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Apple Watchはなぜ睡眠を記録できるのか。鍵は心拍数のトラッキング。LEDライトの照射で血流量を計り、“睡眠の状態”までチェックしているらしい

著者: 牧野武文

Apple Watchはなぜ睡眠を記録できるのか。鍵は心拍数のトラッキング。LEDライトの照射で血流量を計り、“睡眠の状態”までチェックしているらしい

※この記事は『Mac Fan 2019年3月号』に掲載されたものです。

Apple Watchはフィットネスや決済、通知ツールとしてだけでなく、「睡眠トラッカー」としても使えることをご存知だろうか。

手首に着けて眠るだけで、睡眠時間を測定し、睡眠の質を分析してくれる。Apple Watchはいかにして睡眠を把握し、ユーザに何を教えてくれるのか。これが今回の疑問だ。

Apple Watchの革命は、「加速度センサを手首に着ける」という習慣を作ったことにある

Apple Watchは人類に多大な貢献をしたと、数年後に言われるようになるかもしれない。それは、「加速度センサ」を手首に着けるという習慣を広めたからだ。スマートウォッチはApple Watchだけではないが、腕時計型デバイスを使う習慣を広めたのがApple Watchであることに異論を唱える人はいないと思う。

なぜ、加速度センサを手首に着けることが重要なのか。それは加速度センサを手首に着けることで、人間の行動の自動記録ができるようになるからだ。腕というのは、体幹から肩関節と肘関節で接続された2本の棒のような構造をしている。手首はこの構造の制限の中で動くので、手首の運動量から姿勢を推定できる。つまり、立っているのか、座っているのか、横になっているかがわかるわけだ。ちょっと想像をしてみても、立っているときは腕を下に伸ばすのが基本姿勢であり、座っているときは腕を折って膝の上やデスクの上に乗せ、横になっているときは腕を水平に伸ばしていることが多い。そこから構造の制限を受けて、腕が動く。

手首に加速度センサを取り着けると、人間の行動を詳しく把握することができる。この研究では、加速度センサ、脈拍数、皮膚発汗量、皮膚温度などのデータから、92%の精度で「食べ物を口に運ぶ」行動を検出できたという。「加速センサを活用した状況認識技術とヒューマンインタフェースへの応用」(早稲田大学大学院)より。

手首の運動でわかるのは、姿勢だけではない。個人の運動パターンを機械学習させることで、精密な行動記録を自動で収集することができるようになる。Apple Watchを着けているだけで、自動的にライフログが記録されていくという世界もすぐに訪れそうだ。そうなれば当然、どのような業務をしているかも自動記録できるので、企業で従業員にApple Watchを配付し、業務効率の改善に役立てるという事例も登場してくることだろう。

加速度センサとLEDライトによる血流量の計測で、ユーザの睡眠状態をチェック

しかし、手首の運動パターンだけでは、睡眠を判別することはできない。横になって安静にしているのと、睡眠状態になっていることの区別がつかないからだ。そこで、「心拍数」が重要になる。Apple Watchの心拍数測定の仕組みについては、Apple公式サイトに解説がある。

簡単にまとめると、心臓が鼓動すると血管を流れる血流が一時的に増える。赤い血液は緑色の光を吸収するので、緑色のLED光を照射し、その反射光を測定することで血流量の増減がわかる。これを一定間隔で測定することで、心拍数が推定できるというものだ。

Apple Watchの心拍数計測の仕組み。背面中央の緑色LEDを血流に照射し、その反射光を測定して血流量を推定する。心臓が鼓動を打つときは血流が増え、その間では減るため、心拍数が測定できる。Apple公式サイトより。

睡眠に入ると、心拍数は安静時よりもさらに少なくなることがわかっている。つまり、加速度センサが手首の運動量から個人の状態を把握、なおかつ心拍数が安静時よりも下がったら睡眠、と判断することができるのだ。

