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「アクセンチュア×Apple」が進めるUXを軸としたビジネス変革

著者: らいら

「アクセンチュア×Apple」が進めるUXを軸としたビジネス変革

2017年8月、アクセンチュア(Accenture)とAppleはパートナーシップを組み、iOSのビジネスソリューションを協力して開発していくことを発表した。現在、アクセンチュアとAppleはどのような取り組みを進めているのか。アクセンチュアのキーパーソンに話を聞いた。

iOS専門部隊の創設

アップルはコンシューマー市場のみならず、近年はビジネス市場における製品拡大にも力を入れている。2014年7月に発表されたIBMとのエンタープライズ分野における協業を皮切りに、2016年5月にはSAP、同年9月にはデロイト(Deloitte)、2017年6月にはシスコシステムズとのパートナーシップを締結。そして同年8月には、世界的に名高い総合コンサルティング企業であるアクセンチュア(Accenture)との提携を発表した。

そのプレスリリースにはこう記載されている。「アップルとアクセンチュアはパートナーシップを組み、iOSのための革新的なビジネスソリューションを通じて、企業が従業員と顧客の関わり方を変革する支援を行ないます。このパートナーシップは、エンタープライズモビリティプラットフォームをリードするiOSのパワー、シンプリシティそしてセキュリティと、業界とデジタルトランスフォーメーションのリーダーであるアクセンチュアの能力をフルに活用して、企業が新しい収益源を創り出し、生産性を上げ、顧客体験を改善し、コストを削減するのを手助けするものです」。

具体的には、アクセンチュア内にiOS専門部隊を創設し、アップルの専門家と、アクセンチュアのプログラマーやデザイナー、データアーキテクト、データサイエンティストといったエキスパートが一緒に働くことで、新しい企業向けアプリやソリューションを開発し、企業の働き方改革やビジネストランスフォーメーションの実現を目指すものだ。

アクセンチュアではどのようにアプリ開発を行っているのか。また、アップルとの提携によって何が新たにもたらされたのか。アクセンチュアのデジタルコンサルティング本部で活躍する3名のキーパーソンに話を聞いた。

アクセンチュア(【URL】https://www.accenture.com/jp-ja/)は世界最大の総合コンサルティングファーム。戦略立案から実行、運用までを一貫して手がける。「ストラテジー」「コンサルティング」「デジタル」「テクノロジー」「オペレーションズ」「セキュリティ」の6つの領域で幅広いサービスを提供している。

インタビューに応じてくれたアクセンチュア デジタルコンサルティング本部の皆さん。左からシニア・マネジャー金居幸代氏、モバイルサービス統括マネジング・ディレクター丹羽雅彦氏、UX STUDIO統括シニア・マネジャー番所浩平氏。撮影場所は、アクセンチュアが2018年1月にオープンした東京・麻布十番にある「アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京(AIT)」。デジタルを活用したイノベーションを創出する拠点は、町屋をイメージした作りとなっており、中央にはさまざまな企業が集う場の象徴、「YAGURA」がそびえ立つ。

ビジネスでもUXデザイン

訪れたのは、東京・麻布十番にあるアクセンチュア・イノベーション・ハブ東京(AIT)。ここは「イノベーションセンター」「ベンチャー」「ラボ」「スタジオ」の4つが集結した施設で、アクセンチュアが抱える各分野のエキスパートが顧客と一緒になってデザインシンキングからプロトタイプ化、テスト、本番までのステップを実施し、ビジネスソリューショを生み出すことを目的としている。AITにはさまざまな組織があるが、iOS専門部隊はモバイルアプリの開発を担当する「モバイル・スタジオ」チーム内に存在する。

同チームを統括するマネジング・ディレクターの丹羽雅彦氏によると、アップルとの提携が発表されたのは約1年前だが、アクセンチュア内にはiOS専門のチームがそれ以前からあったのだと言う。

