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Epic Games Japanに聞くAppleがAR/VRに参入する意味

著者: 氷川りそな

Epic Games Japanに聞くAppleがAR/VRに参入する意味

この秋にリリースされるmacOS High SierraのVR開発対応と、iOS 11への「ARKit」搭載を軸にAppleがこの分野に本格参入する、というアナウンスにVR/AR業界は激震している。VRとARはどのように成長するのか? WWDC 2017の基調講演の中で注目を集めたEpic Games社に話を聞いた。

ブレイクスルーの本命

今年6月に開催されたWWDC 2017では、iMacやiPadプロといった新製品発表もあり、大いに盛り上がりを見せた。しかし、ハードウェア以上に見逃せないのがこの秋にリリースされるmacOS ハイ・シエラとiOS 11に搭載される新しいテクノロジーだ。その中でも「VR(Virtual Reality:仮想現実)」と「AR(Augmented Reality:拡張現実)」がシステムフレームワークとして提供されることから、アップルがこの分野に本格参入してくるため、今業界では大きな注目を浴びている。

ここ数年、ゲームやエンターテイメントの分野で注目のキーワードとなっているVRとARだが、これからどういった方向に成長していくのだろうか。この鍵を握るのがゲーム開発会社として名高いエピック・ゲームズ(Epic Games)だ。FPSゲーム(一人称のオンラインシューティング)の代表格となった「アンリアル(Unreal)」シリーズや、iOS用ハイエンドモバイルゲームとしてリリースされた「インフィニティ・ブレード(Infinity Blade)」といった人気作を抱える同社だが、現在主力製品となっているのはゲーム内でリアルタイムに3D空間をレンダリングするコア技術「アンリアル・エンジン(Unreal Engine、以下UE)」を他社へライセンスする事業が主力になっている。

WWDCにおいてデモで用いられたのも、このUEをベースに作られたソリューションだ。こういった実績からも、汎用性や性能が業界でも高い評価を受けている裏づけともいえるだろう。

リーディングカンパニーとしての同社から見た、この分野の将来性について、同社日本法人のコミュニティ・マネージャーである今井翔太氏に話を聞いた。

SHOTA IMAI

1985年生まれ、東京都出身。ニューヨークの美術大学 School of Visual Artsのコンピュータアート学科卒、専攻はフル3DCGアニメーションとVFX。日米でCGアーティストやCG講師の経験を経て、2014年よりEpic Games Japanのコミュニティ・マネージャーとして活動。

Epic Gamesは、1991年創業のゲーム開発会社。ゲームエンジン「Unreal Engine」は1998年にリリースされた「Unreal」で実装された。

VR開発の起爆剤

VRというジャンルは2012年後半に登場したゴーグル「オキュラス・リフト(Oculus Rift)」によって急速に投資が加速し続けている。2016年には「スチーム(Steam)VR」規格に対応した「HTC Vive」やプレイステーション(PlayStation)4向けの「プレイステーションVR」といった製品が続々と登場しており、ついに「VR元年」を迎えた。

その一方で、あまりVR方面に話題が咲かないのが、Macプラットフォームだ。3月に製品版として発売が始まったオキュラス・リフトが推奨マシンである「オキュラス・レディ(Oculus Ready)」のリストにMacを加えなかったことが話題にもなったが、現時点ではやや最先端に出遅れている感があるのも事実だ。

この原因は「プロの開発に適した高性能なGPUがMacに搭載されてこなかったことがネックになっていた」と今井氏は指摘する。VRに使われるHMD(ヘッドマウントディスプレイ)には両目用にそれぞれ2160×1200クラスという、かなり高い解像度を持つディスプレイが使われている。さらにここに表示するコンテンツを十分なクオリティで再現するには、毎秒90から120フレームの描画が欠かせない。

これだけのパフォーマンスを実現するには「NVIDIA GeForce GTX 970」、もしくは「AMD Radeon R9 290」以上のスペックを持つグラフィックスカード(GPU)が必要とされる。これはMacプロに搭載されている「AMD FirePro」シリーズの最上位であるD700でも足りない性能だ。

しかし、これだけで「Macは性能が低い」という安易な評価をするのは早計だ。今井氏によると「値段は年々下がってきているが、VR開発を快適に行うことのできるグラフィックカードは非常に高価である」という。つまり、VRを楽しむ環境は増えているものの、実際の導入コストはようやく下がり始めたところなのだ。エンドユーザへの普及はこれからと考えればさほど出遅れているというわけでもないといえる。

むしろ問題になっているのは、VRコンテンツの制作だ。こちら側は現在、大手企業を除けば一部のスタートアップにとどまり、増え続ける需要に対して供給が間に合っていない状態だ。その結果、市場規模は高い成長が見込まれるにも関わらず、ブレイクスルーのチャンスを逃し続けている。

