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なぜ、Appleロゴは6色のレインボーカラーだったのか。“魔法使い”ウォズニアックが生み出した、Apple Ⅱの革新的な色表示性能

著者: 牧野武文

なぜ、Appleロゴは6色のレインボーカラーだったのか。“魔法使い”ウォズニアックが生み出した、Apple Ⅱの革新的な色表示性能

Apple好きであれば、Appleの創業者が2人のスティーブ(ジョブズとウォズニアック)であることは知っていることだろう。

エンジニアの中には、ジョブズよりもウォズニアックを尊敬する人が多い。なぜ、“ウォズ”はエンジニアにとって特別な存在なのだろうか。そして、これは初期のAppleロゴが6色に塗り分けられている理由にもつながる。これが今回の疑問だ。

※この記事は『Mac Fan 2024年3月号』に掲載されたものです。

シリコンバレーのエンジニアから尊敬を集めるスティーブ・ウォズニアック

スティーブ・ジョブズが偉大なイノベーターとして知られる一方、共同創業者であるスティーブ・ウォズニアックは、しばしば愛すべきサブキャラ扱いをされる。しかし、シリコンバレーのエンジニアたちにとっては、ジョブズよりも尊敬すべき人とされることが多い。その理由は、彼の生い立ちとテクノロジーにおける秀でた才能にある。

1957年、ソ連はICBM(大陸間弾道ミサイル)を転用したロケットで人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功した。これには米国もパニックに陥り、スプートニクショックとも呼ばれている。なぜなら、核弾頭を搭載すれば容易に米国本土を攻撃できるからだ。米国は対抗してICBMの開発を急ぎ、その中でひとつのプロジェクトが注目された。それがポラリスミサイルだ。

高性能のICBMの開発が難しいのであれば、潜水艦から核弾頭を搭載した中距離ミサイルを発射できるようにすればいい。このような潜水艦を北極海に配備することで、ソ連に対する抑止力になると考えたわけだ。




ウォズニアックは“生き証人”。シリコンバレー発展の背景にあるミサイル開発

ポラリスミサイルの開発はロッキード社に委託され、開発拠点に選ばれたのが、のちにシリコンバレーと呼ばれる地域にあるサニーベール市のモフェット海軍飛行場だ。

そして、この仕事に従事するためロッキード社のエンジニアであるジェイコブ・ウォズニアックが引っ越してきた。彼は7歳の息子を連れており、その息子の名がスティーブ・ウォズニアック。のちに「オズの魔法使い」にちなんで「ウォズの魔法使い」と呼ばれ、Appleの共同創業者になる人物だ。

ポラリスミサイル開発計画によって、果樹園しかなかったシリコンバレーに莫大な資金が流れ込み始める。ノーベル賞を受賞したウィリアム・ショックレーは、実家があり、年老いた母親が住んでいたという理由でマウンテンビューにショックレー半導体研究所を開設していたが、ここからスピンアウトした人たちがのちにインテルを創業する。また、近所にあったスタンフォード大学は人材の供給源として成長し、近所にあった社員数900人の計測機器メーカー「ヒューレットパッカード」は急成長を始めた。

ウォズは、子どもの頃からそういったシリコンバレーの盛り上がりを目撃し、体験してきた。そのため、シリコンバレーの住人でウォズに敬意を払わない人はいない。シリコンバレーのことなら、ウォズは何だって知っているのだ。

Appleの株式上場の原動力となったApple Ⅱ。画期的だった6色カラー表示

ウォズニアックが尊敬される理由は、魔法とも呼べる天才ぶりにある。Appleを株式上場させる原動力となった「Apple Ⅱ」が6色のカラー表示を実現したのは、ウォズニアックの功績によるものだ。

当時のコンピュータはモノクロ表示が常識であり、Apple Ⅱのライバルである家庭用ゲーム機「アタリ2600」は128色が表示できたが、実際に同時発色できるのは4色だけだった(時間差で多色表示に見せかけることは可能)。

Apple Ⅱも当初はゲーム機として受け入れられており、のちに「ウィザードリー(Wizardry)」や「ミステリーハウス(MYSTERY HOUSE)」といったヒットゲームが登場する。その人気の要因となったのが、発色数の多さだ。

Apple II用にリリースされたゲーム「THE SANDS OF  EGYPT」の画面。モノクロがあたり前だった時代に、6色とは言えカラー表示できるのは画期的なことだった。スクリーントーンのような独特の質感になっている。画像●INTERNET ARCHIVE
「INTERNET ARCHIVE」には、Apple II用のゲームが収集されている。画面キャプチャが閲覧できるだけではなく、ブラウザ上で遊ぶことができる画期的なアーカイブだ。画像●INTERNET ARCHIVE




