iOS 11.3で追加されたビジネス向けメッセージングサービス「Business Chat」。まだ米国でのベータ提供に限られているが、フードサービス大手の米アラマークとMLBのフィリーズによるパイロットプログラムなどが始まり、企業と顧客の関係を一変させるiPhoneの新たな可能性が見えてきた。
アプリより簡単なチャット
この夏に米メジャーリーグ(MLB)のフィラデルフィア・フィリーズの本拠地で、iPhoneの「メッセージ」アプリを使って、観客が座席から簡単にビールや水といった飲み物を購入できる「ブリュー2ユー(brew2you)」というサービスが提供された。暑い夏の野球観戦に欠かせない水分補給。でも、売店や立売スタッフが忙しい時間帯には、観客に我慢を強いることになる。そこでフードサービス大手の米アラマークがフィリーズとともに、10試合限定のパイロットプログラムとして、アップルのビジネス向けメッセージングサービス「ビジネスチャット(Business Chat)」を用いた飲み物販売を試した。
ブリュー2ユーで飲み物を買うには、まず座席のQRコードをスキャンする。メッセージに表示される商品リストから欲しい飲み物を選び、アップルペイで支払いを済ます。数分で座席に飲み物が届けられる。
これまでもフィリーズの球場で、スマートフォンを使って飲み物を購入することはできた。しかし、そのために観客はMLBの公式アプリを探してインストールし、購入時に座席番号やクレジットカード番号などを入力していた。ビジネスチャットなら初めての人でも、標準の「メッセージ」アプリを通じて数タップで注文を完了できる。とても簡単だ。
フィラデルフィア・フィリーズの本拠地シチズンバンクパークでパイロットプログラムとして提供された「Brew2You」。「メッセージ」アプリを使ったやり取りで飲み物を購入するが、会話する必要はなく、すべてタップで注文を完了できる。
注文をしてからしばらくして、立売スタッフが購入した飲み物を持ってきてくれる。注文と決済が自動化された「Brew2You」のような販売チャネルの利用者が増えると、スタジアム側は限られたスタッフでより多くの飲み物を提供できるようになる。
サービスへの容易なアクセス
ビジネスチャットは、iOSプラットフォームにおいて顧客とビジネスの相互交流をサポートするビジネス向けメッセージングサービスだ。2017年のWWDCで発表され、米国でベータ提供が始まったが、アップルはサービス展開を急がず、パートナーを選びながら慎重にサービス開発を進めている。そのため既存のサービスとの違いがわかりにくかったが、フィリーズのパイロットプログラムのような採用例が増え始めて、ビジネスチャットを提供するアップルの狙いが少しずつ明らかになり始めた。
一言に言い表すなら、ビジネスチャットはビジネス戦略の新たな潮流になっている「オムニチャネル」において効果的なサービスになる。オムニチャネルは、インターネット、電話、テレビ、ダイレクトメール、カタログ、ブリック&モルタルなど、あらゆる手段を通じて顧客にアプローチするマルチチャネルの進化形だ。しかし、企業から消費者へのアプローチではない。オムニチャネルの考え方は逆である。あらゆるチャネルを統合し、顧客がいつでもどのような方法からでも、ビジネスにコンタクトしたり、注文ができるようにする。誰もがスマートフォンを持ち歩く時代を迎え、個客一人一人に、最高の体験を提供する顧客志向のアプローチである。そこにビジネスチャットが強みを発揮できる。
たとえば、チャットを通じた顧客サポートが便利で効果的であっても、従来のサービスはチャットに顧客を引き込む段階でつまづいていた。iOSに統合されたビジネスチャットは、シリ(Siri)の検索結果やマップ、またはURLリンクやQRコードなど、iPhoneのさまざまな機能からスムースにユーザを「メッセージ」アプリに誘導できる。フィリーズの飲み物販売のように、とてもシンプルな利用体験を実現できる。
ビジネスチャットを採用しても、iPhoneユーザにしかサービスを提供できず、数多くのアンドロイド端末ユーザを遠ざけるという指摘もある。しかし、効果的なコミュニケーション方法や接点を揃えて顧客に寄り添うのがオムニチャネルの考え方である。ビジネスチャットは、オムニチャネル戦略を採るビジネスにとって欠かせない、有効な手段の1つになりそうだ。