「Apple税」問題が揺れている。米国ではEpic Gamesとの裁判で一部違法性を指摘され、EUではデジタル市場法を受けてアプリ配信の方式を大幅に変えざるを得なくなった。中国でも火が上がり、Tencentはアプリ内課金を回避する仕組みを提供するという実力行使に出ている。一体、App Storeの何が問題になっているのだろうか。
「Appleが不正競争防止法に違反している」という判決が確定
AppleとEpic Games間の訴訟が、2024年1月に決着した。米連邦最高裁判所はAppleの上訴を棄却したため、高裁の判決が確定。アンチステアリング行為が不正競争防止法に違反しているという内容だ。アンチステアリングとは、「消費者が決済手段を選択する自由を阻害する行為」のことである。
Appleは、これまでアプリ内課金はIAP(In-App Purchase、アプリ内購入)の仕組みを通すことを必須とし、30%の手数料を徴収していた。しかし、ほかの決済手段(クレジットカードなど)を認めざるを得なくなった。消費者が決済方法を自由に選択する行為を禁止してはならない、という判決内容だ。
このほか、Epic Gamesとの裁判では「App Store以外の配信手段を認める」「30%の手数料は不当に高い」など、さまざまな論点が生まれている。この問題については、Epic GamesとAppleの双方の主張が理解できると考える人が多いのではないだろうか。主な論点は3つあり、どちらの主張にも納得したくなる。
EUでも、Appleの方針は2024年3月から施行されるデジタル市場法(Digital Markets Act、DMA)に違反しているとして、Spotifyなど34社が改善を求める書簡を公表した。Appleはすでに、EU内での手数料率を従来の30%から17%に引き下げ、同時にサイドローディングを認める措置をとっている。
Appleは、App StoreはiOSで利用できる唯一の公式アプリ配信ストアであり、アプリ内決済手段はAppleのIAPのみという長年の仕組みを放棄せざるを得なくなった。
中国でも議論されるAppleの手数料問題。続くTencentとのシビアな駆け引き
App Storeの手数料問題は2017年に中国でも話題となり、現在再燃している。
中国では、日本の「LINE」に相当する「WeChat」というアプリが人気だ。ユーザ数は13.7億人で、中国のスマホユーザーのほぼ全員が利用しているといっても間違いではない。その理由は、SNSで連絡を取るときの必須手段になっているうえ、WeChatペイと呼ばれるスマホ決済が内蔵され、飲食店のモバイルオーダーや公共交通のチケット購入ができるスーパーアプリだからだ。
このWeChatがAppleのIAPを回避する手段をとった。Appleはそれを指摘し、場合によってはApp Storeから配信を停止する可能性があるという。もし配信停止となった場合、中国人の日常生活へのインパクトは大きい。一斉にAndroidスマートフォンに乗り換えることも考えられる。一方Appleとしては、3番目に大きな中国市場を失うことは避けたいはずだ。だから安直に配信を停止するわけにはいかず、WeChatの配信元であるTencentとAppleのシビアな駆け引きが続いている。
IAPの対象外となった「WeChat」の投げ銭。YouTubeのスーパーチャットとの違いとは?
2017年にこの問題が浮上したときは、投げ銭に焦点が当たった。WeChatには、SNSである特性を活かし、簡単に個人間送金ができる体制が整っていたのだ。そのため、テキストや画像、ビデオをSNS上で発信し、投げ銭で収入を得るクリエイターが登場した。Appleは、この投げ銭についてもIAPを利用するように求めたのだ。するとおかしなことが起こる。Androidユーザが100円の投げ銭をするとクリエイターの手元には100円が入る。ところがiPhoneユーザが100円投げ銭をすると、Appleの手数料が30%引かれ、クリエイターの手元には70円しか入らない。これはおかしいということで、サービス利用者からの批判が相次いだ。
一般的な投げ銭のやり方は、アプリ内で花束や宝石などのアイテムを購入し、配信者にプレゼントするという流れだ。配信者はそのアイテムを現金に換えられる。この場合、ゲームアプリなどでアイテムを購入する手順と同じであり、Appleが30%の手数料を徴収するのは理解できる。
ところが、WeChatはスマホ決済機能を内蔵しており、SNSを利用して簡単に個人送金ができる仕組みを備えている。WeChatの投げ銭はこの個人送金機能を利用したものであり、それにAppleが介入して30%の手数料を取るのは理に合わないと批判されたのだ。そのため「Apple税」という言葉も生まれた。
最終的には、AppleがWeChatの投げ銭はIAPの対象外とすることで決着した。決め手となったのは、純粋な個人送金であったことだ。Tencentも投げ銭からは手数料を取らない。それなのにAppleが手数料を取るのはおかしな話だ。
そのため同じ投げ銭であっても、YouTubeのスーパーチャットのように、運営が手数料を徴収している場合は、AppleもIAPを利用することを求め、手数料を徴収する。「換金性のあるアイテム販売」とみなされるからだ。
Tencentが提供するAppleのIAPを回避する手段
しかし、2024年になってWeChatに別の問題が持ちあがった。2020年のコロナ禍以降、WeChatではミニプログラムのカジュアルゲームが人気を得るようになった。絵合わせの要領でタイルを消していく「羊了個羊」(ヤンラガヤン)、果物をマージして合成していく「大西瓜」などは社会現象級の人気を博している。ミニプログラムのゲームは、アプリをインストールしなくてもWeChatの上で簡単に呼び出して楽しめる。本格的なゲームではなく暇つぶしゲームが多いが、それだけに多くの人に遊ばれ、コロナ禍で外出制限がある中、爆発的な人気となった。四半期で収益が1000万元(2億円)を超えるゲームが、2024年第1四半期には240以上も生まれている。
