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大規模スマートホスピタルとして1800台のiPhoneを基盤に起ち上がった「大阪けいさつ病院」/医療とApple

著者: 朽木誠一郎

大規模スマートホスピタルとして1800台のiPhoneを基盤に起ち上がった「大阪けいさつ病院」/医療とApple

医療業界の流行語でもある「スマートホスピタル」。しかし、実際にそのイメージと釣り合うほどDXの進んだ医療機関を見かけることは正直、少ない。そんな中、関西に1800台のiPhoneを導入し、病院全体をスマート化した大規模な新病院が開院したという。一体どんな病院なのか、担当者らに話を聞いた。

本当にスマートな病院を目指して

「スマートホスピタル」を謳う医療機関は多いが、実際にはわずかな数のデジタルデバイスを導入するにとどまる例もみられる。一方で、約1800台のiPhoneを導入し、その利用を前提にした病院システムを構築してDXに取り組む、本当の意味で「スマート」な医療機関が関西にある。府の警察関連団体に運営の起源を持ち、現在では一般に開放されている「大阪けいさつ病院」だ。同院は大阪警察病院と第二大阪警察病院を統合、移転する形で2025年月1月に誕生した。起ち上げに際しては「スマートホスピタル化」が徹底されたという。同院情報部門の移転のプロジェクトマネージャー・山本剛氏、院内システムエンジニア(SE)で導入の実務面を担当した市来伸吾氏に話を聞いた。

社会医療法人大阪国際メディカル&サイエンスセンター 大阪けいさつ病院。1937年、大阪・天王寺に大阪警察病院として設立。2019年、NTT西日本大阪病院と合併、第二大阪警察病院開設。2025年1月、両院を合併する形で大阪けいさつ病院を設立。
大阪けいさつ病院 法人事務局医療情報部次長、事務部医療情報部次長の山本剛氏。1995年大阪警察病院、2016年国立循環器病研究センター勤務を経て、2022年大阪警察病院入職。2024年7月より現職。
大阪けいさつ病院 情報システム管理課 課長補佐の市来伸吾氏。IT企業勤務を経て、2009年社会医療法人警和会 大阪警察病院事務部情報管理課に入職。2024年より現職。

山本氏はもともと、同院の診療放射線技師だった。20年ほど勤務し、他院に移り、また戻るというキャリアの中で、情報科学を修め、医療情報管理を担うようになる。そんな山本氏は、同院について「以前はIT化の遅れた病院だった」と振り返る。

「『人海戦術』や『エクセル管理』といった方法が主流で、お金を使わずに人を使い、かえってコストがかかってしまうような状況でした。そこに、院長のもと、新病院の設立にあわせて、スマートホスピタル構想が起ち上がり、かなりドラスティックにやらないといけないな、と」

同院の院長は、大阪大学名誉教授でもある澤芳樹氏。最近ではiPS細胞(人工多能性幹細胞)から心臓の筋肉の細胞シートを作って心臓病の患者に移植する治療法の開発でも知られる。山本氏は「新病院でお金と人、既存のシステム自体を入れ替えられるタイミングで『今しかない』と思った」と言う。




既存システムの「組み合わせ」がスマートな病院につながる

同院のスマートホスピタル構想では「スマートデバイスの活用」「地域連携予約・管理システムの導入」「統合データベースの構築」「患者用アプリの作成」「VR受付/診察室の導入」「医療情報銀行」「通信インフラの充実」を大きな柱としている。

このうち、特に「地域連携予約・管理システムの導入」は、まさに「人海戦術」「エクセル管理」がまかりとおっていた部分。地域の診療所などとつながる地域連携室のシステムは院内の電子カルテと連動しておらず、院内の情報共有もエクセルが基本。これをクラウド化し、関係者がスムースにアクセスできるようにした。また、電子カルテだけでなく、診療報酬なども含めた「統合データベース」を導入したことで、ビジネスインテリジェンス(BI)などマーケティングツールによるデータドリブンな病院の経営分析も可能にした。

山本氏は、本当の意味での「スマートホスピタル」の実現のためには、既存のシステムの組み合わせのベストプラクティスを見つけることが必要、と指摘する。

こうしたスマートホスピタル化の基盤になるのが、全常勤スタッフへのiPhoneの導入だ。民間病院において1800台という規模で、全員に貸与する事例は、同院の調べでは「国内初」。iPhoneは、内線電話やナースコール、スタット(緊急)コールの他、カルテ閲覧や院内でどのスタッフがどこにいるかの位置情報の表示、一般的なビジネスツールのようにチャット、ビデオ会議なども可能になった。このような多岐にわたる連携により、iPhoneは同院のスマートホスピタル化の基盤になる。

スマートホスピタル構想の概念図。中心にあるのは「⑦統合データベースの構築」。電子カルテから診療報酬などの医療事務データまでの統合管理を実現した。利便性の向上と情報セキュリティの確保をしたうえで、クラウド上の「②③地域連携予約・管理システムの導入」を実現、これらのデータを「⑥医療情報銀行」として利活用する。各スタッフによる統合データへのアクセスを容易にするのが「①スマートデバイスの活用」、つまりiPhoneで、この構想のインフラに当たる。その使用においては、「⑧通信インフラの充実」も必要となる。また、患者への恩恵として「④患者用アプリの作成」「⑤VR受付/診察室の導入」を用意した。スマートホスピタル構想はこの一枚のポンチ絵から始まったという。

誰でも活用できることを目指した院内キッティング

iPhoneを導入した理由は、山本氏によれば、個人情報を扱ううえでのセキュリティ面の安心感と、「利用者が多く、それだけスタッフにも活用してもらえる」ことだ。患者用の問診ツールとしてもiPadが100台以上、導入されている。

一方で、iPhoneをこれだけの規模で導入するとなると、課題になるのがキッティング(ユーザがすぐに使用できる状態に設定する作業)だ。具体的には、初期設定や、業務に必要なアプリケーションのインストール、社内ネットワークへの接続設定などがある。誰もが面倒な思いをしたことのあるあの作業を、約2000台分行うことになる。そんな作業に主に向き合ったのが、2009年から同院の院内SEとして勤務する市来氏だった。

「年齢もITリテラシーもさまざまな1800人の医療スタッフがいるので、院内SEたちで手分けしてキッティングするしかありません。従来の業務がある中で、昨年秋ごろから3人体制で並行して実施、なんとか4月現在までに、iPhoneが行き渡りました」

「気が遠くなる」ような作業に向き合い続けたのは、「せっかくのiPhoneを“文鎮”にしてほしくないから」と市来氏は笑う。

iPhoneは現時点で院外への持ち出しは禁止で、マイクロソフト社のMDMツールで管理されている。

前述の澤院長は、大阪万博の企業パビリオンの一つ、パソナ館で、大きな注目を集める展示「iPS心臓」の研究、開発を進める人物だ。山本氏も「同時期に誕生したこの病院自体が、大阪万博のレガシーとして、今後の人々の生活のスタンダードになれば」と展望を語った。

※この記事は『Mac Fan』2025年7月号に掲載されたものです。




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著者プロフィール

朽木誠一郎

朝日新聞デジタル機動報道部記者、同withnews副編集長。取材テーマはネットと医療、アスリート、アメコミ映画など。群馬大学医学部医学科卒、編集プロダクション・ノオトで編集/ライティングのスキルを磨く。近著に『医療記者の40kgダイエット』『健康を食い物にするメディアたち』など。

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