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データをガラスに保存する。Microsoftの「Project Silica」とは?

著者: 今井隆

データをガラスに保存する。Microsoftの「Project Silica」とは?

「Project Silica」はアーカイブシステムを抜本的に見直すMicrosoftのプロジェクトで、1枚のガラスパネルに7TBの容量と1万年の保存期間を実現するという。そこに秘められたテクノロジーを探っていこう。 画像●Microsoft

※この記事は『Mac Fan』2025年7月号に掲載されたものです。

デジタル化が仇になり過去のデータにアクセスできなくなるケースも…

さまざまなデータを長期保管するためのアーカイブは、この30年ほどの間に急速にデジタル化が進んだ。写真はフィルムや印画紙からメモリカードへ、ビデオはテープからディスク、そしてメモリカードやクラウドへ、パソコン上のデータの保管先もカセットテープからフロッピーディスク、MO、光ディスクなどからクラウドへと変わった。

デジタル化によってアーカイブデータの劣化が抑えられ再利用が容易になった反面、その長期保管性は必ずしも一律に向上したとは言えない。たとえば、フロッピーディスクはすでに国内メーカーは製造終了しており、過去のデータを読むためのフロッピードライブも入手が難しくなっている。

これは光ディスクも同様で、最新のBlu-rayディスクでさえ国内生産が終了したばかりでなく、ドライブメーカーも相次いで撤退している状況だ。写真やフィルムであれば劣化してもある程度内容が把握できるが、デジタルアーカイブではそうはいかない。

テープや磁気ディスクの磁力、フラッシュメモリのトンネル酸化膜などが劣化して読めなくなったり、読み取るためのデバイス(ドライブなど)が市場から失われたり、ストレージデバイスを接続するためのインターフェイス(SCSIやファイアワイアなど)が廃止されたり、といった具合にデジタル化が仇になって過去のデータにアクセスできなくなるケースも出てきているのが実状だ。

過去には磁気ディスクや光ディスク、半導体メモリカードなどがアーカイブデータの保管に用いられてきた。しかし今となってはそのメディアや再生環境が入手困難になってしまったものも少なくない。
画像●筆者撮影




7TBのデータを記録できる!?「Project Silica」とは?

そんな中、Microsoftは従来とは異なる概念のデジタルアーカイブ技術を開発するプロジェクト「Project Silica」を推進している。デジタルアーカイブはその仕組みが複雑になればなるほど、先に述べたような理由で将来記録されたデータを読み出せなくなるリスクが高い。そこで「Project Silica」では、記録メディアにシンプルな「石英ガラス」のパネルを採用した。

材料は二酸化ケイ素(SiO2)で、記録メディアには電子部品や複雑な製造プロセスが一切使われていない。記録メディアを極限までシンプルにすることで、仮に現在の再生手段が完全に失われたとしても、別の方法でデータを読み出せることを目標に開発された。

「Project Silica」はMicrosoftの研究機関であるMSR(Microsoft Research)と、欧米の大学機関との共同研究に取り組むOptics for the Cloud Research Allianceの共同プロジェクトだ。超短光パルスレーザーでガラスパネルにデータを三次元記録し、通常光を照射し偏光顕微鏡を使って読み出す。書き込みと読み出しで使用される技術が異なるため「WORM(Write Once Read Many)」特性を持つ。読み出し時に誤ってデータを上書きしてしまうリスクがないため、保全性が高いのが特長だ。

2019年11月に「Project Silica」は、映画会社ワーナーブラザーズと協力し、1978年に制作された映画「スーパーマン」の全編を75ミリ角、2ミリ厚のガラスパネルに記録し再生することに成功した。このときのデータ量は75.6GBだったが、2022年10月に開催されたMicrosoft Research Summitでは、さらに記録密度が向上し、120mm角のガラスパネルに7TBのデータを記録できると発表された。

2019年11月、MicrosoftとWarner Brosは1978年に制作された映画「スーパーマン」を、75mm角2mm厚のガラスパネル1枚(データ容量75.6GB)に保存し、再生することに成功したと発表した。
画像:Microsoft

