※この記事は『Mac Fan』2019年2月号に掲載されたものです。
「ノートパソコン」のデザインの源流となった初代PowerBook
故スティーブ・ジョブズがビジネス封筒から取り出すパフォーマンスで薄さと軽さを印象づけたMacBook Airシリーズは、一瞥しただけでは見分けがつかないほど臆面もなく外装を真似たフォロワーたちを生み出している。しかし、もっと根源的なところで、現在のすべてのノートPCのデザインに影響を与えたノートMacが、1991年に誕生していた。それが初代のPowerBookシリーズである。
モデルは、筐体サイズやCPU、ディスプレイの差によって100、140、170の3種類があったが、僕が選んだのはエントリーモデルのPowerBook 100で、上位2機種と比べて非力ながら小型で軽量だった。といっても、幅28cm×奥行22cm×厚み4.6cmで重量が2.3kgもあり、9インチのモノクロLCDの解像度は640 x400ピクセルしかない。また、初代モデルではもっとも安価とはいえ、本体のみでも35万8000円、外付けフロッピーディスクドライブをつけると39万8000円もした。
最新のMacBook AirのRetinaモデルは、幅30.41cm×奥行21.24cm×厚み0.41〜1.56cmで重量1.25kg。2560×1600ピクセルの13インチフルカラーLCDを搭載している。しかも、価格は13万4800円からと、これが約28年分の進化だ。
上のパンフレットを見てもわかるように、PowerBookシリーズは初代モデルから奥にキーボード、手前にパームレストを配したレイアウトが特徴で、その中央にポインティングデバイスを内蔵していた。そのポインティングデバイスこそ当時の技術を反映したトラックボールではあったが、この基本デザインを他社はこぞって真似して現在に至っているのである。
Appleとソニーのタッグが生んだ初のノート型Mac
当時のAppleは、同社初の本格的なノートMacの開発にあたって社内のリソースを上位2機種に集中させる必要があり、MacBook 100に関しては、コストダウンと開発期間の短縮を狙って、ある策を講じた。それは、大きく重かったMacintosh Portableの回路設計をそのまま活かし、その縮小化と製造を日本のソニーに委託するということだった。
笑えるエピソードとしては、その頃のPower Bookシリーズの外装にはストライプ状の突起が一定間隔で設けられていたのだが、この幅を実寸で指定するためにAppleが送ったファクスをソニーが縮小モードで受信してしまい、PowerBook 100のみ間隔が狭くなったというものがある。製品サンプルを見て、Appleのデザインディレクターだったロバート・ブルナーはかなり焦ったそうだが、発表日までに作り直す余裕はなく、そのまま披露した。ところが、ほとんど誰にも気づかれなかったという。
そんなPowerBook 100の最大の弱点は、筐体の左右の後端に設けられた2本の脚である。利用時にその基部を回転させると伸びてキーボードをタイプしやすい角度で固定されるこの脚は、その凝ったメカニズムゆえに壊れやすく、僕も3回ほど折って交換修理した。
このように紆余曲折もあった初のノートMacであったが、ジャンルごとに原型となるものを定義してきたAppleの製品づくりの本領はここでも発揮され、ノートPCのデザインはPower Bookの登場によって大きな転機を迎えた。Apple信者とはApple製品のファンを揶揄する言葉だが、実は、IT業界の同業他社がいつの時代にも1番のApple信者なのだ。
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著者プロフィール
大谷和利
1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、原宿AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。