このようなミニプログラムゲームの開発元の7割は30人以下の小さなスタジオで、そのような小さな開発スタジオがApple税として利益の30%を持っていかれるのは非常に厳しい。しかも、Tencentも30%の手数料を取るため、スタジオから見ると60%の手数料を取られてしまい、手元には40%しか残らないことになる。
そこでTencentは、AppleのIAPを回避する手段を提供している。ゲーム内で課金ボタンを押すとチャット形式の顧客センターにつながる。ここで「課金」と入力をすると、送金用のリンクやQRコードが自動応答で表示されるので、それを利用してWeChatペイで支払いをするというものだ。
しかし、Appleはこの手法を問題視した。運営元のTencentに対し、このような回避手段を防止する策を講じなければ、App Storeからの配信を承認できないと警告したのだ。
手数料は家賃。AppleとTencentの入れ違う言い分
この問題の根底にあるのは、WeChatミニプログラムゲームのプラットフォームはWeChatなのか、iOSなのか、そのどちらの貢献が大きいかという問題だ。アプリ内課金の手数料はショッピングモールの家賃のようなものだ。モール運営はただ店舗を提供するだけでなく、プロモーションを行い集客してくれる。各テナントはお客さんをたくさん集めてくれるからこそ、高いテナント料を支払ってもいいと考える。
しかし、TencentはWeChatが広く利用されているからミニゲームも多くの人に遊ばれると考え、AppleはiPhoneが広く普及しているからこそWeChatは広く普及し、ミニゲームもたくさんの人に遊ばれると考えているようだ。
中国の総務省ないしは経済産業省に相当する工業情報化部は、この問題に対して「企業間の利益配分の問題であり、当事者同士で解決すべき。政府機関が介入する問題ではない」として注視するにとどまっている。そのためTencentは実力行使に出て、Appleと駆け引きをしているのではないか。
もうひとつ、TencentがAppleに抵抗しているのは、「このままでは中国だけがAppleから不当な扱いを受けることになる」という危機感があるからだともいわれている。
というのも、Appleの「App Storeのみ、IAPのみ、手数料30%」という仕組みは、もはや標準ではなくなっているからだ。
実は、各国で異なる“Apple税”の税率
米国ではIAP以外の決済手段を認めざるを得なくなったが、外部決済手段を利用するには、アプリ内でStoreKitのAPIにアクセスすることが求められている。つまり外部決済手段を利用する場合でも、Appleはその情報を把握できるわけだ。そして、外部決済手段でアプリ内課金収入を得た配信業者は、のちほど規定のApple手数料を支払わなければならない(参考記事)。つまり、Appleは外部決済手段を使ったことを把握して、そちらからもしっかり手数料を徴収する仕組みを構築している。判決ではIAP以外の決済手段を求めないことが違法とされたのであって、外部決済を許し、そこから手数料を徴収することは違法とは判断されていないからだ。
米国で外部決済手段を使用した場合、Appleは27%の手数料を徴収する。これはIAPであっても、クレジットカード決済手数料などをAppleが負担していたためで、Appleの取り分は以前と変わらない。
また、韓国ではAppleだけでなく、すべてのプラットフォームで複数の決済手段を認めなければならない法律が施行されているため、Appleも外部決済手段を認めている。この場合も、カード手数料などを差し引いた26%をAppleが手数料として徴収する。
日本では、「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」が2024年6月に成立し、2025年末までに施行されることになっている。細かい部分については、これから法令で補って詰めていくことになるが、「アンチステアリング行為」「サイドローディングの排除」の2つが禁止されているため、Appleは外部決済の利用を認め、公式App Store以外の存在を認めざるを得なくなるだろう。
EUでは、デジタル市場法(Digital Markets Act、DMA)が2023年5月に施行され、Appleは外部決済手段、サイドローディングを認めるだけでなく、手数料率を17%と大幅に引き下げた(ただし、その代わりに1インストールあたり0.5ユーロのコア技術料を徴収すると発表をしたため、大きな反発が起きている)。
Tencentによる実力行使。Appleは譲歩するも今後は…?
中国では、政府が傍観に近い状況であるため、Tencentが実力行使に出て、状況を海外並に変えようとしているのではないかと見られている。 WeChatのIAP回避手段は現在でも提供されたままになっていて、厳密にはApp Store規約違反状態だ。
しかし、WeChatのバージョン8.0.53が10月14日に配信された。Appleが規約違反を問題とするのであれば、審査をとおさず、アップデートを配信できないはずだが、現段階ではAppleが譲歩したということになる。しかし、今後どうなるかはわからない。Appleが折れて、中国でもサイドローディングや外部決済手段を認めることになるか、それとも規約を厳格適用しWeChatの配信を停止するのか、結末は誰にもわからない。
ただしWeChatの配信を停止した場合、iPhoneの利用者数は激減することになり、Appleは中国市場を失うことになる。2008年に誕生して、モバイルの世界だけでなく、世界のビジネスのあり方を変えてきたApp Storeも開設から17年が経つ。大きな変革の時期に入っているのかもしれない。
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著者プロフィール
牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。