沸騰したお湯の中に落としても、電子レンジで加熱しても大丈夫。優れた長期保管性が魅力

「Project Silica」は、記録メディアであるガラスパネルに強力な超短光赤外線パルスレーザー「フェムト秒レーザー(Femtosecond Laser)」を照射し、ガラスの微細な一部分を物理的に変質させることで記録を行う。この変質されるエリアの最小単位を「Voxel」と呼び、そのサイズは1ミクロン以下だという。

レーザーの強度と向きを変えることで、さまざまな形状のボクセルを記録することができる。レーザー光がガラスパネル上をX・Yに二次元スキャンすることで膨大な数のボクセルの書き込みを行い、これをZ方向(高さ方向)に100層以上積み重ねることで大容量を実現する。

「Project Silica」では、ガラスパネルにデータを記録するために超短光赤外線パルスレーザー「フェムト秒レーザー」を用いる。そのレーザー光の照射時間は100フェムト秒(10兆分の1秒)と極めて短い。
画像:Microsoft
「Project Silica」の記録単位は「Voxel」と呼ばれ、そのサイズは1ミクロンメートル以下と非常に小さい。記録時に各Voxelの向きとサイズを変えることで、さまざまなデータを記録することができる。
画像:Microsoft
Voxelは、記録時に平面上に並べて記録され、さらにこれを高さ方向に100層以上積層することで、膨大なデータを手のひらサイズのガラスパネルに記録することを可能としている。
画像:Microsoft

一方、読み出しはレーザー光ではなく通常光をガラスに照射し、偏向ガラスを通過するボクセルの輝きを機械学習によってパターン認識することで、データの復元を行う。それにより、イメージセンサの移動とフォーカス深度の調整によって三次元の任意の場所のボクセルを読み出すことができ、従来の磁気ディスクや光学ディスクなどに比べて極めて高速なランダムアクセスが可能だという。

ガラスパネルからのデータの読み出しには、通常光を使った偏光顕微鏡が用いられる。照射する光を目的の層にフォーカスし、カメラで読み出された画像は機械学習を用いてデータに復元される仕組みだ。
画像:Microsoft

石英ガラス製のパネルはその保管に温度や湿度を一定に保つための空調や特別な設備を必要とせず、記録されたデータを何世紀にもわたって保管できる。実際にプロジェクトでは、沸騰水の入ったやかんの中に落とす、500度に熱したオーブンで焼く、電子レンジで加熱する、強磁界中で消磁する、スチールウールで表面を磨く、といった過酷な試験を行い、内部に保存されたデータが失われないことを確認したとされている。

Microsoftの研究者はガラスパネルの耐久性を実証するために、沸騰したお湯の中に落とす、電子レンジで加熱する、強磁力を加える、スチールウールで磨く、といったダメージを加えたがデータは失われなかったという。
画像:Microsoft

「Project Silica」が目指すのは、デジタルアーカイブをより安価で高品質な状態で、安全に長期間残すことにある。これによってユーザが、そのデータを保管するかどうかの選択をすることすら不要となることを目指す。

さらにプロジェクトでは、膨大な数のガラスパネルを保管してアクセスするための仕組みも合わせて開発している。広大なラックの中に格納されたガラスパネルを探し出すためのロボットと、多数のロボットがお互いに干渉することなく自由な場所に移動できるようにするための仕組みを提案しているのだ。

今から遠い先の未来、古い地層から見つかった小さなガラス片から当時の私たちの生きた世界を知る、そんな時代が来るのかもしれない。

Microsoftは膨大なガラスパネルをラックに保管し、それらに自在にアクセスできる仕組みも考案した。ラックのレールに取り付けられたロボットが、複数のラックを自在に渡り歩きながら目的のガラスパネルを運ぶ。
画像:Microsoft

※この記事は『Mac Fan』2025年7月号に掲載されたものです。

著者プロフィール

今井隆

今井隆

IT機器の設計歴30年を越えるハードウェアエンジニア。1983年にリリースされたLisaの虜になり、ハードウェア解析にのめり込む。

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