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楽器は14台のMac。「ゴジラ-1.0」「るろうに剣心」「龍馬伝」…“日本のエンタメ”を音で彩る稀代の作曲家・佐藤直紀インタビュー

著者: 山田井ユウキ

楽器は14台のMac。「ゴジラ-1.0」「るろうに剣心」「龍馬伝」…“日本のエンタメ”を音で彩る稀代の作曲家・佐藤直紀インタビュー

※この記事は『Mac Fan』2024年7月号に掲載されたものです。

 作曲家 佐藤直紀

1970年生まれ、千葉県出身。東京音楽大学 作曲指揮専攻 作曲/映画・放送音楽コースを卒業後、作曲家としてCMやドラマ、映画、ゲーム、アニメなどの楽曲制作で活躍。日本アカデミー賞・最優秀音楽賞に加えて5回の優秀音楽賞など多数の受賞歴を持ち、日本を代表する作曲家の1人として知られる。代表作に「ALWAYS 三丁目の夕日」、「るろうに剣心」、「龍馬伝」、「ゴジラ-1.0」など。最新作に「陰陽師0」などがある。

誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。「ALWAYS 三丁目の夕日」、「龍馬伝」、「ゴジラ│1.0」、そして東京2020オリンピック・パラリンピック表彰式楽曲…代表作を挙げたらきりがない。映画やドラマ、アニメなどで流れる楽曲制作の世界で20年以上にわたり第一線で活躍する作曲家が佐藤直紀氏だ。中学生の頃に作曲を始め、東京音楽大学へ進学。才能を開花させた。ゲームやCMの音楽なども手がけ、仕事の幅は広い。

佐藤氏の真骨頂ともいえるのが変幻自在な作風だ。さまざまなサウンドを巧みに操り、クラシックからロックまであらゆるジャンルの楽曲を生み出し続けてきた。それも単に曲を作って提供するだけではない。佐藤氏は常に作品に向き合い、ベストな楽曲を作り上げる。だからこそ、クライアントは佐藤氏に絶大な信頼を寄せるのだ。こうした「求められるものを確実に作る」技術は、短時間で消費者を惹きつけ、依頼者を納得させる必要があるCMの楽曲制作で培われたものだという。

「僕はアーティストではなく依頼されて曲を書く職業作家なので、作品によってアプローチを変えるのは必要最低限の条件なんです」と佐藤氏は謙遜するが、それがいかに常人離れした仕事かは、これまでの実績が証明している。

クリエイティブを支えるスタジオは、リビングのようなリラックス空間

日本を代表する作曲家はどんな場所で楽曲制作を行っているのか。佐藤氏の仕事場を訪ねてまず驚かされたのが、広々とした開放的な空間だ。壁一面の窓からはやわらかい陽光が差し込み、ウッド調で統一された天井や床と相まってリビングルームのような心地よさがある。

スタジオというと音響を考慮した窓のない密閉された空間が一般的。だが、佐藤氏はあえて壁一面を窓にして外光を取り入れている。それは、ここがあくまでも自宅の延長としての「仕事場」であり、レコーディングを行うようなスタジオではないからだ。

同時に、革張りのソファやアートも置かれ、高級ホテルのラウンジのような雰囲気も味わえる。もちろん防音などのスタジオ機能は整ってはいるが、ここで本格的なレコーディングを行うことはなく、あくまでも佐藤氏のプライベートな仕事場という位置づけ。だからこそ、いかにもなスタジオ感ではなく、リラックスして過ごせる雰囲気で設計したのだという。

一般的なスタジオでは防音のためハンドル式のドアが採用されているが、佐藤氏の仕事場のドアは、一見ごく普通のドアのように見える。これもスタジオ感をできるだけ消すための工夫だ。とはいえパッキン部分をマグネットにして密閉するなど、防音性との両立にも余念がない。
各ディスプレイは可動式のアームで自由に角度を変更できる。ディスプレイ周辺の配線が見えないが、これはケーブルをデスク内に隠しているから。一般的なスタジオならケーブルを気にする必要はないかもしれないが、リビングのように快適な空間を作りたいという佐藤氏のこだわりがここにも表れている。
ディスプレイの間にはBlackmagic Designのカメラが設置されている。仕事の打ち合わせでオンライン会議をする際に使用しているそうだ。

