プライバシーを保護しながら強力なAI機能を提供
Appleは6月10日(現地時間)、開発者カンファレンス「WWDC24」のオープニングキーノートで、同社のOSの次期メジャーバージョン「iOS 18」「iPadOS 18」「macOS Sequoia」「watchOS 11」「visionOS 2」と、パワフルな生成AIにも対応する新AIシステム「Apple Intelligence」を発表した。生成AI強化の一環としてOpenAIとパートナーシップを結び、生成AIチャットサービス「ChatGPT」がAppleのプラットフォーム全体に統合される。
今年のWWDCキーノートは、日本を含む9つの国・地域での「Vision Pro」発売日を除いてハードウェア製品の発表はなかった。ソフトウェア、技術とプラットフォームに焦点を当てたキーノートとなり、1時間45分におよぶ長いプレゼンテーションの半分近くがAI関連の話題に費やされた。
Appleは「Apple Intelligence」をパーソナルインテリジェンスシステムと表現している。
では、Apple Intelligenceは他社のAIとどのように違うのだろうか?
Appleは、2017年に「A11 Bionic」にNeural Engineを搭載し、撮影機能や画像処理、セキュリティ、テキスト認識、オーディオ解析など、さまざまな領域で機械学習を活用した機能を次々に導入してきた。
それにもかかわらず、 Appleが近年「AIで出遅れている」と言われている理由は、クラウド型のサービスの導入を控え、オンデバイス処理のAI機能に注力してきたためである。しかし、画像生成サービスの「Midjourney」やAIチャットボット「ChatGPT」など、ここ数年で話題になっている生成AIサービスの多くはクラウドでAI処理を行っている。
クラウド型サービスは強力な演算能力を利用できる反面、ユーザのデータがクラウドに送信されるため、個人データが分析されてユーザが意図しない方法で使われたり、個人情報が漏洩するリスクが伴う。サービス提供者がプライバシー保護を主張していても、ユーザがそれを確かめる方法はなく、サービス規約が後に変更される可能性もある。
BlackBerryの調査(2023年8月)によると、 調査した企業のIT担当者(2000人以上)の75%が、ChatGPTやその他の生成AIサービスの使用を禁止または検討していると回答した。一方で、Fishbowl by Glassdoorの調査(2023年6月)によると、生産性や効率を向上させるために生成AIの禁止に反対する従業員は多く、回答者(9300人)の80%がChatGPTの使用禁止に反対した。禁止されていても個人のアカウントで使用するワーカーが増加し、データ漏洩や情報セキュリティのリスクを増大させている。
Appleは、Apple Intelligenceでそのジレンマを解消する。ユーザのプライバシーを保護しながら、クラウドの演算能力も用いたパワフルなAI機能を提供する。
Apple Intelligenceは従来同様に、安全なオンデバイス処理を基盤とし、iOS 18、iPadOS 18、macOS Sequoiaに統合される。クラウド型のサービスが、多くの個人データを収集してパーソナライズしたサービスを提供するのに対し、Apple Intelligenceはプライバシーを侵害することなく、ユーザのことを深く理解する。ユーザのデバイス使用のデータはセマンティックインデックスとして整理され、ユーザのリクエストに応じて、セマンティックインデックスで関連する個人データを特定し、パーソナライズしたAIサービスを提供する。
オンデバイスでは処理できない複雑なリクエストの場合、クラウドで処理するが、Appleシリコンを搭載した専用サーバとデバイスを結ぶ「Private Cloud Compute」によって、オンデバイスのプライバシー保護がクラウドに拡張される。Private Cloud Computeは、ユーザがリクエストしたタスクに関連するデータのみを暗号化して送信し、Appleがデータを保存したり、データにアクセスすることはない。また、プライバシー規定が遵守されていることを第三者の専門家が監督する。