6色表示には絶対的に足りないビデオメモリ。その課題をクリアしたウォズニアックの魔法

ただ、Apple Ⅱにはビデオメモリがモノクロ表示を想定した8Kバイトしか搭載されていない。Apple Ⅱは、280×192ドット表示(高解像度モード)。モノクロは0(消灯)か1(点灯)で制御できるため、280×192ドット=5万3760ビット=6.56Kバイトで、8Kバイトのビデオメモリで十分ということになる。

8色表示を行うには1ドットあたり3ビットで制御するため19.69Kバイトが必要で、とてもビデオメモリが足らない。

ビデオメモリを追加すればいいが、そうすると本体価格が高くなってしまう。では、アタリ2600と同じ4色表示ならどうなのか。そうなると1ドットあたり2ビットで制御するので13.13Kバイトのビデオメモリが必要になり、やはり足りない。しかし、この課題をクリアしてしまうのがウォズニアックだった。

ウォズニアックの発想は、光の補色を利用すること。光の補色とは、混ぜ合わせると白になる光の色の組み合わせだ。

「光の補色」を活用。わずか8Kバイトのビデオメモリで実現した6色表示

ウォズニアックは「紫、緑」と「青、橙」の2つの光の補色の組み合わせを利用した。隣り合った2つのドットで「紫、緑」を点灯すると、遠くから見ると白に見える(実際はコンポジットビデオ信号というアナログ信号を生成するため、白を直接表示できる)。

「紫、×」では紫に、「×、緑」では緑に、「×、×」では黒に。同様に「青、橙」の組み合わせだと白、青、橙、黒の4色を表現でき、合計で6色を表示できる。発色は遠くから見ると黒が混ざったパターンとなりスクリーントーンのような質感になるが、これがApple Ⅱの個性にもなった。

先頭ビットが0の場合は「紫、緑」の補色ペアが、1の場合は「青、橙」の補色ペアがセットされる。これを横に40セット並べて1行分の表示を行い、それが192行あることで、280×192行の画面が構成される。そのため、ビデオメモリはモノクロ用の容量でありながら紫、緑、青、橙、白、黒の6色が表示できた。

では、これでビデオメモリは足りるのだろうか。ウォズニアックは8ビットをひとつの単位として扱い、先頭ビットの0か1で「紫、緑」と「青、橙」のいずれの色セットを使うかを指定した。そして、残りの7ビットで7ドット分を点灯(1)か消灯(0)かを指定。つまり、横7ドット分にビデオメモリが1バイト必要になる。

横は280ドットなので40バイト必要だ。これが192行あるということは、40バイト×192行=7680バイト=7.5Kバイトとなり、見事に8Kバイトのビデオメモリに納まる。




Appleロゴが6色のレインボーカラーだった理由。“Macintoshの開発”にもつながった強み

当時のコンピュータとしては、6色を同時に発色できることは画期的だった。Appleの初期のロゴが6色のレインボーカラーだったのも、この6色表示がApple製品の大きなセールスポイントになっていたからだろう。

Apple Ⅱ発売当時のAppleのロゴ。6色のレインボーカラーに塗り分けられているのは、Apple IIが6色表示を実現したことをアピールする狙いがあったと考えられる。画像●Wikipedia

なお、Apple Ⅱは1298ドル(約18.5万円)で発売された。日本の「ビッグマック」の価格が280円だった時代だ(現在は450円)。そんな状況下でも、Apple Ⅱは約600万台も売れた。当初はゲームソフトが販売台数を牽引したが、スプレッドシート「ビジカルク(VisiCalc)」などの登場により、次第にビジネスシーンでも使用されることとなる。

仕事でグラフ表示をするときなどは、視認性に優れた6色表示が活躍するからだ。以降、ジョブズは「パーソナルコンピュータ」という概念を前面に押し出し、それがMacintoshの開発につながっていく。

ウォズニアックはこういった天才的な手法を、「トリッキーな方法ではなくシンプルな方法」だとさまざまなインタビューなどで強調している。しかし、ウォズニアックにとってはそうであっても、私たちから見ると魔法だ。ちなみに、Apple Ⅱのハードウェアもウォズニアックが設計しており、その“シンプル”な仕組みが無数に採用されている。

Apple Ⅱは今日でもインターネットオークションの「eBay」などに出品されることがあるが、驚くべきことにその多くが「完動品」である。このような製品をつくった人だからこそ、ウォズニアックはエンジニアを筆頭とした多くの人から尊敬されているのだ。

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著者プロフィール

牧野武文

牧野武文

フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。

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