「公表できないものが多いのですが、弊社ではこれまで国内でもトップクラスの数のiOS向けアプリを開発し、お客様を支援してきました。モバイルデバイス向けのアプリ開発で重要なことは、小さい画面の中にいかに必要な情報をタイミング良く表示するかです。つまり、最初に何を出して、次に何を出すかという設計がすごく大事なんです。それはいわば、私たちが業務コンサルタントとしてずっと行ってきた業務プロセス作りにほかなりません。加えて、もう1つ重要なのが『使いやすいデザインに落とし込むこと』です。弊社では4年前にいち早くUX(ユーザエクスペリエンス)専門のデザイン組織である『UXスタジオ』を起ち上げ、現在数十名のモバイル専属のデザイナーがいます。企業向けのアプリを開発するうえで、UXに長けたデザイナーをこれだけ抱える会社は国内にないのではないでしょうか」

モバイルを前提とした企業アプリは、従来のエンタープライズ向けのアプリやシステムをそのまま移植しただけでは決して使いやすいものにはならない。iPhoneやiPadといったモバイルデバイスを人々が日常的に利用しているからこそ、ビジネスの現場でも同様に「便利に使える」必要がある。業務システム設計とデザイン設計の両輪が見事に機能しているのがアクセンチュアの強みであり、それがアップルがパートナーシップを結ぶ理由となったであろうことは想像に難くない。

では、アップルとの提携で何か変化したことはあったのだろうか。

「グローバルレベルの提携ですのでさまざまありますが、たとえばアップルが定めるヒューマンインターフェイスガイドラインを意識したデザイン設計です。これまでアプリのデザインはアップルのガイドラインやお客様が整備されているガイドラインを考慮しつつも一旦ゼロからスタートすることが多かったのですが、日本ではiPhoneを使っている人の割合がとても高いですよね。普段使っているデバイスと同じ操作性で企業アプリも使えれば効率性は高まるため、そうした意味でアップルのガイドラインをこれまで以上に重視するようになりました」(UX STUDIO統括シニア・マネジャー番所浩平氏)

アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京には、クリエイティブなアイデアを顧客とともに創出し具現化する「インタラクティブ・スタジオ」、最先端のモバイルテクノロジーを利用したプロトタイプ開発からソリューション提供を行う「モバイル・スタジオ」、スタートアップ企業や教育・研究機関などが有する技術やアイデアへの投資などを行う「オープン・イノベーション・イニシアチブ」、業界特化型ソリューションの実証と拡張を行う「デジタル・ハブ」、ビジネスに応用可能な近未来技術の研究を行う「ナノ・ラボ」、ITソリューションやデモの開発を行う「リキッド・スタジオ」がある。世界共通の体系であるため、事例や知識、ノウハウを最大限に活用できるのも特徴だ。

アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京の概略図。丹羽氏が統括するモバイル・スタジオはさまざまな最先端のモバイルテクノロジーを用いてアプリ開発を行う。

提携のもう1つのメリット

UXに優れたアプリを開発するために、アクセンチュアはワークショップの実施を大切にしている。「AITはまさにそのために作った施設といっても過言ではありません」(丹羽氏)。現在は、全体の機能設計を済ませてから機能を実装してユーザテストを行うウォーターフォール型の開発ではなく、小単位で実装とテストを繰り返すアジャイル型の開発が主流となっており、アクセンチュアではアプリ開発の際に顧客を最初から巻き込み、ワークショップに招き入れ、現場の声を取り入れながら開発を行っていく。 

「店舗で使うアプリでしたら、店長さんや店員さんをお呼びして意見を吸い上げ、アプリを実際に使ってもらいながら改良を重ねていきます。スピーディーに開発を進められるだけでなく、お客様の意見が目の前でアプリに反映されるので、お客様の満足度を高めることもできます。ワークショップに参加してくれた方の中には、アプリがだんだん自分の子どものように感じられ、会社の中で積極的に広めてくれる人もいます」(番所氏)

