iPhone はマルチタッチスクリーンにより自由度の高いUIを実現したが、最新の16シリーズでは「カメラコントロール」という物理的な操作ボタンを導入し、撮影時の各種設定を行いやすくした。
つまり、写真性能を向上させた結果、単体のカメラ製品が持つ物理的なUIの利点を再認識したともいえる。
逆にデジタルカメラの世界では、長年蓄積された写真のノウハウにスマートフォンの使い勝手を組み合わせて、製品作りに活かそうとする動きが見られる。
その急先鋒的な存在が、縦フレームでの撮影を基本とする富士フイルムの「X half」だ。
筆者は、このX halfとともにスペインのバルセロナとサン・セバスティアン(バスク語ではドノスティア)を旅し、その魅力を実感した(結局、自腹で買ってしまった)。
久々に存在が気になったデジタルカメラ
実は、筆者が最後に単体のデジタルカメラを購入したのは2014年。パナソニックの「LUMIX DMC-FZ1000」だった。
一眼レフ風のデザインだがレンズ交換はできない「ネオ一眼」と呼ばれたジャンルのカメラで、1インチセンサと400mm相当の高倍率ズームレンズを搭載し、当時は画期的と称された製品だ。
それ以前には、オリンパスが名機PENの名前をデジタルカメラで復活させた「PEN E-P1」(2009年発売)、さらにその前には、エプソンのレンジファインダーデジタルカメラ「R-D1」を購入したことがある。
筆者の近年の購入デジタルカメラ。左上がパナソニック LUMIX DMC-FZ1000。右上がエプソン R-D1。そして、下段が往年のオリンパスPEN F(ハーフサイズ1眼レフフィルムカメラ。デザイン比較のための参考)とPEN E-P1。
有効画素数が20.1 メガピクセル(5472 × 3648 ピクセル) のDMC-FZ1000は、1台で事足りるという意味で今でも仕事カメラとして使える現役機だ。
しかし、同12.3 メガピクセル(4032 × 3024 ピクセル)のPEN E-P1は、往年のハーフサイズの一眼レフフィルムカメラ、PEN Fをモチーフとしたデザイン以外の魅力に乏しく、すぐにお蔵入りとなった。
逆に、R-D1は、スペック上は約 6.1 メガピクセル(3008 × 2000 ピクセル)に過ぎないが、メカニカルな操作感(巻き上げレバーでシャッターをリセットしないと次の撮影ができないなど)が気に入って、もっとも愛着のあるカメラとなっている。
そのため自分の中では、年々高機能化するカメラ機能の恩恵に与れるiPhoneとは別に、スペックではなく撮る楽しさという点で立ち位置が異なるものが単体のデジタルカメラであり、ここ10年ほどは素晴らしい性能に目を見張ったとしても食指の動く製品がなかった。
しかし、富士フイルムのX halfは久々に気になる機種であり、これならば10年ぶりに購入してもよいかと思わせる魅力を秘めている。
デジタル時代のハーフカメラのあり方を追求
その理由は、高価だったフィルムの1コマを2分割して利用するという節約策だったかつてのハーフカメラとは事情が異なるが、スマートフォンやチェキと同じ縦フレームが基本という思い切った仕様をクラシカルなデザインの筐体に詰め込むという発想の妙と、絞り設定や露出補正を物理的なレバーとダイヤルで行う操作感、そして、フィルムの確認窓を思わせるタッチディスプレイのスワイプでフィルムシミュレーションやフィルタの選択を行うといったギミックの面白さだ。
さらに、撮影結果を専用の「X half」アプリで「現像」するまで見られないというフィルムカメラモードも用意され、このモードでは光学ファインダしか使うことができないという思い切った仕様になっている。
撮像素子は1インチの裏面照射型CMOSで、有効画素数約1774万画素の3648 x 4864ピクセルという数字はXシリーズの上位機種やiPhone 16 Pro/Pro Maxと比べれば控えめ、かつ連写機能もない。
しかし、そういうスペック競争から距離を置いて楽しむ(楽しめる)のが、X halfの身上といえる。
