※本記事は『Mac Fan』2023年5月号に掲載されたものです。
– 読む前に覚えておきたい用語-
SoC | DC/DCコンバータ | DVS |
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SoCとはCPUコアやGPUコアだけでなく、システムの主要な機能をワンチップ化したシリコンのこと。Appleシリコンは無線機能や電源機能(ミックスドシグナル)とストレージ(NANDフラッシュ)を除く、デバイスのほとんどの機能を集約した大規模SoCだ。 | SoCとはCPUコアやGPUコアだけでなく、システムの主要な機能をワンチップ化したシリコンのこと。Appleシリコンは無線機能や電源機能(ミックスドシグナル)とストレージ(NANDフラッシュ)を除く、デバイスのほとんどの機能を集約した大規模SoCだ。 | システムの負荷状態に応じて機能ブロックの電圧を調整する技術。古くは1999年にリリースされたインテルMobile Pentium IIIプロセッサで、SpeedStepテクノロジーとして採用された。機能ブロックの電源電圧と動作周波数を連動させることで、省電力化を実現する。 |
圧倒的な電力効率で世界に衝撃を与えた「M1」
2020年11月、AppleはMacのために設計したAppleシリコン「M1」と、これを搭載したMacをリリースした。そのニュースリリースでは従来のモバイルプロセッサを凌駕する高いパフォーマンスとともに、圧倒的な電力効率をその特徴に挙げている。AppleによればM1のスペックは、同世代の他社製モバイルプロセッサと比べて「同じ消費電力(10W)であれば性能は2倍」「同じ性能であれば消費電力は25%」だとしている。
実際に2020年3月にリリースされたIntel第10世代コア i5-1030NG7(4コア/8スレッド/アイリスグラフィックス)を搭載したMacBook Airと、2020年11月にリリースされたM1(8コアCPU/8コアGPU製)搭載のMacBook Airを、macOS Ventura環境で比較してみた。Geekbench 6による性能比較では、M1がコアi5の2.9倍のCPU(Multi)スコア、4.3倍のGPU(Metal)スコアを記録した。またGeekbench 6を実行するのに必要なシリコン(SoC)全体の消費電力は、M1がコアi5のわずか17%に留まっていた。したがってAppleが発表したM1のスペックは決して誇張ではなく、極めて優れた電力効率で動作することが実測でも確認できた。
MacやiPhoneの性能を引き出す「Mシリーズ」の秘密
M1をはじめとするMac用Appleシリコン「Mシリーズ」は、iPhone用Appleシリコン「Aシリーズ」をベースに開発されたSoC(System on Chip)だ。わかりやすく言えば、MシリーズとはAシリーズと共通のコア設計をベースにCPUやGPUのコア数を増強し、これに合わせてファブリックやメモリシステム、インターフェイスの機能や性能などを引き上げている。このため両者のシステムアーキテクチャはほぼ共通であり、Macに求められる性能に合わせてAシリーズの規模を拡張したものがMシリーズだと言えるだろう。
スマートフォンであるiPhoneには極めて高い電力効率が求められる。わずか7〜15Wh(MacBookシリーズは50〜100Wh)の内蔵リチウムイオンバッテリで長時間(ほぼ1日中)稼働することを求められ、かつスタンバイ時にも通信機能を維持しなければならない。このような過酷な要件を満たすため、アップルシリコンには多くの新技術が盛り込まれている。最新の製造プロセスの導入、ユニファイドメモリアーキテクチャの採用、Neural EngineやMedia Engineといったカスタムプロセッサへの処理のオフロードなどがその代表だ。
一方で省電力化で欠かせない重要な機能の1つが、緻密な電源の管理とその制御である。Appleシリコンでは内部のさまざまなコアや機能ブロックの電源を個別に管理し、きめ細かな電力制御を行うことで比類なき電力効率を実現している。
「PMIC」が支えるAppleシリコンのパワフルな省エネ術
その優れた電力効率をロジックボード上で支えているのが、PMIC(Power Management IC)だ。PMICはAppleシリコンと連携して、その内部への電源供給を細かに制御する。PMICには大きく分けて2つの役割がある。1つはシステムの起動時やスリープ状態からの復帰時、およびシステム終了時やスリープ状態への移行時に、シリコンに対して最適な順序で内部の各ブロックへの電源供給を制御する「電源シーケンサ」としての機能だ。この制御はシステムの規模が大きくなるほど複雑化し、SoC内部の数十カ所におよぶブロックへの電源供給に対して緻密なタイミング制御が要求される。しかも起動シーケンスに時間を要するとユーザーエクスペリエンスを損なうため、高い安定性を確保しつつも高速な制御が求められるという難しさがある。
もう1つの役割がDVS(Dynamic Voltage Scaling)と呼ばれる機能で、SoCの各ブロックの動作状況に合わせて、それぞれの供給電圧をダイナミックに変化させる機能だ。各ブロックを構成するCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)ロジック回路は電源電圧を上げることでより高速に動作する一方で、電源電圧を下げることで消費電力を低減することができる。そのため各ブロックへの供給電圧を負荷状態に合わせてリアルタイムかつ独立して調整することで、高負荷時の高性能と低負荷時の省電力を両立することができる。また稼働していないブロックへの電源供給を止めることで、さらなる省電力化も可能だ。いずれもSoCからの要求に対して、スピーディに供給電圧を追従することが求められる。
Appleの強みはここにあり。「PMIC」の自社開発へ
高性能化と高効率化を高いレベルで実現するには、SoCとPMICが密接に連携しなければならない。またPMICは外部の電源回路(DC/DCコンバータ)を制御する機能も備えており、高い電力効率を実現するためにはロジックボードの電源設計もSoCに最適化する必要がある。そこで2018年にAppleは、iPhone用のPMICを提供していたDialog社のPMIC事業とその技術者を買収し、チップを自社開発できる体制を整えた。
Appleが開発したPMICは2020年にリリースされたiPhone 12シリーズでその採用が確認されており、以降に登場したすべてのAppleシリコン搭載MacのPMICも自社開発のものと推測される。さらにSoC上で動作するOSは、アプリケーションが要求する機能や性能に応じてシリコンの各ブロックにそれぞれ最適な処理を割り当てる。したがってOS自身もまた、SoCの電力効率を左右する大きな役割を担っている。
Appleの強みは、このような電力効率を左右する要素のほとんどを自社で完結できる点にある。OS、PMIC、ロジックボード設計のすべてがAppleシリコンを効率よく動かすために連携することで、比類なき電力効率を引き出しているのだ。これは他社のシステムでは決して真似することができない、Appleならではの大きなメリットだと言えるだろう。