このワークショップには、最新のデジタル技術に長けたAITの専門家だけではなく、提携をきっかけにアップルのエキスパートも加わるようになった。

 「日本だけでなく、アップル本社のあるクパチーノまでお客様をお連れして開催する場合もあります。アップルならではのUXの提案や、新しいOSなどのテクノロジーに関してお客様とお話できるようになったことも提携のメリットです」(丹羽氏)

また、アクセンチュアではワークショップだけでなく、さまざまな手法を通して顧客に満足してもらえるアプリ開発を行う。たとえば、ユーザインタビューによって一般のお客さんの声を直接聞かせるという手法も効果的だと言う。

「AITには、壁がマジックミラーになったユーザインタビュー専用の部屋があります。ここにユーザを集めて、お客様には外に立ってもらい話を聞いてもらいます。実際のユーザの声を聞いてもらうことで、アプリの質を高めていくのです」(番所氏)

すべての業務がモバイルに

アクセンチュアではBtoBやBtoC向けに数多くのiOSアプリを開発しているが、アップルと提携したからといってiOSアプリを必ずしも顧客に勧めるわけではない。「お客様にとってアンドロイドがよければ、アンドロイドを勧めるという中立的なスタンスは昔から変わっていません」(丹羽氏)

iOS向け企業アプリの現状について尋ねると、最近比較的多いのが工場における導入だと言う。

「工場では、紙や電話、無線機などを使って業務を行っていることが多く、デジタルで改善できる部分がたくさんあるのです。そうした場所にiOSアプリを入れてみると、驚くほどの業務改善が行えて現場の方々に喜んでもらえます」(シニア・マネジャー金居幸代氏)

しかし、その一方で「iPadを数千台、数万台導入しても、何をしていいのかわからないという相談もたくさんきます。ここで重要なのは、iPadでできる業務はどんどんiPadでやるようにすること。パソコンの業務をiPad化するだけで、業務を現場で完結でき、情報の質と鮮度が高まります。これが正しい意思決定につながるのです」(丹羽氏)。

ただし、パソコンでやっていたことを闇雲にアプリ化すればいいという話ではない。ここで重要となるのが業務のストーリー化だ。

 「モバイルデバイスの普及に合わせてアプリが担う役割は年々変化しています。ひと昔前までの業務アプリは、モバイル化すると使いやすくなる機能に特化したものが多数でした。たとえば、店舗でバックヤードに行かずとも、その場で商品情報が把握できるアプリなどです。しかし、今はすべての業務がモバイル前提で行われます。すると、業務アプリには機能が盛り沢山になり、必要なメニューにたどり着くのが難しくなってしまっています。これがアプリの『作りすぎ問題』です」(丹羽氏)

たとえば、iOSにはアプリの右端にある線3本のアイコンをタップしてメニューを開くユーザインターフェイスがある。この「ハンバーガーメニュー」が使いづらさに拍車をかける場合があると丹羽氏は語る。そして、こうした課題を改善するために業務のストーリー化が欠かせないのだそうだ。

  「ある業務やある機能を切り取ってUXを考えるのではなく、半日や数時間の業務の流れをきちんとシナリオに起こしてストーリー化する。その流れを何本か作ってみて、それをうまくアプリに落とし込むようにしています」(丹羽氏)

それを形にした例として、ある企業のセールスパーソン向けに作った日報アプリがある。営業先ではよく新聞の時事ネタが話題になるが、忙しくて訪問準備ができないときもある。そこで営業先に到着するまでの3分間で、訪問先に関連する記事をアプリ上でチェックできるようにした。営業先のリストがすべてアプリに入っており、自動で関係する記事を重要な順にピックアップする。短時間で効率的に新聞記事を把握できるうえ、訪問後は、相手と話した話題の補足記事を追加でメールすることも可能だ。このアプリの開発中は一連のストーリーを漫画化し、アプリにトレースすることに力を入れたのだそうだ。

