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スマホゲームはなぜ人をトリコにするのか? 鍵となる「習慣化」。その手法から学べること

著者: 牧野武文

スマホゲームはなぜ人をトリコにするのか? 鍵となる「習慣化」。その手法から学べること

※本記事は、『Mac Fan 2015年1月号』に掲載されたものです

電車に乗ると、スマホゲームに熱中している乗客を多く見かける。ところが、多くのスマホゲームはゲームとしては単純で、ゲーム性が高いとは言えない。どうやらそこにはゲーム配信会社が仕掛ける「習慣化」戦略が隠されているらしい。

スマホゲームが彼ら彼女らをトリコにする秘密とはいったい何なのか。これが今回の疑問だ。

タップだけで進むスマホゲーム

スマホゲームは面白いのか。結論から言うと、面白いゲームはごく一部でしかないと思う。任天堂やソニーのゲーム機のような、子どもたちを魅了する従来の「ゲーム」という観点からすると、スマホゲームはごく一部を除いてクオリティが低いと感じられる。

では、なぜそのような質の低いゲームに熱中する人がいるのか。「今の若者は情弱(情報弱者)、ゆとり世代だから」という世代論での解説が多いが、それは大きな間違いだ。確かにスマホゲームは従来のゲーム基準からすると質の高いものではないが、エンターテインメントとしては極めてレベルの高いプロダクトといえる。そのイノベーションぶりは、ほかの配信コンテンツにも応用できるもので、出版、音楽、映像などのコンテンツ業界に携わる人はスマホゲームをよく研究しておく必要がある。

iPhoneの「設定」で[一般]→[使用状況]→[バッテリーの使用状況]を選ぶと、自分がどのようなアプリをもっぱら使っているかがわかる。画面はゲームばかりやっているダメな人(著者)の例。

最近人気のスマホゲームの主流はカードバトル系だ。性質の異なるカードを組み合わせバランスのよいパーティを構築する戦略、戦闘時にどのカードのどの特技を発揮させるかという戦術の2つがポイントになる。ところが、スマホゲームでは本来人間が工夫して考えるはずのところを、コンピュータが自動で考えてくれるおまかせ機能が付いているものが増えている。

では、プレイヤーは何をするのかというと、ひたすらタップをしてゲームを進めていくだけ。スマホゲームは、反射神経や思考力の競争といった従来のゲームではないところまで“進化”している。

一方で、ビジュアルの表現はクオリティが高いものが多く、美少女やイケメンの絵が次々と表示されるなどプレイヤーの心をつかむ工夫がなされている。つまり、最近スマホゲームはゲームというよりは“インタラクティブコミック”の楽しみ方に近いものがある。

時間を制御して習慣化を狙う

こうしたスマホゲームで、もっとも鍵になるのが時間の制御だ。ゲームには「スタミナ」「体力」などのパラメータが設定されていて、ゲームを進めていくとどんどん減っていく。このパラメータが0になるとゲームを続けられなくなり、たとえば6時間ほど経つと自動的に回復する。つまり、スマホゲームは短時間遊ぶと自動的に遊べなくなり、次に遊べるのは数時間後という仕組みが基礎にある。

この数値は開発元がターゲットに合わせて長くしたり短くしているが、彼らの狙いは「ゲームの習慣化」にある。たとえば、朝の通勤電車で15分遊ぶと、もうプレイできなくなる。職場の昼休みにゲームを開くとプレイできるようになっているので15分遊ぶ。帰宅する電車で開いてみるとプレイできるようになっているので15分遊ぶ。こうして、その人の生活サイクルに合わせてスキマ時間でスマホゲームを遊ぶようになっていく。

「スクールガールズストライカーズ」のメイン画面。下部の[ミッション][対戦]をプレイするには残ポイントが必要で、なくなると回復するのに数時間かかる。一度に15分ほどしかプレイさせないことで、習慣化を狙っている。

人は5日間同じことを同じ時間帯に繰り返すと習慣化してしまい、その習慣をやめると心理的に不安になるという。多くのスマホゲームは習慣化によって長く遊んでもらうことを望んでいるのだろう。短期間のブームで飽きられるよりもはるかに収益は安定するし、累計の売り上げが大きくなるからだ。そのためにシナリオやキャラクターの追加もこまめに行われる。

