Microsoftは5月21日に次世代AI PCプラットフォーム「Copilot+ PC」と、これに対応した新しいSurface ProおよびSurface Laptopを発表しました。さらにWindows PCメーカー各社からもノート型のCopilot+ PCが一斉に登場、いずれもQualcommが「Appleシリコンを凌ぐ」とする「Snapdragon X」が採用されています。
Oryonとはなにか
「Snapdragon Oryon」は、Qualcommが2022年11月に発表したPC向けの高性能CPUブランドです。QualcommはiPhoneに搭載される5Gモデムチップなどを開発する米国の半導体設計メーカーで、ライバルであるAndroidスマートフォンのSoC(シリコン・オン・チップ)でも高いシェアを誇っています。
従来のQualcommのスマートフォン向けSoCは、ARMがライセンスするCPUコアIP(回路情報)であるCortex AおよびXシリーズを採用していましたが、新たに同社が高性能CPUコアIPとして独自開発したのが「Snapdragon Oryon」です。その開発の中心となった人物が2021年1月に同社に買収された米国のスタートアップ企業NUVIAの創設者であるジェラルド・ウィリアム氏で、Oryonの発表ではQualcommのSVP(シニアバイスプレジデント)として壇上に上がり、Oryonの高性能ぶりをアピールしました。ウイリアム氏は2019年までアップルに在籍し、Apple A7からA12XまでのCPUコア設計を指揮してきた経歴を持っています。つまり、OryonはAppleシリコンのプロセッサアーキテクトの手によって開発されたCPUなのです。
その高性能CPUコアOryonを搭載した最初のSoCが、Snapdragon Xシリーズです。2023年10月にQualcommはSnapdragon X Eliteをリリース。Oryonを12基搭載するSoCで、その性能は「M2より50%高速」とし、Qualcommはこれを「Performance Reborn」と名づけました。さらに2024年4月には廉価版であるSnapdragon X Plusを発表、これを「The PC Reborn」と呼んでいます。Oryonは10基に削減されましたが、それでもなおM3より10%速いとアピールしています。そして今年5月21日、ついにSnapdragon Xシリーズを搭載した最初のPCが各社から一斉にリリースされました。
Copilot+ PCのインパクト
発表されたのはいずれもSnapdragon XシリーズとARM版Windows 11を搭載するモバイルPCで、ARMアーキテクチャの採用とスマートフォン譲りの省電力設計によって優れたエネルギー効率(バッテリ動作時間)を実現しているのが大きな特徴です。つまり、Appleシリコンを搭載するMacBookやiPadと共通するメリットを備えたWindows PCなのです。Snapdragon Xシリーズを搭載したPCは、Acer、Dell、HP、Lenovo、Samsung、そしてMicrosoftから一斉に発表されました。製品の発売はいずれも6月18日が予定されています。
今までもARMアーキテクチャのPCは存在していましたが、その性能はIntelやAMDのプロセッサを搭載する製品に比べて大きく劣っていました。しかしSnapdragon Xシリーズは「ARM=遅い」という従来の概念を覆すだけのパワーを持っているだけでなく、AI処理においてライバルを凌駕しています。Snapdragon Xが搭載するNPU(Neural Processing Unit)の性能は45TOPSで、これは最新のAppleシリコン「M4」のNeural Engineの性能、38TOPSを上回ります。
Microsoftは同日、AI処理のために再設計された新しいWindowsプラットフォーム「Copilot+ PC」を発表しました。そのシステム要件は、Microsoftが承認したCPUまたはSoC、40TOPS以上のNPUの搭載、16GB以上のDDR5/LPDDR5メモリ、256GB以上のSSD/UFSストレージとなっています。他の条件は別として、40TOPS以上のNPU性能を持つCPUやSoCはIntelやAMDなどのライバルメーカーには現存せず、現状ではSnapdragon Xのみが実現できるスペックです。Intelは同日、45TOPS以上の性能を持つNPUを内蔵する第15世代Coreプロセッサ「Lunar Lake」を発表しましたが、これを搭載したPCが出荷されるのは年末になりそうです。
Copilot+ PCでは、より新しく豊かなAI体験が提供されます。一例を挙げると、Recall(ユーザが過去にアクセスした情報を検索して探しているものを見つけ出す)、Cocreator(ユーザによるインクストロークとテキストプロンプトからリアルタイムでイメージを生成する)、Live Captions(ビデオや音声の通話をリアルタイムで翻訳する)、Windows Studio Effect(カメラ映像にリアルタイムでさまざまなエフェクトを施す)といった機能が用意され、ほかにも今後順次AI機能が追加されるとしています。またAI機能をアプリで活用するための開発環境「Windows Copilot Runtime」や、実用的なAIモデルを集めた「Windows Copilot Library」が提供される予定です。
このようにCopilot+ PCに高性能なNPUが求められるのは、ユーザに高品質かつ安定的で安全なAI体験をもたらすためです。現在のAIサービスの多くはネットワーク経由でのクラウド処理を前提としていますが、ネットワークへの接続状態に左右されないサービスの提供や、ユーザデータに対するセキュリティやプライバシーの観点から、PCでのAI処理はエッジ(端末内部)で行うことが重要です。そのためには、強力なAIエンジン(NPU)をPCに搭載する必要があるのです。
新たなAI競争の始まり
Snapdragon Xシリーズを搭載したCopilot+ PCが市場で成功をおさめれば、アプリの多くでARMアーキテクチャにネイティブ対応が進み、さらにあらゆる処理が高速化されます。またライバルのスマートフォン向けSoCメーカーも、CPUやGPU、そしてNPUの性能を向上させてPC向けSoC市場へ進出してくるでしょう。IntelやAMDもほどなく追いつき、いよいよ本格的なAI PC時代になると見込まれます。
新しいWindows PCが、Appleシリコンに匹敵する優れたエネルギー効率や高い処理性能を両立してきたことで、従来のMacの優位性のいくつかはライバルに追いつかれることになります。さらにAIコンピューティングにおいては、先を越された部分もあります。
macOSやiOSをはじめとするApple製品の新しい機能やサービスについては、6月に開催されるWWDC 2024で明らかになるでしょう。そこではCopilot+ PCで提供されたような、あるいはそれ以上のユーザ体験を提供するAIサービスの発表が期待されます。
PCだけでなく、あらゆる情報デバイスにとって、今年は大きな変革の1年になるのかも知れません。