RAWイメージの撮影はできず、JPEGイメージのみにしているのも、その方針を反映したものである。
筐体は、重厚さよりも軽さ(240g)を重視した樹脂製ながら質感は高めで、グリップ感もよく、モノとしての魅力が感じられるフォルムが特徴だ。
両吊用の穴が設けられ、金具が付属する点も、うれしい心遣いである。
今後は、サードパーティ製のアクセサリもいろいろと出てきそうだ。
ちなみにレンズは、レンズ付きフィルムの「写ルンです」と同等の32mm(35mm換算)の固定焦点で、f2.8。
先のフィルムカメラモードで使うと、まさに「デジタル写ルンですハーフ」的な感覚になる。
樹脂製ながら質感が高い筐体は、このシルバーのほかにブラックとチャコールシルバーが用意されている。レンズカバーは側面がラバー素材で不用意に外れることがないが、個人的にはワンタッチで撮影に移れるようなサードパーティ製品にも期待したい。
クラシックカメラのフォーカスレバーのようなものは、絞り設定用のノブ。光学ファインダー窓横のフラッシュは、側面にある独立したスライドスイッチでオン/オフするLEDタイプ。
軽やかな筆記体のX halfのロゴが刻まれたトップカバー。単なるプリントで済ませていないところにも、こだわりが感じられる。アクセサリシューは、電気的な接点のないコールドタイプ。シャッターボタンと同軸に露出補正ダイヤルがあり、フィルム巻き上げレバーに見えるものは、2枚で1組の2in1フォトを撮る際のフレーム切り替えレバー兼フィルムカメラモードでの擬似巻き上げレバー(操作しないと次の写真を撮ることができない)
背面に十字キーなどはなく、縦型のメインタッチスクリーンとフィルム確認窓のような小型のタッチスクリーンのほか、静止画/動画の切り替えスイッチ、再生ボタンしかないシンプルさで好感が持てる。細かな設定は、メインタッチスクリーンの上下左右へのスワイプで表示される各種メニューから行える。
フィルムカメラモードにするとX half本体のメインタッチスクリーンはコマ数カウンター中心の表示になり、光学ファインダーで撮影した結果は「X half」アプリに送って「現像」するまで見られない。その擬似的な現像も1コマずつネガからプリントされるようにゆっくりと行われ、現像後は右のようなコンタクトプリント(べた焼き)としても楽しめる。
直感的に使えるフィルム設定と露出補正
メインのスクリーンが小さめなので、絞りの変更結果の確認はわかりづらいが、Xシリーズの特徴でもあるフィルムシミュレーションは専用のタッチスクリーンのおかげで楽に行え、シャッターボタンと同軸のダイヤル式露出補正も使いやすい。
スマートフォンのカメラ機能と異なり、補正結果を固定しておける点にもメリットがある。
設定例は日本で撮影したものだが、特にフィルムシミュレーションは、アナログフィルムそのものの再現を目指すものではないものの、意図に応じて13種の中から選ぶことができ、他にも、トイカメラや光漏れ、二重露光などの8種の効果を加えられるフィルター機能(最後に作例あり)が用意されている。
13種のフィルムシミュレーションのうち、ここでは左からVELVIA(ビビッド)、ETERNA(シネマ)、SEPIA(セピア)、ACROS STD(モノクロ)での撮影結果を並べてみた。スペインでは、VELVIAとACROS STDを多用した。
難波八坂神社の巨大な獅子殿を、補正ダイヤルの1目盛(=1/3EV)ずつ露出を変えながら撮影してみた。このように、適切な露出や、あえて明るめ、暗めの写真を簡単に写すことができる。正面からの構図でないのは、境内に溢れるほどのインバウンド観光客の皆さんが、順番待ちをしながら記念撮影を行っていたためだ。
スペインで撮影した作例(カラー編)
ここからはスペインで撮影したノートリミング、ノーレタッチの作例を紹介して、多少でも旅気分を味わっていただければと思う。
トータルでは数日の間に1400枚以上撮り、これらはそのごく一部に過ぎないため、他の写真からも選択してセルフパブリッシングの写真集を作ることも考えている。