  「管理職が管理するための仕組みをそのままアプリ化したところで、ビジネストランスフォーメーションは起こりません。いかにアプリを使う人に寄り添えるかが、ビジネスや働き方を変えるうえでは重要だと思います」(番所氏)

 「営業が終わったら、営業日報なんて書かないでビールを飲みたいじゃないですか。それに、書けば書くほど上司に突っ込まれれば、ますます書きたくなくなりますよね。ワークショップに管理職の方だけではなく、営業の方にも参加していただき、現場の方が本当に使いたくなるアプリを作りました。使われる結果として管理職にも必要な情報が得られます」(丹羽氏)

現場の声を取り入れることの大切さは、アップルとの提携によって改めて実感させられたことでもあった。

  「お客様を連れてアップルとクパチーノでワークショップをするとき、私たちは管理職の方を連れて行こうとしたんです。そうしたら、アップルの担当の方に、『管理職の方でなく、現場でお客様に接している店員さんを連れてきてほしい』と言われました。ユーザ目線で製品開発を行うアップルならではの意見ですよね」(丹羽氏)

“神アプリ”で感動体験を

こうした徹底的な顧客主義のもとにアプリ開発に取り組むことで、多くの企業の業務を改善してきたアクセンチュア。その結果、顧客から「神アプリ」と称賛されるアプリを開発したことも少なくない。

  「従来のシステム構築に慣れ親しんでいる情報システム部門の方の中には、私たちのアプリ開発手法を最初は理解してもらえないことがあります。しかし、実際にワークショップなどを体験してもらい、完成したアプリを喜んでいただけたときは本当にこの仕事にやりがいを感じます。『現場の社員が目をキラキラさせて使ってくれた』『この感動をいろんな人に伝えたい』と言われたときは本当にうれしかったです」(金居氏)  

  「アプリを使う楽しさ同様に、アプリを作ることも本質的には楽しいことなんです。お客様にも、私たちと一緒にアプリを開発することを楽しんでほしい。アップルは、顧客満足度だけではなく、従業員の満足度を高めることも大事にしていますよね。それによって会社が楽しくなれば、結果として顧客に喜んでもらえるプロダクトが生まれる。私たちもアプリ開発を通して、それを日々実感しています」(丹羽氏)

iPhoneやiPadの登場と、その上で動作するさまざまなアプリによって私たちの日々の生活は様変わりした。アプリは楽しいものであり、それは業務に使うアプリであっても同じでなくてはならない、というアクセンチュアの考え方とそれを生み出すための方法論は、ユーザ目線を決して忘れないアップルの製品開発と同じものである。それに賛同し、アプリ開発を一緒に楽しむ企業が増えていけば、近い将来、私たちの日常で起きた「暮らし方」のトランスフォーメーション同様の変革がビジネスの現場でも起こるに違いない。アクセンチュアとアップルが推し進める「働き方」の変革にこれからも期待したい。

デジタルコンサルティング本部 モバイルサービス統括マネジング・ディレクター丹羽雅彦氏。

デジタルコンサルティング本部 UX STUDIO統括シニア・マネジャー番所浩平氏。

デジタルコンサルティング本部 シニア・マネジャー金居幸代氏。

アクセンチュアが手がけたリテール企業の店舗スタッフ向けアプリ。スタッフの出退勤の登録、本部指示の店舗での確認、開店準備、発注、接客など店舗スタッフが出勤してから、退勤するまでの業務のすべてを店頭で完結できるiOSアプリを提供した。バックルームでの作業時間を削減し、お客さまとの接客時間をより多くすることで、業務の効率化だけでなく、顧客満足度が向上した。アクセンチュアの知見をもとに、企画から設計、開発、運用、保守まですべてを担当。作って終わりではなく、うまく活用できている店舗の利用状況を分析し、ノウハウを他店舗へ横展開するなど、導入効果を最大化する活動も含めてトータルにサポート。