※本記事は『Mac Fan』2017年9月号に掲載されたものです。
– 読む前に覚えておきたい用語 –
ワイヤレス給電 | 近接電磁誘導方式 | 採用事例 |
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ワイヤレス給電は無接点電力伝送または非接触電力伝送とも呼ばれ、接点やコネクタなどの電気的接続を介さずに電力を伝送する技術全般を指す。伝送に用いられる媒体には、磁力、電波、光(レーザ)、超音波などがあるが、現在は磁力を用いた近接電磁誘導方式がもっとも普及している。 | 磁力を用いて電力の近距離伝送を実現するワイヤレス給電技術の1つで、向かい合った2つのコイル間で磁束を媒体として電力を伝達する。数ミリメートル前後の比較的短距離での伝送に適しており、その範囲内でのエネルギー伝送効率は他の方式に比べて極めて高いという特徴を持つ。 | 古くからワイヤレス給電を採用している製品として電動歯ブラシやシェーバーなどの衛生家電がある。これらは水回りで使用されることやユーザが濡れた手で触れることから、電気接点を廃止することで安全性や利便性を高めている。ほかにもコードレスフォンや携帯電話などで採用例がある。 |
ワイヤレス給電のメリットとデメリット
ワイヤレス給電は文字どおり「置くだけ」で電源の供給や内蔵バッテリの充電を実現する技術の総称で、身近なところでは2015年4月に発表されたApple Watchの充電システムに採用されている。
ワイヤレス給電には従来の接触式給電と比較して、大きく3つのメリットがある。1つは電気的な接点を持たないため、たとえば身体や皮膚に直接触れる機器でも感電や漏電のリスクがなく、特に水や液体を扱う場所で安心して使えるメリットがある。
もう1つは電気的な接触がないため、コネクタやコンタクトなど接続部品の劣化や破損の心配がない。そしてなによりのメリットはケーブルを用いない取り扱いの容易さだろう。
一方で電力の伝送ロスがケーブル接続より大きい、伝送効率が送受信コイル間の距離や位置ずれの影響を受ける、磁性体を介した伝達ができない(金属ケースは使えない)などのデメリットがある。
ワイヤレス充電規格「Qi」の特徴
従来ワイヤレス給電技術の主な用途であるワイヤレス充電システムでは充電器(送電回路)と機器(受電回路)は常にペアで設計されており、たとえば他機種の充電器と機器の間では互換性がないのが普通だった。
これに対し、任意の充電器と機器の組み合わせでも安全に運用できるようにワイヤレス充電の標準規格を策定する目的で2008年に設立されたのがWireless Power Consortium(WPC)で、WPCによって策定されたワイヤレス充電の国際標準規格が「Qi(チー)」である。
2010年7月に最大5Wまで対応する「低電力向けQi規格(Volume I Low Power)」が規定され、同規格に適合する製品にはQi(チー)ロゴを付けることが認められている。
ターゲットとなるデバイスは携帯電話やスマートフォン、携帯ゲーム機器、デジタルカメラ、デジタルビデオカメラ、ポータブルオーディオ機器、各種リモコンデバイス、電卓、パソコン周辺機器などで、乾電池や小型のリチウムポリマー電池などで動作する電子機器である。
中電力向けQi規格の策定
2015年6月には最大15Wまで対応する「中電力向けQi規格(Volume II Middle Power)」が策定され、スマートフォンの急速充電やタブレットのワイヤレス充電も実用化の目処が立った。
さらに中電力向けQi規格に関しては今後より大きな電力の送信規格を策定し、将来的には最大120Wまで供給することを目標に掲げている。実用化されればノートパソコンのワイヤレス充電が実現可能となる。
低電力向けQi規格で採用されている近接電磁誘導方式は、電力転送効率が高く外部への漏洩磁界が少ない、実装コストが比較的安いなどのメリットがある。