スペインでは幸い好天に恵まれ、ほぼ抜けるような青空だったこともあり、カラーの作例は主にビビッドなVELVIA設定で撮っている。
サン・セバスティアンはモンテ・ウルグルの半島を挟んで3つの砂浜があり、北東側のスリオラ海岸はサーファー、南西側のラ・コンチャ海岸とオンダレタ海岸は海水浴や日光浴に興じる人たちで賑わう。これは、ラ・コンチャ海岸に面したアルデルディ・エジール公園にある豪華2階建てのメリーゴーランド。連日のように親子連れが楽しんでいた。
椰子の木が生えたアルデルディ・エジール公園から、サン・セバスティアン市庁舎を望む。一番奥に見えるのは、モンテ・ウルグル山頂のキリスト像。市庁舎は、元々、19世紀後半に建てられたカジノだったが、20世紀になって賭博禁止令が出され、自治体によって使われることとなった。
バルセロナにあるカタルーニャ音楽堂は、ユネスコの世界遺産にも登録されているルネサンス期に建てられたアールヌーボー様式の絢爛豪華な施設。今も現役のコンサートホールとして、年間50万人以上の人がオーケストラの演奏やジャズ、伝統音楽などを楽しんでいるという。特に見事なものが、この天井を彩るステンドグラスで、太陽を表現したとされ、自然光によって光り輝いている。
バルセロナでは早朝から開いているカフェも少なくないが、サン・セバスティアンはリゾート地らしく(?)、時差ボケで夜明けに目が覚めると、朝食を摂れる店を探すのに苦労する。そんな中、6時半に開店していたアラメンダ・パステレリアというケーキショップ兼カフェの窓からの1枚。仕事に向かうのか、通勤前のポタリングなのか、ちょうど赤いスウェットの女性が自転車で通り過ぎていった。
バル・スポルトは、サン・セバスティアンの旧市街にあるピンチョス(小皿料理)の名店。店の外にまで客が溢れている。名前からすると元々はスポーツバーなのだろうが、店内ではピンチョスの注文と食べるのに忙しい人たちばかりで、スポーツ観戦を楽しむ余裕などないほどの人気店だった。
スリオラ海岸で、「撮影してほしい」と向こうから声をかけてきた仲良しの青年二人組。写真の送り先などを訊くと「送らなくていい」という。この写真は、おそらく、X halfで撮られた最初のスペイン人のポートレートとなった。
ラ・コンチャ海岸の端では、毎日異なるパターンや絵を砂の上に描く若者ユニットの姿があった。これはミステリーサークル風の作品で、別の日の早い時間に通りかかると、図面を見ながら杭やロープを使って作図を行っていたが、これだけのものを完成させるには優に数時間はかかりそうだった。
海外では、分かれ道があれば細いほうの分岐へ、建物の間に通路があればその中へ、積極的に入っていくようにしている。そのほうが、ありきたりではない光景に出会える確率が高いためだ。奥に見える通路から中庭のような場所に入ると、そこはビルの壁に囲まれた壁打ちテニスコートのようなところで、こんな壁画が描かれていた。通路の上に描かれた旗は、イクリニャと呼ばれるバスク民族のシンボル。
カラフルな衣料品を扱う店の前には、執事と思われる看板がわりの等身大フィギュアが。撮影時には気づかなかったが、店内から店主と思われる女性に、こちらも見られていた。ギフトボックスもなかなか洒落ている。
閉まっていて何の店かはわからないが、入り口のブルーのガラスが美しくて写真に収めた1枚。取っ手にハンガーがかけてある理由も謎で、しばらくその場で考えていたのだが、通り過ぎる人たちは誰も気に留めていないようだった。
スペインで撮影した作例(モノクロ編)
モノクロ写真にも独特の味わいがあって好みだが、X halfではいちいち設定画面を呼び出すことなく、スワイプでほぼ瞬時にACROS STD変更できる。
そのため、被写体に応じた選択が簡単に行える点も大きな魅力だった。
サン・セバスティアン大聖堂近くの、噴水がある街区を優雅に散歩中だった老人の後ろ姿。雨に備えてか傘を杖代わりにしているが、足元はサンダルばきで、実際に降ってくれば濡れてしまいそうだ。ちなみに、この日も良い天気で、降雨の心配はなかった。