スマートウォッチの睡眠トラッキングは、一般的にはこうして自動で睡眠状態を把握する。「これから寝ます」などとボタンを操作する必要はまるでない。

浅い眠りと深い眠り、レム睡眠とノンレム睡眠の真実

睡眠の質を判断するには、「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」のサイクルが規則的であるかどうかを見るという。レム睡眠は覚醒状態に近い睡眠で、心拍数が不規則に上がることがあるため、レム睡眠であることがわかる。ノンレム睡眠中にも寝返りを打ったりすると一時的に心拍数が上がることがあるが、これは手首の運動量から体が動いたとわかるので、心拍数が上がってもレム睡眠ではないと判断可能だ。

レム睡眠は厳密には脳波(グラフ下)で検知するしかないが、連動する心拍数(グラフ上)からも推定できるという。「心拍数によるREM睡眠判別」(鹿児島大学)より。

なお、俗に「レム睡眠=浅い眠り」「ノンレム睡眠=深い眠り」とされているが、ノンレム睡眠は4つの段階に分類され、段階によって眠りの深さが違っているという。そのため、必ずしもノンレム睡眠=深い眠りということでもないようだ。

専門家からは、スマートウォッチのレム睡眠とノンレム睡眠の判別は正確ではなく、脳波計が必要だという指摘もある。だからなのか、多くの睡眠分析アプリがレム睡眠という用語を避け、単純に「浅い眠り」「深い眠り」の2つに分類している。それでも、良質な睡眠とは、90分から120分のサイクルで浅い眠りと深い眠りを規則正しく繰り返すことなのだから、睡眠の質を改善したい人にはApple Watchは十分に役に立つだろう。

Apple Watchで使える睡眠追跡アプリ「AutoSleep」は、詳しい記録ができると評判が高い(上図は同アプリのiPhone版)。Apple Watchを着けて寝るだけで、良質な睡眠時間がどれくらいとれているかなどを計測してくれる。

iOSの優れた点は、各種センサデバイスから得られたヘルスデータを「ヘルスケア」アプリで集中管理していることだ。そのため、Apple Watch以外のスマートウォッチを使っても、「ヘルスケア」アプリから睡眠データを確認することができる。

Apple Watchの課題はバッテリ持続力。充電のルーティンを見直して解決しよう

ただし、Apple Watchには1つだけ大きな問題がある。それはバッテリが長く持たないことだ。だいたい1日に1回は充電をしなければならないので、多くのユーザが睡眠中に充電をしていることだろう。睡眠トラッキングを始めるには、別の時間帯に充電をしなければならない。

もっとも面倒が起こらない解決策は、Apple Watchを2台用意して、1台を睡眠時専用にすることだが、なかなかそうもいかない。Apple Watchの代わりに、睡眠トラッキング用のスマートブレスレットを利用する方法もある。これも「ヘルスケア」アプリに対応しているものであれば、問題なくiPhone上で睡眠管理ができる。

どうしても、1台のApple Watchで睡眠トラッキングまでカバーしたいというのであれば、Apple Watchを充電する時間帯を別途つくっておけばいい。たとえば、帰宅してから就寝するまでの間は、必ず外して充電しておく。その間、通知などは見られなくなるが、あえて通知を見ない時間帯を作っておくのは精神的にも休まるはずだ。

もう1つ、充電する時間帯で盲点になっているのがデスクワーク中だ。デスクワークをしているときは、目の前にMacやiPhone等があるはずなので、Apple Watchは必須ではない。時間や通知はほかのデバイスで見られるのだから、外して充電をしておいても問題はないはずだ。帰宅してからと、デスクワーク中の1日2回の充電タイムを設定しておけば、睡眠時に着けていても、Apple Watchのバッテリ切れはまず起こらない。

Apple Watchの睡眠トラッキングは優れた機能なので、ぜひ一度使ってみてほしい。今まで知ることができなかった「自分の眠り」を可視化してみると、多くのことに気がつくはずだ。

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著者プロフィール

牧野武文

牧野武文

フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。

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