※本コラムは「Mac Fan 2022年9月号」に掲載されたものです。
私は、障害や病があってもその人らしく豊かに生きていけるための社会的処方として、患者が社会的・心理的に回復するための“対話”にフォーカスした企画を運営しています。今回はWell-beingの実践家であるパッチ・アダムス氏の招致イベントを通して私が学んだことをお届けします。
昨今、SDGsやWell-beingという言葉を耳にする機会が増えました。Well-beingは、「健康、幸福、福祉」などと直訳され、世界保健機関(WHO)憲章にて「Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity(健康とは、単に疾病がない状態ということではなく、肉体的、精神的、そして社会的に、完全に満たされた状態にある)」と定義される中に登場した概念です。
また、企業や組織運営において注目が集まっているSDGsの「目標3」には、「Good Health and Well-being(すべての人に健康と福祉を)」ーあらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進すると記載されています。持続可能な社会の実現には、個人の生き方には多様性が認められ自分らしく生きること(Well-beingな個人)、組織は誰ひとり取り残すことのない世界を作ること(Well-beingな組織)を目標として、経済・社会・環境の3つのバランスがとれた社会を目指していく活動であると私は解釈しています。
一方で、日本はかねてより国民の環境問題への関心の低さや、子ども等の国や社会に対する意識が低いことが報告されてきました。また高度経済成長期に存在した万人に共通した幸福のロールモデルを失い、社会全体が複数の文脈で迷走状態にあると言えます。そのような中で発生した新型コロナウイルスによる社会の断絶と個人の孤独化が日本全体を包む中で、 「Well-being」という言葉を“ひらがな”(小学生でも理解できる平陽さ)にして各人が「自分なりの解釈」で翻訳できるようになることが、日本全体が元気を取り戻すために必要であると考え、パッチ氏の招致を立案し、実施するに至りました。
今年3月に7日間に渡って実施した国内の各分野のWell-being実践家とのオンライン対話会および、6月に実施したリアルな体感型ワークショップや対話会を通じて、パッチ氏が伝え続けるWell-beingの本質は「自然への感謝と愛の行動である」と私なりに理解できました。つまり、彼にとってのWell-beingとは、まず生活に自然やアートを取り入れ、それを愛し、抱擁によって行動で生まれる感情の波動を大切に、相手や自分自身の存在に感謝を伝え続ける行動でした。それは日本人が持っている自然への畏敬の念としての「頂きます・ご馳走様の習慣」、被災時にも自然を恨むことなく即座に助け合いの行動が起こせる「お互いさまの文化」に通じるものであると感じました。
イベントの最終日にパッチ氏は、私にこんな言葉を処方してくれました。
「自分の人生は自分で作ることができる。もう二度と自分を大切にしないような不幸な日は作らないと決めるだけだ」
「人の役に立ちたい、その衝動だけが私を何年も動かし続けている。どうか私を英雄にするのではなく、皆が人生の主役に戻れる世界を作ってほしい」
彼からもらった行動と言葉の処方箋を遺伝子(Gene)ではなく意伝子(Meme)として次の世代へ紡いでいくことを、私の残りの人生の使命にしたいと実感しています。
著者プロフィール
三宅 琢
医師・医学博士、眼科専門医、労働衛生コンサルタント、メンタルヘルス法務主任者。株式会社Studio Gift Hands 代表取締役。医師免許を持って活動するマルチフィールドコンサルタント。主な活動領域は、(1)iOS端末を用いた障害者への就労・就学支援、(2)企業の産業保健・ヘルスケア法務顧問、(3)遊べる病院「Vision Park」(2018年グッドデザイン賞受賞)のコンセプトディレクター、運営責任者などを中心に、医療・福祉・教育・ビジネス・エンタメ領域を越境的に活動している。また東京大学において、健診データ活用、行動変容、支援機器活用関連の研究室に所属する客員研究員としても活動中。主な著書として、管理職向けメンタル・モチベーションマネジメント本である『マネジメントはがんばらないほどうまくいく』(クロスメディア・パブリッシング)や歌集・童話『向日葵と僕』(パブリック・ブレイン)などがある。