Apple創業者であるスティーブ・ジョブズと、TeslaやSpaceXなどのCEOであるイーロン・マスクは、それぞれ特徴的な「知財戦略」を展開しました。
「知財戦略」とは、企業にとって、特許や商標などの知的財産を取得・管理・活用して企業の競争優位性を高めるための戦略を指します。
「知財戦略」に一律の正解はありません。しかし企業成長の源泉であり、さまざまな手法が行われてきました。
今回は、スティーブ・ジョブズとイーロン・マスクという2人のリーダーが採用した知財戦略を見ていきましょう。
「ジョブズ流」と「マスク流」の知財戦略の違い。領域や特性による“よしあし”
ジョブズ率いるAppleが提供している一般消費者向け電子機器は、「リバースエンジニアリング」が行われやすい傾向にあります。「リバースエンジニアリング」とは、機器を分解・解析して、動作原理を明らかにする手法です。
また目に見えるデザインなどの差別化ポイントは、他社に模倣されやすいという特性を持っています。
一方、マスクが関与する電気自動車(EV)の業界では、充電スタンドの設置などのインフラ整備を加速させる必要がありました。ガソリン車の代わりにEVを利用する選択肢を有力なものとするためです。
ジョブズとマスクの知財戦略の違いは、経営者の個性や思想の違いだけではなく、このような事業領域や業界特性などの違いから生まれていたのです。
ジョブズとマスクの知財戦略について、さらに詳しく見ていきましょう。
「ジョブズ流」の戦略的“クローズドイノベーション”
Think different.キャンペーン
ジョブズは、Appleに復帰した1997年の社内ミーティングで、「Think different.」というスローガンを用いた広告キャンペーンを発表しました。この新しい広告キャンペーンが、「Appleという会社の存在意義の根源に触れるものである」と語っています。
ジョブズが「Think different.」を選んだ背景には、製品の「創造性」や「革新性」を強調するだけではありません。ユーザが得られる感情的な満足感や自己実現の感覚まで含めた「唯一無二の顧客体験」を提供することを強く意識していたと推測できます。
そのような「唯一無二の顧客体験」を提供するために、Appleは、製品だけでなく、パッケージ箱やApple Storeの店舗デザインに至るまで、自社で統合的にコントロールできるようにしました。

積極的な訴訟活動による競合の排除
ジョブズは、製品やパッケージ、店舗デザインを創作する過程で生じた発明やデザインについては、特許権や意匠権を取得しました。そして、積極的な訴訟活動を通じて、自社の知財を侵害していると認識した競合企業を徹底的に排除したのです。
たとえばAppleは、サムスンに対してGalaxyシリーズが「iPhoneおよびiPadのデザイン・UIを模倣している」として訴訟を提起しました。そして2012年には、米国でアップルが勝訴。サムスンに対して、損害賠償の支払いが命じられました。
このように、特許権や意匠権などの権利の取得は、ジョブズにとって自社の提供する顧客体験を守るための「防衛手段」だったのです。
「マスク流」の戦略的“オープンイノベーション”
Teslaで実行した特許の解放
一方イーロン・マスクは、TeslaとSpaceXの知財戦略の違いから、状況に応じて知財戦略を使い分けていたことが窺えます。
たとえば、Teslaは「戦略的オープンイノベーション」を行いました。マスクは「Teslaの技術を善意で使用するのであれば、特許侵害の訴訟を起こさない」と宣言。2014年には、EV技術の特許を開放しました。(ただし、特許権を行使しないと宣言しただけであり、特許権を放棄したわけではありません)。
こうした背景の一つには、当時はEV市場がまだ小さく、EV普及のボトルネックの一つである充電インフラの整備を加速させる必要があったことが考えられます。
EV技術の特許を開放したことで、EVメーカーは研究開発などのコストを抑えることができます。EVの生産は促進され、充電ステーションなど充電インフラの需要が高くなることが期待できます。
そして、Teslaの技術を採用したEVメーカーが多ければ、Teslaの充電規格(NACS)が標準となり、業界全体として充電ステーションの設置をより効率的に進めることが可能となります。充電インフラの整備の加速が進むことが予想できるわけです。
また、マスクの特許開放戦略は、企業イメージの強化にもつながっています。革新的で社会的使命感を持つ企業として市場の信頼を獲得するためには、特許の開放という行動が効果的でした。
有名なインターネットミーム「All Your Base Are Belong To Us」(ビデオゲーム『ゼロウィング』での英語への拙い翻訳)の構造を意図的に使ったもの。元のミームが(意図せずして)より攻撃的で一方的な占領宣言のような響きを持つのに対し、このフレーズは「私たちのすべての特許は、あなた方のものです」という意味になり、特許の開放や共有を示唆するポジティブなメッセージに変わっている。
画像●X「@Tesla」
SpaceXでは企業秘密による保護を選択
一方、宇宙開発を手がけるSpaceXでは、特許取得そのものを最小限にとどめています。
SpaceXが開発しているロケットやエンジンは、一般に流通するものではありません。Appleが提供している一般消費者向け電子機器とは異なり、リバースエンジニアリングされにくいものだといえます。
しかし、特許取得のために出願すると、一定期間経過後に、出願した内容が公開されます。マスクは、公開されたSpaceXの特許を、中国が「レシピ本」のように利用することを望まないと述べました。
SpaceXはロケットの設計やエンジン技術について、特許の取得による保護ではなく企業秘密による保護を選択。自社だけが蓄積するノウハウによってリードを保とうとしているのです。
知財戦略の重要性。企業の成長を握る“鍵”となる
知財戦略は、それ自体が独立して存在するものではなく、経営戦略と密接に連動すべきものです。
そのため、経営戦略の立案段階から知財の視点を織り込み、経営戦略の実現力や持続性を高める手段として、いかに効果的に知的財産を活用するかを考えることが重要だと考えます。
スティーブ・ジョブズとイーロン・マスクの知財戦略の違いは、経営者自身の知財に対する価値観の違いだけでなく、それぞれの企業が属する業界の特性、ビジネスモデル、製品の特性などに深く根ざしています。このことから明らかなように、知財戦略には一律の正解があるわけではありません。
だからこそ経営者は、弁理士などの知的財産の専門家との緊密なコミュニケーションを通じて、自社にとって最適な知財戦略を選び取るべきだと思います。
また、知財戦略は一度決定したら終わりではなく、市場や技術の変化に合わせて継続的に見直し、適宜修正していく柔軟性も重要です。
企業が目指す未来、追求する価値に合わせて、最適な知財戦略を慎重に選び、実行していくことが経営の成功につながります。
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著者プロフィール

緒方昭典
複数の弁理士事務所に勤務したのち、スタートアップに対して、特許や商標などの権利取得だけでなく知財活用を支援するため、くじら綜合知財事務所を設立。 現在は、広くベンチャー企業の知財活用の支援に注力。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。