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Appleのチップ開発はどこへ向かうのか。 ジョニー・スルージ氏が語ったAppleシリコンの挑戦と未来

著者: 山下洋一

Appleのチップ開発はどこへ向かうのか。 ジョニー・スルージ氏が語ったAppleシリコンの挑戦と未来

画像⚫︎imec

Appleのチップ開発を率いるジョニー・スルージ氏が「イノベーションアワード」の表彰式で講演。iPhoneからMac、Vision Proに至るまで、Appleが独自シリコンを貫く理由と、その裏側にある果敢な挑戦を語った。

Apple独自のチップ開発

Appleでチップ開発を統括するジョニー・スルージ氏が、半導体の革新に貢献した人物に贈られるimecの「2025イノベーションアワード」を受賞。「ITF World」で受賞セレモニー後、「Apple silicon:これまでの過程で得た教訓」と題した講演を行なった。その内容は20年近くにわたり半導体チップを独自設計してきた歩みと、そこから得た知見だ。

Appleが独自チップの開発に着手した契機は、初期のiPhone開発まで遡る。当時、市場に出回っていたモバイル向けチップには、タッチUIを円滑に駆動するために必要なIP群が備わっていなかった。そこでアップルはiPhoneのビジョンを実現するため、困難を伴う独自開発の道を選択した。

講演で、スルージ氏は最初の教訓として「特定製品に向けたカスタム設計の価値」を挙げた。チップの性能と電力効率は密接に結びついており、個々の製品に合わせた設計を行うことで、最善のトレードオフを判断できるという。たとえば、「デバイスが放熱できる最大の熱量」と、「消費電力対パフォーマンスがもっとも良くなる消費電力での発熱量」を一致させることによって、負荷の高い処理でもバッテリ消費を最小限に抑えることができる。

「破壊的なイノベーションを実現する製品はレガシーなチップからは生まれない」。iPhone開発での学びから、Appleシリコンはカスタムシリコンをあらゆる種類のデバイスに最適化できるスケーラブルな設計になった。画像●imec




ムーアの法則への挑戦

次にスルージ氏は、「大胆な長期投資の価値」に言及した。チップ開発は成果が出るまでに長い時間がかかる。ハイリスクだが、長期的な価値に賭けることを恐れてはならないという。その象徴的な例が、MacのAppleシリコンへの全面移行である。AppleはM1チップの開発にあたって代替案を用意せず、すべてのリソースを集中投入した。その賭けは成功を収め、Macは従来の常識を覆す性能とフォームファクタを獲得し、新たな黄金時代を迎えることができた。

講演の終盤では「常に最高のツールと技術を用いること」の重要性が強調された。スルージ氏の言う「最高の技術」とは、物理的な限界に挑み続けるための手段を指す。同氏は、チームに「物理法則に制約される以外は何にも制約されてはならない」と伝えているという。

近年、半導体の微細化は3nmから2nm世代へと進み、従来の設計手法やツールでは限界が見えてきている。こうした中、 半導体の設計を自動化するソフトウェアやツールを開発・提供するEDA(電子設計自動化)ベンダーの果たす役割は、ますます重要性を増している。

講演では生成AI技術にも言及し、その活用の進展にも期待を寄せた。従来、熟練エンジニアが膨大な時間をかけていた設計作業の一部をAIが支援または代替することで、設計サイクルの短縮や製品投入までのリードタイムの短縮が可能になる。

Appleのチップ設計は、もはや人間の手作業だけでは支えきれないほど、大規模で複雑だ。スルージ氏の開発チームは、EDAや生成AIを活用し、「大胆な長期投資」に踏み出そうとしている。   

従来プロセッサは高速化によって性能を引き出していたが、スルージ氏は性能と電力の密接な関係に着目。熱的に制約されたデバイスでは、効率を向上させることで追加の性能を得られることから、ワットあたりの性能に焦点を当て、Appleシリコンの高効率アーキテクチャを実現した。 画像●imec

※この記事は『Mac Fan』2025年9月号に掲載されたものです。

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著者プロフィール

山下洋一

山下洋一

サンフランシスコベイエリア在住のフリーライター。1997年から米国暮らし、以来Appleのお膝元からTechレポートを数多くのメディアに執筆する。

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