Mac業界の最新動向はもちろん、読者の皆様にいち早くお伝えしたい重要な情報、
日々の取材活動や編集作業を通して感じた雑感などを読みやすいスタイルで提供します。

Mac Fan メールマガジン

掲載日: 更新日:

省電力なディスプレイ「OLED」が指し示すモバイルの未来

著者: 今井隆

省電力なディスプレイ「OLED」が指し示すモバイルの未来

※この記事は『Mac Fan』2016年9月号に掲載されたものです。

次世代ディスプレイ「OLED」と「液晶」の違い

現在iPhoneやiPadなどのiOSデバイスや、MacBookシリーズ、iMacに採用されているディスプレイはいずれもLCD(Liquid Crystal Display=液晶ディスプレイ)と呼ばれる。LCDは電界によってその配列方向を変えることができる液晶体をガラスでサンドイッチした構造になっており、液晶体をピクセルごとに個別に制御することで光源(バックライト)からの光の透過率をブラインドのように変化させて表示を行う仕組みだ。

色の表現は各ピクセルごとに設置された三原色のカラーフィルタと、これに対応する液晶の傾きを個別に制御し、各色の透過量を調整することで実現されている。つまりLCDは、❶均一な白色光源を供給するLEDバックライト、❷各ピクセルごとに設置されたカラーフィルタ、❸各ピクセルのカラーフィルタごとに調整可能な液晶体による光シャッター、の3つで構成されており、光源からの光を液晶というシャッターで調整することで表示を実現するディスプレイデバイスだといえる。

LCDとOLEDディスプレイの構造の違い

液晶パネルにはバックライトシステムとカラーフィルタが欠かせないが、OLEDは自己発光デバイスのためバックライトが不要で、カラーフィルタも必須ではないため特に薄型化に有利だ。

LCDの製造技術は2000年頃のデジタルテレビ放送の普及とともに急速に発達し、高精細化、大型化、高輝度化、高コントラスト、高色域など、さまざまな高画質化が実現された。また、普及とともに低価格化が実現され、現在では携帯ゲーム機から大型テレビまであらゆる表示デバイスの中心的な存在となっている。

RetinaディスプレイはLCD

iPhone 6sに搭載されているのは、IPS方式のLCDである「Retina HDディスプレイ」で、非常に高精細で視野角が広く光透過率にも優れる。タッチパネル付き保護ガラスと液晶パネル間を光学シートで埋め合わせ、空気層による反射や屈折による画質劣化も抑えている。

一方でLCDの弱点としては、特に「暗所コントラスト」と「視野角」がある。LCDはバックライトを液晶のシャッターで調整することで表示を行うという動作原理から、完全にバックライトの光をさえぎることが難しい。特に暗所での黒色の表示時にバックライト光の漏れが目立ちやすく、漆黒の表現が難しい要因となっている。

また、液晶体の傾きが見る角度によって変わるため、LCDの視野角は制限される。MacBook Airなどのディスプレイは、その表示を画面下から見た場合と上から見た場合では、そのコントラストや色味に違いがある。この問題はiMacやMacBook Proなどに採用されているIPS方式のディスプレイパネルでは低減されているものの、正確な色調を維持できる視野角には限りがあるのが現状だ。

おすすめの記事

このようなLCDの持つ課題に対して、その多くをクリアしているのが自己発光デバイスであるOLED(Organic Light Emitting Diode=有機エレクトロルミネッセンス)を使ったディスプレイだ。発光材料に有機化合物を用いる電界発光デバイスを使用したディスプレイで、別名「有機ELディスプレイ」の名でも知られる。Apple製品ではApple Watchに初めて採用され、次世代のiPhoneにも採用が噂されているディスプレイだ。

両者を比較

LCDとOLEDディスプレイの長所と短所をレーダーチャートで示した。画質面では圧倒的に優位なOLEDには、寿命・価格・大型化などにおいてまだ多くの課題が残っているが、その改良は急速に進んでおり、将来への期待は非常に大きい。

OLEDディスプレイでは各ピクセルに使われる有機化合物そのものが発光するため、バックライトのような光源を別途必要としない、有機化合物の材料を変えることで発光色を変化させられるため、カラーフィルタをも省略することが可能だ。LCDはその原理上漆黒の表現が難しい点は先に述べたが、OLEDディスプレイでは黒い部分をまったく発光させないことで真の漆黒を表現でき、非常に高いコントラスト比が得られる。