モンテ・ウルグルの麓にあるハーバーと旧市街の間にある石造りの門を、逆光のシルエット気味に捉える。門には港を展望できる通路があり、ベンチが設られていて、市民や観光客の休憩場所になっていた。SSはサン・セバスティアンの頭文字。掲げられた旗はパレスチナのもので、民族意識の強いバスク地方が、パレスチナ人に連帯意識を持っていることを示している。
モンテ・ウルグルの山頂にある16世紀の要塞、モタ城の薄暗い空き地の石垣の上に、誰かが松ぼっくりや石や木の枝をまとめて置いてあった。それが静物として美しかったので、触れずにそのまま撮ってみた。
サン・セバスティアンの中央を流れるウルメア川には、新旧の美しい橋がいくつかかかっている。旧市街から15分ほど上流に歩いたところの橋の袂に岸辺に降りる石段があり、川面に下る途中で見た、欄干とランナーのシルエットが印象的だった。
まだ人気の少ない朝のラ・コンチャ海岸で、遠くから白い犬か何かの動物のように見えたのは、タオルがかけられたビーチチェアだった。しかし、それがなかなかに愛らしかったので、高級そうなマンション群を背景に、その佇まいを写真に収めてみた。
意外と面白い2in1フォト機能
実際に利用してみて、予想以上に面白いと感じたのが、撮影時にカメラ内で、あるいは「X half」アプリ上で2枚の写真を組み合わせて保存する2in1フォト機能だ。
利用の目的は、2枚をサイド・バイ・サイドで比較したり、被写体とその説明を1枚にまとめたりする実用的なものから、アート試行の作品作り、裸眼立体視用のステレオ写真制作など、それこそアイデア次第。
特にフィルター効果との組み合わせでは、つい夢中になり、時間を忘れて何枚も作ってしまった。
X halfには、フィルムの粒状感をシミュレートする機能があり、これは、その最大設定(左)とノーマルのモノクロ写真を並べて2in1フォトにしたもの。
名所や観光スポットには、何かしらの説明書きがあるものだが、通常は1枚の写真に両方を含めるのは難しい。しかし、2in1フォトならば、別々に撮った被写体をカメラ内で組み合わせられるので、後から見返すのに便利である。
この自転車は、前部と後部が切り離されて、角に位置する店の別々の外壁に看板代わりに取り付けられていた。その離ればなれになった可哀想な(?)自転車のかつての姿を、2in1フォトで甦らせてみた。
撮影位置をわずかに左右にずらして撮った写真を並べると、裸眼立体視用のステレオ写真ペアになる。これは日本で撮影したものだが、寄り目にして見る交差法で鑑賞すると、彫刻が背景より手前に浮かび上がる。裏技的に、このようにも使えるのが2in1フォトの面白さだ。
これも日本での撮影分だが、二重露光フィルター(左)と光漏れフィルターで撮った2枚の写真を、X halfアプリ上で組み合わせてみた。このような、いわゆる「エモい」写真も簡単に作れてしまうので、X halfは要注意なカメラなのである。
まさに、撮って出しのカジュアルな写真からアート的なイメージ作りまで、人それぞれの楽しみ方ができるのが、X halfの真骨頂なのであった。
価格はオープンプライスだが、量販店の予約では11万円を超えており、気軽に買うという商品ではない。
しかし、この製品のメインターゲット層と考えられるZ世代は、レコードプレーヤやカセットデッキなど、本物感とモノとしての魅力に溢れた製品に価値を認め、少々高価でもお金を払う傾向にある。
そのため、レコードの生産額が35年ぶり70億円を突破したというニュース も流れてきた。
簡単に手に入るトイカメラではないからこそ、あえて買って大事にする若者がいても不思議ではない。
X halfは、そういう製品であり、チェキや写ルンですを成功させてきた富士フイルムならではの先鋭的な製品であることが、今回の旅を通じて良く理解できた。
大谷和利
1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、神保町AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。
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