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言葉を深く理解し、言葉や画像を作成する新機能群
ChatGPTのような生成AIサービスでは、テキストプロンプトから簡単にコンテンツを生成できるものの、初めて使うときに何ができるのかわからなかったり、プロンプト作りに悩む人が少なくない。
Appleはテキスト生成や画像生成といったAI機能を技術として提供するのではなく、機能としてユーザが利用できるようにOSに統合している。ユーザはアプリを使う中で自然と生成AI機能を使いこなせる。たとえば、「メール」や「メモ」などで文章を書く際に、「記述ツール」を利用して、簡単に文章の書き直しや校正、要約の作成を頼める。
Apple Intelligenceにより、言葉や画像をより深く正確に理解できるようになり、よりパーソナルな機能やプロアクティブなサービスを提供できる。
たとえば、子どもの保育園からの連絡など普段送られてこない連絡でも、Apple Intelligenceはメッセージの内容から緊急性を判断し、ユーザが作業に集中できるモードに設定しても通知を表示する。
「Siri」の言語能力も向上し、文脈も理解するので、より自然な会話が可能になる。たとえば、「土曜日のバーベキューで撮った写真をマリアに送って」というような複数のアプリにまたがったアクションも、Apple Intelligenceが理解して処理する。
Siriは、テキスト入力による会話にも対応し、テキストと音声を切り替えながらやりとりすることも可能になる。画面認識により、Siriは時間とともにより多くのアプリでユーザのコンテンツを理解し、アクションを実行できるようになる。
「Genmoji」でテキストプロンプトからオリジナルの絵文字を作成したり、「Image Playground」では、テーマ、コスチューム、アクセサリ、場所などのカテゴリからさまざまなコンセプトを選択してユニークな画像を生成できるなど、画像生成機能も組み込まれている。
Appleは、iOSやiPadOS、macOSでユーザが手軽にWeb検索できるように、OSに検索サービス(デフォルトはGoogle検索)を統合している。それと同じように、AIモデルに関しても外部のモデルを統合的に提供する。その最初のパートナーがOpenAIである。
最初に、SiriにChatGPTのサポートが組み込まれる。「家にある食材を使ったメニューの提案」など、ChatGPTに聞くのが適切であるとSiriが判断した際にChatGPTを案内する。OpenAIの現時点における最新モデルである「GPT-4o」を利用でき、画像認識機能、書類やPDFの読み込みにも対応する。ユーザはアカウントを作成しなくても無料で利用可能。ChatGPTのサブスクリプション登録者は、自分のアカウントでログインして有料機能に直接アクセスできる。
「iOS 18」「iPadOS 18」のホーム画面にアプリアイコンを自由に配置
AI機能以外では、iOS 18とiPad OS 18でホーム画面やコントロールセンターをより柔軟にカスタマイズできるようになる。ホーム画面でアプリのアイコンやウイジェットをユーザが任意の場所に配置でき、ダーク/ライトや色合いのエフェクトを選べる。コントロールセンターは、コントロールのサイズを柔軟に調整でき、コントロールをグループ化できる。
また、アプリをロックまたは非表示にするオプションが追加される。友だちに動画を見せるときなどデバイスを渡す際に、プライバシーを守りたい通知を見られたり、アプリやコンテンツへのアクセスを防げる。
「写真」アプリが大幅に再設計され、ライブラリが自動的に整理される。お気に入りの写真をピン固定し、カルーセル表示で特別な思い出を楽しんだり、新しいコレクション機能も追加され、テーマごとに写真を簡単にブラウズできる。
「メッセージ」のTapbackが拡張されて好きな絵文字やステッカーを含められるようになり、作成したメッセージを後で送信するようにスケジュールすることもできる。iOS 18ではRCS(リッチコミュニケーションサービス)をサポートし、Androidユーザとの間でSMSやMMSよりもリッチなメディアを使用したコミュニケーションが可能になる。