この現状を打破する存在として期待されるのがiMacとiMacプロだと今井氏。コンテンツ制作において、中堅ながら高い実力を持つクリエイターは成長の鍵を握るもっとも重要なボリュームゾーンだ。「この市場で圧倒的なシェアを持つMacプラットフォームが参入することで、市場規模の拡大が期待できる」と今井氏も評しており、業界は歓迎ムードに包まれている。

今年12月に発売予定のiMac Pro。グラフィックスカードにはAMDの次期ハイエンドモデル「RadeonVega」の搭載を予告している。ヘッドマウントディスプレイ「HTC Vive」に対応しており、VR開発の土壌が形成されたといってよい。

もはやゲームだけではない

そもそもVRはスチームVRに代表されるようなゲーム、もしくはアトラクションで使われるようなエンターテインメント分野が先行しているのは間違いない。だが今井氏によると、建築の分野における物件の完成予想図のウォークスルー体験や、NASAの火星探索プロジェクトにおける訓練など「現実には用意できないような環境を仮想空間を構築できる」というメリットを活かしたさまざまな事例が生まれ始めているという。今後は、より一般的な分野へその利用範囲と成長が見込まれているのだ。

ただ、この分野が抱える問題として、認知度を優先するあまりコンテンツがいわゆる「尖った」方向に偏りがちな傾向がある。それがこの分野の伸び悩みの原因となっているとも見てとれる。その点では、いかに「日常生活で使ってもらえるか」はデベロッパーの中でも重要なポイントになりつつある。

この「普及」という点で期待できるのが、iPhoneとiPadとARを組み合わせたソリューションだ。ARはiPhone 3Gが発売された2009年にはすでに「セカイカメラ」などARアプリの登場によって市場に参入しているものの、クオリティの高いコンテンツを提供するまでに至っていなかった。

しかし、この状況もiOS 11に搭載されるARKitによって劇的に改善される。以前は「特定の場所にカメラをかざすと動画が流れる」「何もない空間にキャラクターが現れて話しかけてくる」といった娯楽に近い使われ方が多かった。しかし、WWDCのデモではごく自然に置かれたテーブルを認識し、奥行きや角度を解析しながらリアルな箱庭のような世界すら展開させてみせた。

このARKitが使えるようになるiOSデバイスは、すでに市場に数億台出回っている。今井氏も「これだけ巨大な市場がいきなり現れたことは、ARにとって大きなインパクト」と語る。

そして、こういったソリューションを下支えするのが、UEを筆頭とするゲームエンジンなのだ。映画のような視点の決まった3Dとは異なり、常にリアルタイムで高品質なレンダリングを提供する必要がある環境が、VRやARといった分野の体験をより高めてくれる。

本文でも触れたとおりUnreal Engineが持つリアルタイムの3Dレンダリング技術はゲームのみならず、アートやトレーニング、エンターテインメントといった分野でも採用事例が多い。さらに昨今では映画やテレビ番組、アニメーションといった高い品質が求められるような現場でも利用が始まっているという。

ライフスタイルが変わる

劇的な進化を遂げていくVRとARだが、今後はどのように伸びていくのだろうか。今井氏はその鍵を握る使い方として、ARにおける現実世界に「重ね合せる」という特徴的な表現方法を重要なポイントとして指摘した。たとえば、目の前にある商品に向けてiPhoneのカメラをかざすだけでそれを認識し、関連するさまざまな付加情報(価格や評価、飲食物であればカロリーや栄養素といった機能情報)が商品と重ね合わせて表示されるようになれば、ネット検索のやり方を根底から変えてしまうかもしれない。

こういったアプローチはVRでも同様だ。登山やハイキングなどで使う山岳地図が立体的な3Dとして詳細に俯瞰できるようになれば、より安全で効率的なルート計画などが立てやすくなる。これは、従来の二次元地図に求められた「地図を読む」スキルに依存しないという点でも大きな改革になるはずだ。

2次元ではなし得ない、3次元ならではの日常に役立つ使い方は私たちの生活を大きく変えていく。このある種未来的なユーザインターフェイスのようなアプローチは「MR(Mixed Reality:複合現実)」と呼ばれ、グーグルやマイクロソフト、アリババなどといった大企業も莫大な投資をしながら研究開発が進められている。

アップルのVRとARへの本格参入は、こういった「インターフェイス改革」の最初の一歩である可能性も高い。世間でも話題の「人工知能」などにも匹敵するこの先進技術がこの秋、いよいよアップルプラットフォームでも加速していくはずだ。

WWDCにおけるVRデモ。スターウォーズの世界が表現されており、ゴーグルを被ったユーザが仮想空間内でオブジェクトを配置していく「デザイン・エディタ」のデモである。VRを使えば、空間内で直感的なデザインも可能になるのだ。

従来のARではオブジェクトを配置する際に「マーカー」と呼ばれる識別用のバーコードのようなものを配置して精度を高める必要があった。ARKitではこれが不要になっただけでなく、テーブルなどは縁も認識するため「端まで行くと落ちる」といったより現実的なアクションも再現できるようになった。