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“退屈さ”の先に誕生した「Apple ⅡGS」のキーボード。自由に満ちたデザインは、現代のMagic Keyboardに脈々と受け継がれている

著者: 大谷和利

“退屈さ”の先に誕生した「Apple ⅡGS」のキーボード。自由に満ちたデザインは、現代のMagic Keyboardに脈々と受け継がれている

※この記事は『Mac Fan』2019年5月号に掲載されたものです。

ビジネス向けにシフトしたMac用の純正キーボード。そこに生まれた違和感と退屈さ

1987年、Appleはそれまで1モデルのみだったMacintoshの製品ファミリーを拡大し、カラーをベージュからプラチナ(明るいグレー)に変更したMacintosh Plusに加えて、Macintosh SE、Macintosh IIの3モデル構成とした。後2モデルのデザインは直線基調のビジネスライクなもので、ジョブズなき、ジョン・スカリー体制下の同社のマーケティングが企業寄りになったことを示していた。

と同時に、これ以降の新機種には、周辺機器の接続用としてUSBの前身ともいえるADB(アップル・デスクトップ・バス)が採用され、キーボードやマウスなどの複数のデバイスをデイジーチェーン(数珠つなぎ)で接続できるようになった。

ただ、初代Macからのファンにとっては、大きな問題が1つ生じた。それは、ADBを採用した純正のMac用キーボードがMac Plus用のものよりも大型化し、机上のスペースを占めてしまうことだった。また、Mac SEとIIで採用された、「スノーホワイト」という新しいデザイン言語に基づく新キーボードの角ばった外観にも違和感があった。

新キーボードが「退屈」だったのは、遊び心とは相容れないビジネス市場向けに作られていたためだが、そこから先、Macのキーボード接続がADBで統一されていくことは明らかで、ベテランユーザとしては何とか折り合いをつける必要に迫られた。それでも当時、Mac Plusユーザだった僕は、スペックの近いMac SEにはニーズがなく、Mac IIは高価すぎて手が届かなかったので、対応を先延ばしにすることができた。

ところが、Mac IIcxの購入をきっかけに、いよいよキーボード問題を解決すべきときが訪れた。

現行のMagic Keyboardに通ずる、Apple ⅡGS用キーボードのDNA

その頃のAppleは製品ラインにまだApple IIシリーズを擁しており、教育市場向けとして欠かせないものだった。そして、Mac Plusのデビューと同じ1986年に最新のApple IIGSがリリースされたが、これは機種名がグラフィックス&サウンドの略であることからもわかるように、マルチメディア指向の教育利用を意識したモデルとなっていた。さらに、Macと仕様の共通性を持たせるためにADBを採用し、専用のキーボードもリリースされた。

Apple IIGSはビジネスの呪縛とは無関係だったため、キーボードのデザインは自由に満ちていた。おそらく、当時のAppleの専属デザイン会社だったフロッグデザインにとっては、実験的な試みも許される唯一の機会だったのかもしれない。厚みこそあるものの、フレームの存在感を極限までなくした外観は、当時としては斬新そのもの。デザイナーの本心としては、むしろこちらをMac向けにしたかったのではないだろうか。

自分でも即刻キーボードのみを取り寄せて利用したところ、Macintosh IIcxのコンパクトさにマッチして快適に使うことができた。

その後、AppleはMac用のKeyboard IIでApple IIGS用と似たデザインを採用したものの、フレームの幅がやや広めになるなど、フォルムのピュアさは失われた。しかし、現行のAppleの純正キーボードはほぼ完全なフレームレスデザインとなっており、Apple IIGSキーボードのDNAが時代を超えて蘇ったように感じられるのだ。

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著者プロフィール

大谷和利

大谷和利

1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。

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