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ジョブズの“好み”と“信念”が具体化したPower Mac G4 Cube。一方、わずか1年で生産中止の憂き目となった、MacintoshからMacへの転換期

著者: 大谷和利

ジョブズの“好み”と“信念”が具体化したPower Mac G4 Cube。一方、わずか1年で生産中止の憂き目となった、MacintoshからMacへの転換期

ビーカーに入った“脳”。スティーブ・ジョブズが“本当に喜んだ”Power Mac G4 Cubeのデザイン

かつての米経済誌『ビジネスウィーク』のインタビューによれば、スティーブ・ジョブズAppleのCEOに復帰してから本当に笑みを浮かべて喜んだニューモデルは、初代iMacとPower Mac G4 Cubeだったという。iMacについての喜びは、誰もが想像すらできないようなデザインをパーソナルコンピュータの世界に持ち込んだことに対する素直な感情であろう。しかし、Power Mac G4 Cubeに関するジョブズの喜びは、その何倍も大きかったと想像する。

その理由は、透明ケースの中に浮かぶPower Mac G4 Cubeを「ビーカーに入ったブレイン(脳)」と表現したほど、ジョブズにとっては、立方体こそが「もっとも効率の高いシェイプ」だったからだ。NeXT時代に最初に手がけた製品がNeXTcubeという黒い立方体型のコンピュータであったことからも彼の好みは明白であり、2000年にデビューしたPower Mac G4 Cubeによって、その信念が再び具現化した事実に、特別な感慨を抱いたことは間違いない。

しかも、このマシンは、iMacとタワー型のPower Mac G4の間に位置する高性能機だったにもかかわらず、筐体の中央を下から上に通り抜ける空気の流れを利用して基板を冷やす、対流式のファンレス冷却を行っていた。この点も、初代Macintoshに通じるジョブズのこだわりだった。

大きく外れたジョブズの思惑。Power Mac G4 Cubeは、わずか1年で生産中止に

ただし、Power Mac G4 Cubeは、ジョブズの思惑が大きく外れた製品としても知られている。彼は、このモデルを、「上位のPower Mac G4よりもコンパクトで、下位のiMacよりも高性能なマシン」として位置付けていたが、消費者には「Power Mac G4ほどの拡張性がなく、iMacよりも高価なマシン」であると認識されてしまったのだ。そのため商業的には失敗し、わずか1年で生産中止の憂き目に遭った。

それでも、トースターのようにディスクが垂直に飛び出してくる光学ドライブを含めてデザイン的には高く評価され、MoMAことニューヨーク近代美術館のデザインコレクションに選ばれているほか、筆者も知人から譲ってもらった1台を今も所有している。

MacintoshからMacへ。Power Mac G4 Cubeは、“節目”の製品となった

些細なことだが、もう1点、記憶に残っているのは、AppleがこのモデルからPower Macintoshの正式な呼称を「Power Mac」と縮める決断をしたことだ。さすがに、Power Macintosh G4 Cubeでは製品名として長過ぎると感じたのだろう。その意味でも、1つの節目の製品だったといえる。

ちなみに、Power Mac G4 CubeのI/Oポート類は銀色の本体部分の下面に設けられており、周囲からは見えないようになっている。そして、下面の中央にはポップアップ式のハンドルが埋め込まれ、一度プッシュして内部のラッチ機構を外すと飛び出してくる。そのハンドルを握って引っ張ると、内部基板を丸ごと取り出すことができるのだ。

もう20年以上前の製品だが、この機構があまりにもエレガントで素晴らしく、ただそれを味わうためだけに、今でも筆者はときどきそうやって内部基板を取り出しては戻し、設計の妙を楽しむことがある。おそらくジョブズも、プロトタイプを前に、同じことを何回も繰り返したのだろうと思いながら…。

※この記事は『Mac Fan』2021年6月号に掲載されたものです。

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著者プロフィール

大谷和利

大谷和利

1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。

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