有料アイテムを無料配布する狙い

もう1つのスマホゲームの特徴が、驚異的なコンバージョン率の高さだ。一般のアプリでは、アプリ内広告やアプリ内課金をしても収益性はきわめて悪い。ところが、スマホゲームではアプリ内課金が莫大になる。以前、あるスマホゲームに対するアンケートで、課金経験のある人が約35%という数字が報道された。

この数字が正しいとすると、売り上げとユーザ数から計算して1人あたりの課金額は毎月約2400円になる。これは実際にスマホゲームの課金ユーザから聞いた話とも合致した。さすがに5000円を超えると「使いすぎ」と感じるが、それ以下であれば気軽に課金してしまう人が一定数いる。そして習慣化によって、延々と毎月の課金収入が積み上がっていくことになる。

スマホゲームで販売されるアイテムには、着替え衣装などキャラクターの見た目を変更するものと、ゲームの進め方を変更するアイテムが多い。衣装など目を楽しませるものはわかりやすいが、後者は一定時間待たないと次のプレイができない制約を短縮するアイテムが多くみられる。あるいはゲームをより有利に進められるアイテムもある。これらは平日のスキマ時間に遊ぶには不要だが、休日にがっつりと楽しみたいときに欲しくなる。

女性向けゲームも大きく進化した。「ガールズホリック」は、プレイヤーがアパレルショップの店員となり、お客さんの要望に合わせたファッションアイテムを販売するゲーム。2000点以上のアイテムの多くが実在の有名ブランドとコラボしたもので、新しい広告の形を体現している。

現在のスマホゲームがうまいのは、この有料アイテムを気前よく無料配布するところだ。ユーザ数が一定数を突破した記念、アプリ開始1周年などの記念、あるいはサーバ障害によるお詫びなど、理屈がつけば気前よく本来有料のアイテムを配布してしまう。

ほとんどのユーザは「無料アプリを無課金で楽しむ」ことを心がけているが、しばらくすると有料アイテムが大量に貯まってくる。「どうせ無料で貰ったものだから」と使ってみると、その快適さが忘れられなくなる。このアイテムがなくなるとついつい買ってしまうだろう。一度、アイテムの快適さを味あわせてから回収にかかる。ややアコギな感じもあるが、考えてみれば化粧品などの無料サンプル進呈、高級レストランの格安ランチなどと同じ発想だ。

有料アプリのランキングを見ると、「ファイナルファンタジー」や「ドラゴンクエスト」など従来のコンシューマゲームを移植してアプリ化したものが多数ランキングしている。だが、従来のゲームは構造上「習慣化」「アイテムによるマネタイズ」が難しく、買い切りの有料販売でしか収益が上げられない。一方で、[トップセールス]のランキングは基本無料でアプリ内課金のスマホゲームで埋まっている。

スマホゲームの手法から学べること

スマホゲームは「ゲーム性」という観点からは見るべきところは少ない。しかし、エンターテインメントプロダクトしては完成度が高く、海外アプリも日本のゲームにその手法を学んでいる。特に「習慣化」を狙う手法は、ほかのコンテンツにも応用できる。

たとえば、無料マンガデジタルマガジン、映像配信サービスなどでは「月曜日は○○が新話追加、火曜日は○○が追加」など、更新日を一定にしている。またニュースアプリなどでも「毎日朝7時更新」など更新時を一定にしている。いずれもターゲットのライフサイクルをにらんで、もっとも習慣化が起こりやすい更新タイミングを探っている。また「有料アイテムを気前よく配布して、購入欲求を刺激する」手法も、マネタイズ全般に応用が効くに違いない。

確かに伝統的なゲームファンが言うように、スマホゲームは「ゲームの皮をかぶった別の何か」だろう。しかし、そこで培われた手法は学ぶに値する。電車でスマホゲームを楽しんでいる人たちは決して情弱でもゆとりでもなく、エンターテインメントとして優れているから楽しんでいるだけなのだ。1日数回15分ほどのスキマ時間に、インタラクティブマンガを楽しんで心を整える。そして仕事や勉強に向かっていく。昔のゲームは「3日3晩徹夜してコンプリートする」が当たり前だった。いったいどちらが健全だろうか。

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著者プロフィール

牧野武文

牧野武文

フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。

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