カラーフィルタを省略することで発光エネルギーのロスを低減でき、バックライトの不要さも含めて省電力化にも適している。またバックライト層やカラーフィルタ層が不要となるため非常に薄型で軽量のディスプレイが実現できることから、特にモバイルデバイスに最適なディスプレイとなっている。ガラス基板のみならず、樹脂製の基板やフィルム上にもディスプレイを形成できるため、曲面を含めたフレキシブルなデザインへの対応も可能となるなど、まさに理想のディスプレイといえるだろう。

曲面ディスプレイも実用化

「GALAXY Note Edge」は2014年11月にサムスンがリリースしたスマートフォンで、5.6インチのOLEDディスプレイを搭載している。解像度は2560×1440ピクセル、画面右側はOLEDのフレキシブルな特性を活かした曲面で、「エッジスクリーン」と呼ばれる。

今後の課題は大型化と長寿命化

しかし、夢のようなOLEDディスプレイにも弱点がある。バックライトのLED化で長寿命化を実現したLCDと異なり、光源に有機化合物を使用するOLEDでは発光素子の寿命にまだ課題がある。また同じパターンを長時間表示し続けると、発光素子の輝度が低下することによる「焼き付き」という現象が起きる。

Apple Watchでは全体に黒基調のGUIを採用したり、表示時間を制限するタイマーの搭載やアニメーションの多用など、OLEDの弱点を克服しディスプレイの寿命を延ばす工夫が随所に見られる。さらに、有機化合物を微細かつ大面積に塗り分けることが技術的に難しく、大画面化にはまだ多くの課題が残されている。

黒いインターフェイス

Apple WatchのGUIは「黒」基調をベースとしており、このデザインと省電力機能を巧みに組み合わせることで、OLEDディスプレイの弱点である「焼き付き」を防いでいる。iPhoneにOLEDディスプレイが搭載されれば、iOSにも同様の対応が行われる可能性がある。

Apple Watchに採用されているLGディスプレイ社製のAMOLED(Active Matrics OLED)ディスプレイは、ガラスではなく透明プラスチック基板を採用している。ディスプレイ裏面には静電容量式のタッチセンサと感圧(歪み)センサ、外光量を計測するアンビエントセンサが取り付けられている。これらをすべて合わせてApple Watchのパネルの厚みに抑えるためには、OLEDの採用が必要不可欠だったといえるだろう。

また、Apple Watchのピクセルを拡大してみると、特殊なピクセル配置を採用していることがわかる。一般的なLCDでは、青・緑・赤のカラーフィルタがストライプ状に配置されてピクセルを形成しているが、Apple WatchのOLEDディスプレイは青色発光素子の方向が赤・緑とは直交しており、かつ面積も異なっている。これはOLEDの発光色による有機化合物の発光効率の違いを考慮したものと推測される(一般的に青色の有機化合物は発光効率が低いとされる)。

また発光面積がLCDに比べて極めて小さく、ブラックマスク(黒い部分)の領域が広いのは、黒表現能力の向上とバッテリ駆動時間を優先したApple Watch向けの設計のためと推測される。

Apple Watchに最適化

右がApple Watchのピクセルを拡大したもの。左はiPhone SEのLCDのピクセルを拡大したもの。Apple WatchのOLEDディスプレイは同モデルに最適化された設計になっており、両者のピクセル形状はまったく違う。

OLEDディスプレイの最大の課題とされている大型化に関しては、LGディスプレイ社が積極的に技術開発を行っている。単色(または2色)の有機化合物発光体とカラーフィルタの組み合わせによる大型OLEDディスプレイの製造技術を実用化しており、昨年3月には55型の曲面型OLEDテレビも発表された。

OLEDディスプレイはまだ発展途上の技術であり、その発光素材である有機化合物の開発も含めて改善の余地を多く残している。今後さらに性能の向上と低価格化が進めば、iOSデバイスのみならずMacにも、採用が進むことは間違いないだろう。

著者プロフィール

今井隆

今井隆

IT機器の設計歴30年を越えるハードウェアエンジニア。1983年にリリースされたLisaの虜になり、ハードウェア解析にのめり込む。

この著者の記事一覧