同規格では受電側コイルの直径は40ミリ以下、送電コイルと受電コイル間の距離は4〜5ミリ程度、キャリア周波数は100kHz〜200kHzで、交直変換回路を含めた全体の電力伝送効率は70%以上、供給電力は最大5Wと定められている。
電磁誘導方式の基本原理と応用
電磁誘導方式の原理は比較的単純だ。コイルに電流を流すと磁場エネルギーを発生する。この磁場エネルギーの中にもう1つのコイルを置くとそこに起電力が発生し、回路を閉じると電流が流れる。
IH調理器はこの原理を利用することで内蔵コイルに大電流を流し、IT調理器上に乗った金属製(導体)の調理鍋に大電流を発生させる。
そのとき金属の抵抗分に応じて電力が熱(ジュール熱)エネルギーに変換されて食材を暖める。Qiの場合は電力を熱に変換せずに受電コイルで回収し、そのまま充電用の電力として利用する。
Qiの最大の特徴
Qiの最大の特徴は、受電側が給電側をコントロールすることだ。これは充電器の汎用性と安全性を確保するために求められた特性で、充電される側のバッテリの充電特性などに合わせた電力供給を可能とするためだ。
そのためには送電側と受電側が情報通信を行う必要があり、送電用のコイルを兼用して2kbpsのシリアル通信を行う。
つまり送電用および受電用のコイルは電力を伝達するのと同時に、両者間の通信経路としても利用され、これによって送電側は送電面上にある物体がQi対応機器であるか否かを判断する。
さらにこのシリアル通信を用いて必要な電力の要求、送電停止要求、受電中の電力量などが受電側から送電側に伝達され、電力の供給および停止が適切にコントロールされる。
近接電磁誘導方式では送電コイルから発生した磁界を効率良く受け止めるために、送電コイルと受電コイルの中心位置を合わせる必要がある。このためQi対応充電器側には送電コイルの位置を自動的に目標に合わせる仕組みが求められる。
磁気吸引方式の仕組み
そのもっともシンプルな方法が磁力吸引方式で、送電コイルと受電コイルの中心部に強力な磁石を配置し、同時に充電パッドの表面に滑りやすい素材を採用することで、充電される機器を強制的にコイル中心部に吸い寄せる。
充電パッドが1台専用の小型充電器などに適した方法で、Apple Watchなどに採用されている。
2つ目はムービングコイル方式で、充電パッド内部の送電コイルを、X・Y二軸方向に移動させてパッド上に置かれた機器の受電コイルに合わせる方法。
受電コイルとの通信感度が最大になるように送電コイルをモータで移動させる仕組みで、機器の形状に関わらず常に最大の伝達効率を得られる長所がある反面、送電コイルが1つしか配置できないため複数デバイスの充電は逐次充電(1つずつ順番に充電する)方式となる。
3つ目はコイルアレイ方式で、充電パッド内部にびっしりと敷き詰めた多数の送電コイルをスキャンし、充電される機器ともっとも感度の良いコイルを選択する方法。
機械的な可動部がないため故障に強く、送電ユニットを複数備えることで複数機器の同時充電に対応できるメリットがある反面、回路が複雑で部品点数が多くなるためコストが高くなるデメリットがある。
Apple WatchはQi準拠機器
Apple WatchはQi規格に準じたワイヤレス充電システムを持つが、特定の充電器以外からの充電は行わないよう認証・制御されている。
リリース当初は純正の「Apple Watch磁気充電ケーブル」経由でしか充電できなかったが、2016年からサードパーティ製の充電器も登場し始めており、他社製品に対する認証が開始されたようだ。
現在はLightning経由でしか充電できないiPhoneやiPadも、中電力向けQi規格に対応した受電システムを搭載することでワイヤレス充電(高速充電)が可能になる。これにより外部ポートを全廃することができ、より高い防水性能を獲得することも可能だ。
今年2月(記事執筆時点の2017年)、AppleがWPCのフル会員に参加したことが公表された。今後の iOSデバイスやMacBookシリーズがQi規格に対応したワイヤレス給電に対応することを期待したい。