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コロナ禍にiPadを導入した総合病院。患者とのコミュニケーションから始まり、活躍の場面はさらに広がる/医療とApple

著者: 朽木誠一郎

コロナ禍にiPadを導入した総合病院。患者とのコミュニケーションから始まり、活躍の場面はさらに広がる/医療とApple

看護で高名な聖路加国際病院にiPadが導入されたのは2020年春。未曽有のコロナ禍が始まり、医療現場が混乱に陥ったころだ。iPadが担ったのはコミュニケーション増による“患者のケア”。活躍したのは意外なことに、標準インストールのアプリだった──。その後も導入数を増やす同院。iPadのようなデジタルデバイスでムダを省き、理想の姿を模索する試みの現在地を取材した。

米国聖公会の宣教医師ルドルフ・B・トイスラー博士により1901年に創設された聖路加国際病院。入院病床は520床を有し、国内でも指折りの大規模総合病院だ。国際的な医療機能評価Joint Commission Internationalの認定や、日本で唯一、看護の国際認証であるマグネット認証®を取得しており、医療の質を高く評価されている。

患者のケアのためにiPadを導入

東京都心の大規模総合病院として知られる国際病院。聖ルカに由来する名称が示すように、キリスト教精神を基盤としており、1901年の設立から100年超の歴史を有する。併設される聖路加国際大学は、日本ではじめて私立大学として看護学部を置くなど、国内の看護ケアをリードしてきた。

そんな聖路加国際病院では、2020年に、患者のケアのために、21台のiPad miniをコロナ病棟に導入。その後、iPadを20台追加した。同院附属クリニック予防医療センターで導入された健康診断用のiPadなどを含めると、現在病院全体で100台以上のiPadシリーズを運用している。看護ケア業務の中でいかにAppleのタブレット端末を活用しているのか、同院副看護部長の千々輪香織氏、ナースマネジャーの磯村真由子氏、情報システム部の平川淳一氏に話を聞いた。

コロナ禍に活躍。患者と医療者のコミュニケーションツールとしてiPadを活用

聖路加国際病院 副看護部長の千々輪香織氏。

同院が最初にAppleのタブレット端末を導入したのは2020年4月のこと。初期のコロナ禍においては「ロックダウン」「オーバーシュート」といった言葉がメディアで大々的に報じられ、世の中を不安が覆っていたころのことだった。

コロナ病棟を担当していた千々輪氏は「当時、新型コロナウイルスはまだ未知の病気で、ワクチンもなく治療も確立していなかった」「スタッフが感染しないためには、患者さんとの接触を減らすことが必要だった」と振り返る。

「感染防止や感染管理を徹底し、できるだけ患者さんと関わる時間を短くしなければなりませんでした。しかし、患者さんからすれば、防護服に包まれた看護師は顔も分からず、ときにはその姿が不安や恐怖を感じさせることもありました。私たちももっと患者さんに寄り添ったケアをしたいという思いがあり、よりよい方法を検討していました」(千々輪氏)

そんなとき、ICT分野に詳しい医師に「こういうの、どう?」と提案されたのが、iPad miniだった。

患者と医療者をつなぐツールとして導入した21台のiPad miniは、ナースステーションに1台を、残りを患者の病室に設置。使用したアプリは「FaceTime」だけだったという。Appleデバイスに慣れている人にとってはもったいなくも感じるだろうが、未曽有の感染症の拡大という状況下では、この標準インストールのアプリが看護ケアの要となった。

「フェイスタイムとはよく言ったもので、『顔が見えない』という現場の課題を解消してくれました。相手の表情を見てこちらも笑いかけるなど、対面で当たり前に行われていたコミュニケーションをタブレット端末で代替することで、患者さんに寄り添うことができました」(千々輪氏)

もちろん、食事の配膳や点滴の投与などがあり、看護ケアは完全にリモートで行えるものではない。ただ、看護師が定期的に患者の病室を訪れる巡回はフェイスタイムで代替することで感染者との接触を減らすことができたと千々輪氏は話す。

千々輪氏は普段からAppleデバイスに慣れているわけではない。むしろデジタル機器は「苦手なタイプ」だという。しかし、iPad miniのシンプルな操作性と使うアプリを絞ったことが活用につながった。