Mac mini、Mac Studio、Mac Proで奏でるミュージック

そんな空間の中でひときわ目を引くのが、半円状にずらりと並ぶ13台のディスプレイだ。


13台のディスプレイが並ぶ様はまさに圧巻。メインとなるのは中央に設置されたMac Pro、Mac Studio、Mac miniの3台だが、周囲のMacにもアクセスしやすいようデスクが半円状に構成されている。映画やドラマを盛り上げ、日本中の人々を楽しませる音楽はここから生み出されているのだ。

接続されているのはMac StudioとMac Pro、そして12台のMac miniと、すべてMacで統一されている。

現在使用しているのはMac ProとMac Studio、そして12台のMac mini。このうちMac ProはMac Studioに、Mac miniも古いものから最新モデルにリプレイスを進めているところだという。なお、Macやハード音源が収納されたラックはクローゼットに収納されており、普段は見えないようになっている。

楽曲制作でメインとなるのは、Mac StudioにインストールされたDAWソフト「Digital Performer」。手元のキーボードと目の前に配置したデュアルディスプレイを用いて作曲を行ったら、そのデータをMac miniに送信してコンピュータ内の楽器であるソフト音源で演奏する。最後に完成した音楽データをMac Proに送信して、DAWソフト「Pro Tools」で録音するのだ。

作曲で使用する「Digital Performer」と「ProTools」は、いずれもMacで楽曲制作するための「DAW(Digital Audio Workstation)」と呼ばれるソフトで、佐藤氏は前者を作曲、後者を録音作業に使用している。

演奏に12台のMac miniを使用するのは驚きだが、ときに100以上もの音を重ねることもあるため、作業効率を上げるのに必要なのだという。

実は音楽業界で使用されるコンピュータは昔からMacが主流で、佐藤氏も学生時代からMacを愛用してきた。

「はじめて買ったのはMacintosh IIcxでした。当時、音楽制作のソフトがMacにしか対応していないことが多く、そもそも選択肢がなかったんです」

クオリティを底上げするデジアナの制作環境

以前はMacのソフトやハードが現在ほど高性能でなかったこともあり、Macだけでなく実際の楽器のように演奏することで音を作る「ハード音源」を使用するのが一般的。現在では機材やソフトの進歩によりMac1台さえあれば作曲も録音もできるようになったが、それでも佐藤氏は創作活動の一部をアナログで行うことにこだわっている。

13台のディスプレイと同じくらい存在感を放つグランドピアノは、170年の歴史を持つドイツのトップピアノメーカー「Steinway & Sons」のもの。いかにコンピュータ音源が進化しても、やはり本物の音には敵わないと佐藤氏。実際にこのピアノを弾きながら作曲することもあるという。
Macのようにデジタルで作曲すると、アナログ演奏の感覚を見失うこともある。そこで佐藤氏は、実際にギターを弾いてみることで演奏者の立場で考えるようにしているという。なお、画像一番右の一風変わった形のギターは、本来4弦または5弦の「バンジョー」を一般的なギタリストが弾きやすいよう6弦にアレンジした楽器だ。

「たとえば、僕はMacだけに頼らず、紙の楽譜に譜面を手で書くことを大切にしています。Macで作曲するのは感性の作業だけど、手で書くのはパズルのようなロジカルな作業で真反対。だからこそ感性では生まれなかったアイデアが出てきて、作品のクオリティが上がることもあるんです」

作曲自体はMacで完結させることも可能だが、佐藤氏はあえて手書きで紙に楽譜を起こすという。この最後のひと手間から新たなアイデアが生まれ、楽曲の完成度が一段上がることもあるからだ。楽譜を置く手元のスペースを確保するため、マウスではなく場所をとらないトラックボールを使用している。

フェーズは“挑戦”から“継続”へ。作曲家・佐藤直紀の流儀

現在54歳。円熟期を迎えた佐藤氏は「作家人生としては最終段階に入っていると思うので、新しいことに挑戦するというつもりはありません。残り少ない作家人生ですが、これまでやってきた作曲の仕事をこれからもシンプルにやりたいですね」と話す。しかし一方でこうも言う。

「実は10年前にも同じことを言っていたんです(笑)。50を過ぎたらもう若い子には敵わないだろうって。でも実際に年齢を重ねてみたら、まだぜんぜん負けないと思っています」

日本のエンターテインメントの最先端を走り続ける稀代の作曲家・佐藤直紀氏。きっと10年後も20年後も、この仕事場とMacで名曲を生み出し続けているに違いない。

著者プロフィール

山田井ユウキ

山田井ユウキ

2001年より「マルコ」名義で趣味のテキストサイトを運営しているうちに、いつのまにか書くことが仕事になっていた“テキサイライター”。好きなものはワインとカメラとBL。

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