iPadOSの標準アプリとして「計算機」が登場する。iOSの「計算機」を踏襲したデザインだが、iPadOS版は手書きによる豊かな計算機能を備える。
手書き機能では、「スマートスクリプト」という手書きメモを見た目を残しながらリアルタイムで補正する機能が用意される。すばやく手書きしても、傾きやバランスが調整されて読みやすい手書きになり、タイプ入力した文字と同じように簡単に編集することができる。
macOS Sequoiaでは、「iPhoneミラーリング」という新しい連係機能が追加され、ワイヤレス接続でMacにiPhoneを表示して、Mac上で操作できるようになる。
visionOS 2は、よく使う機能にすばやく簡単にアクセスできる新しいジェスチャが追加される。また、Mac仮想ディスプレイが4Kモニタ2台に相当するウルトラワイドディスプレイをサポートする。
watchOS 11には、ワークアウトの強度や時間を記録し、最適な負荷のデータを得られる「トレーニングの負荷」機能と、心拍数や体温など主要な健康指標をすばやく確認できる「バイタル」機能が追加される。
生成AIデバイスの本命はスマートフォン
ChatGPTの登場以降の生成AIブームの中、昨年後半から、生成AIを用いたAIデバイスがポストスマートフォン・デバイスになる可能性が議論されるようになった。今年4月には、シリコンバレーの業界メディアが、元Apple最高デザイン責任者のジョナサン・アイブ氏とOpenAIのサム・アルトマン氏がAIデバイスを製造するスタートアップの資金調達を目指していると報じた。また、そうした話題性からAIウェアラブルデバイスの「Humane Ai Pin」や、AIアシスタントデバイス「Rabbit R1」など、スタートアップによるAIデバイスも大きな注目を集めた。
iPhoneがポータブルメディアプレーヤやカメラなど数多くの家電製品の需要を減少させたように、長期的な将来に高度なAIがスマートフォンを不要にする可能性はある。しかし、スマートフォンがフィーチャーフォンを駆逐したような全面的な移行がすぐに起こり得るだろうか?
スマートフォンは、高度なAIの動作に必要な、処理性能、通信機能、ユーザーインターフェイス、カメラ、マイクや各種センサなどすべてを備えている。そして、世界中に50億人近いアクティブユーザが存在する。インターネットやモバイルインターネットがWindowsやiOSの上に構築されたように、AIもスマートフォンから普及していくと考えるのが自然である。そうした中での、Apple Intelligenceの発表である。
AI時代もスマートフォンから切り開かれるのであれば、Appleにとって脅威になるのはスマートフォンのプラットフォームとそれに付随するエコシステムを持っているGoogleである。
Appleは、OpenAIとの提携により、人気の高いAIチャットサービスをユーザに直接提供できるとともに、Googleに対する競争力を高められる。さらに提携は、独自のAIデバイス開発を視野に入れるOpenAIへの牽制にもなる。
先月、Googleが検索に統合した生成AI機能が不適切な回答を生成し、GoogleはGoogle検索の信頼を損なうという大きな損害を被ることになった。また、MicrosoftもWindows 11の新AI機能「Recall」に情報漏洩につながる可能性がある問題が指摘され、発売前の新世代AI PC「Copilot+ PC」に対する不安が高まっている。
Appleは「AIに乗り遅れている」と言われてきたが、GoogleやMicrosoftのトラブルには生成AIを巡る過熱した競争の歪みが指摘されている。そして、それはAppleがAI機能を搭載しなかったことが「遅すぎ」だったのではない可能性を示唆する。
Apple Intelligenceはまだ始まったばかりであり、プラットフォームとエコシステム全体への浸透に数年を要する取り組みになるだろう。しかし、ユーザを優先するAppleのアプローチは、プライバシーとセキュリティというブランドの約束と合致している。AIを単に魅力的なものにするだけでなく、社会的に受け入れられるものにするには、慎重かつ責任を持ってイノベーションを追求する姿勢が重要になる。