現場で使用されているiPad。高齢者も家族とのやりとりでLINEのようなメッセージアプリを使用するため、タッチ操作に慣れている人が多いという。コロナ禍の「FaceTime」利用時は、「病室からご家族と生き生き通話する患者さんの姿が見られた」そう。

翻訳や病院説明などをiPadで代替。リソースを削減できるから嬉しい

聖路加国際病院 ナースマネジャーの磯村真由子氏。

コロナ禍というタイミングで導入されたiPadは、現在ではその用途の幅も広がっている。同院で勤務する磯村氏は、「日用品という感じ」と、現場にiPadが溶け込んでいることを表現する。

「病院や病室の利用方法、また検査の内容を動画で説明したり、海外の患者さんと翻訳アプリで会話したり、高齢の患者さんが美空ひばりさんの歌を聴いていたりもします」(磯村氏)

デバイスのセッティングなどは看護師ら現場のスタッフが行っている。直感的に操作できること、同院内の連絡ツールとしてiPhoneも提供されていることから、使用方法についての研修などは特になく、自然に受け入れられたそうだ。普段からAppleユーザだという磯村氏は「日常的に使用するものを仕事でも使用できるのは便利」と話すが、一方で課題も感じている。

「私たちの仕事は、最終的にカルテと紐づかなければ完結しません。せっかく患者さんにiPadを渡しているのだから、入院時の書類もiPad上でサインしてもらい、それを電子カルテに取り込める形になれば理想的です。しかし、それは現状できません」(磯村氏)

一方で、「紙のパンフレットを動画にするなど、部分的にでもアナログでやっていることをデジタル化して、空いたリソースをほかのことに割り振れるのは助かる」「現場は常にリソース不足なので、病院としてこういうもの(iPad)を導入するという姿勢を示してくれるのはいいことだと感じる」と磯村氏は話す。

学校法人聖路加国際大学 情報システム部 システム課の平川淳一氏。

追加された20台のiPadは、医療者、患者の双方に提供されている。同院の情報システム部システム課の平川氏によれば、医療者用デバイスはMDM(モバイル端末管理)ツールで保護され、患者用にはさらに制限があるという。

「各デバイスは中央で管理され、医療従事者用と患者さん用ではセキュリティポリシーを分けて運用しています」(平川氏)

現在、同院のパソコンは基本的にウィンドウズマシン、モバイル端末はPHSとiPhoneが混在している状況で、そこに別途、現場がiPadを運用している。電子カルテ、院内通話連絡、そしてタブレットがそれぞれ独立したシステムで運用されていることになる。

磯村氏が指摘するように、それらが相互に乗り入れて一つのシステムになれば使用者には便利だが、「現実問題として、既存の電子カルテのシステムにApple製品を接続させるのは難しい」と平川氏は説明する。

同院ではiPad、iPad mini、iPhone SEなどのAppleデバイスが導入されている。プライベートで慣れていればシームレスに仕事でも使用できるが、そうでない人からは「最近の端末には説明書がないことも多く、使い始めるハードルが高い」という意見も聞かれるという。

一方で、平川氏は今年から同院附属クリニック予防医療センターで、健康診断のシステムが変更され、100台以上のiPadを導入したことを明かす。受診者は受付でiPadを渡され、進捗に合わせて次の検査場をiPadに案内される仕組みだ。

健康診断では、いまだに「次はこちらです」と人が案内するところをよく見かける。iPad然り、ムダをDXにより省きながら、実践は進む。こうした積み重ねの先に、医療現場におけるベスト・プラクティスが生まれるのだろう。

※この記事は『Mac Fan』2025年3月号に掲載された連載「医療とApple」の転載記事です。

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著者プロフィール

朽木誠一郎

朝日新聞デジタル機動報道部記者、同withnews副編集長。取材テーマはネットと医療、アスリート、アメコミ映画など。群馬大学医学部医学科卒、編集プロダクション・ノオトで編集/ライティングのスキルを磨く。近著に『医療記者の40kgダイエット』『健康を食い物にするメディアたち』など。

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