧師、ジョン・レノンといった著名人を映し出し、この人たちをCrazy Ones(クレイジーな人)、misfits(はみ出し者)、rebels(反抗的な人)、troublemakers(トラブルメーカー)という否定的な言葉を使って紹介した。これも、今の日本でそのまま放映したら「敬意がない」「何様のつもりだ」と炎上することは確実だろう。
しかし、社会変革者は社会の真ん中ではなく、社会の端から生まれてくる。多くのクレイジーな人、はみ出しもの、反抗的な人、トラブルメーカーは、やっかいな存在として社会に受け入れられてはもらえない。そのうちの極わずかな人々が、アインシュタインやキング牧師のように社会を変えていく。つまり、このようなはみ出し者たちを許容できることが、そのまま社会の強靭さに直結しているのだ。
当時も、偉人たちを“クレイジー”と呼んだことや、歴史的偉人を商業宣伝に利用したことに対する批判は一部あった。しかし、このような偉人たちの家族や財団からの苦情はなく、エミー賞最優秀広告賞やカンヌ国際広告祭グランプリなどを受賞している。
私たちの社会は、次第に寛容さを失いつつある。その先にあるものは『1984』の世界だ。1984年に『1984』が訪れることはなかったが、2025年が『1984』にならないよう、今、この2つのCMを見返す価値はあるだろう。
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著者プロフィール
牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。







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