iMacやiPhoneなど、Appleの製品名は「i」という小文字で始まるものが多い。
今ではすっかり見慣れて、当たり前になってしまったが、1998年当時、iMacが登場したときは非常に斬新な製品名だった。なぜ、iMacは小文字で始まるのか。これが今回の疑問だ。
※この記事は『Mac Fan 2025年5月号』に掲載されたものです。
1998年に発売されたiMac。Apple独自の“小文字”ネーミングもここから
iMacやiPhoneなど、Apple製品の多くの名称が、小文字の「i」で始まる。この先頭を小文字で表すというスタイルは、他社ではあまり使われておらず、Appleの専売特許のようになっている。
なぜ、Appleは小文字のiを使った製品名を採用したのか。最初に使われたのは、1998年に発売されたiMacだ。このiMacは簡単な設定でインターネットが使えることが最大の長所で、「インターネットが使えるMacintosh」を強調したかったのだと思われる。
発表会にプレゼンターとして登場した当時のスティーブ・ジョブズiCEO(暫定CEO)は、「Internet」「Individual」「Instruct」「Inform」「Inspire」の5つの意味が込められていると説明した。しかし、小文字始まりの製品名を採用した理由は、他社がやっておらず、型破りだったからに違いない。
“小文字の元祖”は「eWorld」? Appleが運営するパソコン通信ネットワーク
実をいうと、AppleはこのスタイルをiMacより前にも使っている。それは1994年に登場した「eWorld」だ。eWorldとは、Appleが運営していたパソコン通信ネットワーク。月額8.95ドルでメールやニュース、掲示板などの機能が利用できた。

この「e」がElectronicの「e」であることは明らかで、「電子の世界」を意味するサービス名になっていた。これは納得できる。なぜなら、物理の世界では電子のことを「–e」と表すことになっていて、それは一般にもよく知られているからだ。eを小文字にすることで電子をイメージさせ、短いサービス名でコンセプトを伝えられる。
翌1995年、eBayというサービスが登場した。その前身は「Echo Bay」という会社である。だが、「echobay.com」というドメインはすでに取得されていて使えなかった。そこで、短縮して「ebay.com」とした。サービス名をeBayにしたのは、もしかするとeWorldの影響があったのかもしれない。
“先頭を小文字”のルーツはハッカー文化に。エンジニアの世界でいう「キャメルケース」
この先頭を小文字にするというスタイルは、エンジニアの世界ではキャメルケース(大文字がラクダのコブのように途中に挟まってくる書き方)としてよく使われていたものだった。ハッカー文化のひとつとなっており、そのこともAppleらしさにつながっている。
プログラミングを学び始めたばかりのとき、誰もが一度はやってしまうのが、「Hensu01」「Hensu02」などという変数をたくさんつくってしまい、どれが何の変数なのか、自分でもわからなくなるという失敗だ。
そこで「person name」などのように、以降は内容がわかる変数名にしようと反省する。しかし、昔のプログラミング言語は大文字と小文字の区別がなかった。さらに、変数名の間に空白を使うこともできない。そこで「PERSON-NAME」のようにハイフンでつなげることが考えられるが、ハイフンはマイナス記号と紛らわしく、言語によっては変数名には使えないケースも多かった。
そうして生まれたのが、アンダースコア(下線)を使う方法だ。「PERSON_NAME」のようにすればわかりやすく、「PERSON_AGE」のような派生する変数もつくりやすい。
画期的なAltoの登場。そして失われた[_(アンダースコア)]のキー
1970年代、ゼロックスのパロアルト研究所でAltoという画期的なコンピュータが開発された。ウィンドウシステムをマウスで操作する仕組みで、Appleのスタッフがこれに触発された結果、Macintoshが生またというのはあまりにも有名な話だ。

ところが、このAltoのキーボードにはアンダースコアのキーがなかった。その結果、プログラマーたちは、アンダースコアで変数名を書き分けることができなくなってしまったのだ。
さらにAltoが画期的だったのは、独特のプログラミング言語が開発されていったことだ。MesaやCedar、SmallTalkといった先進的なオブジェクト指向の考え方を取り入れた言語が生まれ、現在につながっている。なお、オブジェクト指向言語の特徴は、「クラス」という考え方があることだ。
関数を複数作る現在のプログラミング言語。「クラス」はその設計図
現在のプログラミング言語の多くは、手順をまとめた「関数」を複数つくり、これを組み合わせてプログラムをつくっていく。作業を複数人で手分けしやすい、修正がしやすい、動作テストをしやすいなどの数々のメリットがあるからだ。
クラスというのは、この関数のひな形設計図のようなものである。
たとえば、カレーライスをつくる手順をまとめたクラスをつくっておけば、簡単な手直しをするだけで、カレーライスをつくる関数、ホワイトシチューをつくる関数、カレーうどんをつくる関数を生成できる。使うカレールーを変えたい場合、すべての関数を修正して回らなくても、大元のクラスさえ修正すればいいわけだ。
このようなオブジェクト指向の時代になった結果、プログラマーたちは関数名や変数名に「personName」というキャメルケースを使うようになった。
Javaが広めたキャメルケース。Appleにとっても、「小文字」は自然な表記だった
どうして先頭を小文字にするのか。それは、クラス名と区別するためだ。クラス名のほうは「PersonProfile」のように大文字始まりのキャメルケースにすることで、見分けやすくしている。なお定数に関しては、昔ながらの「PERSON_AGE」などと大文字で書くことが多い。
1995年にサン・マイクロシステムズがJava言語を発表し、このような命名ルールも広めていった。そして、1998年にiMacが登場したときは、このようなキャメルケースはプログラマーの間では常識になっていた。そのため、Appleにとっても自然な表記だったと思われる。


もちろん、Appleはさまざまな理由を総合して、先頭を小文字にしたのだと思う。型破りで独自性がある、ロゴにしたときの視認性に優れるといった利点も存在する。しかし、その背後にある、プログラマーたちのハッカー文化の影響は小さくなかったはずだ。
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著者プロフィール
牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。







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