日本を発祥に、MacやiOSデバイスに収録されている「絵文字」は、今や世界中で当たり前のように使われるようになった。しかし、各国の文化の違いから、そのデザインについて論争が起きることもある。果たして絵文字は、世界共通の文字になったのだろうか。これが今回の疑問だ。
日本から生まれた世界標準の「Emoji」
MacでもiOSデバイスでも利用できる絵文字、皆さんは普段使っているだろうか。読者の方々は、「家族や友人にメッセージを送るときに、笑顔の絵文字をつけるくらい」という人が多いのかもしれない。
絵文字の起源は諸説あるが、今使われているようなデジタル絵文字に関しては、NTTドコモの携帯電話・アイモード(i-mode)で誕生し、各キャリアに広まったといわれている。2009年にはアップル、グーグルが日本向けスマートフォンに絵文字を実装。その後、この2社が中心となってユニコード収録を進め、世界にも広がったという流れをご存知の方も多いことだろう。
今では「Emoji」という言葉も国際語になったが、これが日本語の「絵文字」を表しているとは知らない外国人が大半だそうだ。欧米では「:)」や「:-(」など横向きの顔文字が広く使われており、これらは感情を表す文字という理由でEmotion icon=Emoticon(エモティコン)と呼ばれている。欧米の人は、ここからの類推でEmojiも「Emotion」からできた言葉だと思っているようなのだ。
このような勘違いは別として、絵文字がユニコードに収録されたおかげで、世界中の人々と微妙な感情のコミュニケーションができるようになったのは素晴らしいことだ。また、日本発祥の絵文字が、世界共通文字として使われているというのも、同じ日本人としてちょっと誇らしい感じがする。
グーグルも謝罪した世界の絵文字論争
一方で、世界では絵文字をめぐるさまざまな問題が起きている。日本では一般的な表現であっても、国や文化によって感じ方や受け取り方は大きく異なるからだ。
まず紹介したいのが「ハンバーガー論争」だ。発端となったのは、アップルとグーグルのハンバーガー絵文字を比較したツイートだった。アップルのハンバーガー絵文字は、お馴染みのもので不自然さはない。しかし、グーグルのハンバーガー絵文字は、なんとバンズのすぐ上にチーズが乗っているのだ。これに気づいた人々は、「これはハンバーガーではない。チーズはパテの上にあってとろけるのが正解だ」「いや、バンズの上のチーズも美味しい」と愉快な論争になった。
そもそも、ユニコードの文字は字種を指定しているだけで、それを具体的にどのような字体で表現するかは規定されない。たとえば漢字であっても、文字コードに字種が指定されるだけで、それを明朝体で表現するかゴシック体で表現するかは、フォントの作成者に委ねられている。同じように、絵文字も「ハンバーガー」と指定されるだけで、それをどのような絵で表現するかは作成者次第。それゆえに、デザインの違いからこのような議論が生まれることになった。
これを受けてグーグルは、「Google I/O 2018」の席上で、突然アンドロイドの重大なバグについて謝罪した。そのバグというのがこのハンバーガー問題のことで、会場は笑いに包まれた。さらに、グーグルはもう1つのバグについても修正することを表明。それは「ビール」の絵文字で、中身が半分ほどしか入っていないのに、なぜかジョッキの上に泡が乗っているというあり得ない状態になっていたのだ。
このような楽しい論争ばかりであればいいのだが、そうは言えない深刻な問題も起きている。2016年5月、ユニコードコンソーシアムはユニコード9.0への追加文字として「ライフル」と「近代五種」を追加した。しかし、アップルやマイクロソフトはフォントにこの絵文字を追加しなかった。近代五種は問題ないものの、ライフルは米国で起きている銃乱射事件などに配慮して、追加しなかったのだと思われる。この2つの文字は、現在でも存在しない幽霊絵文字になってしまっている。
さらに同年8月、アップルは「ピストル」の絵文字をリアルなリボルバーから水鉄砲のようなデザインに変え、絵文字の名前も「ピストル」から「水鉄砲」に変更してしまった。現在、グーグルなどのピストル絵文字も玩具のようなピストルになっている。これも銃乱射事件などに配慮してのことだと想像される。
また、米国では「ナス」と「ピーチ」の絵文字も問題視する人がいる。絵文字は絵と違って、小さなサイズで使われることが多いので、いずれも男性器やお尻に見えてしまうことがあり、猥褻性があるという指摘だ。考えすぎではないかとも思えるが、各社ともデザインを変更して、そういう誤解を受けづらくしているようだ。
絵文字の差別問題解決への道は?
さらに大きな騒ぎになったのが人種差別問題だ。アップルは絵文字に人の顔などを収録したが、多くが白人で、人権団体などが人種の多様性を無視していると抗議していた。そこでアップルは、iOS8.3からスキントーンを変更できるようにし、合計6色から選べるようにした。
しかし、今度は中国から異論が上がった。黄色い肌の色が黄色すぎて、なにかの病気のように不自然だというのだ。これに対してアップルは、「黄色い顔はあくまで標準絵文字で、ほかの5種類のスキントーンから好きなものを選んでもらう」という考え方なのだと説明した。黄色い顔はアジア人というわけではなく、あくまでも人種的に中立なベースの絵文字ということだ。
このように、世界では絵文字1つでさまざまな論争が巻き起こっている。各社の担当者は大変だと思うが、これはある意味素晴らしいことではないだろうか。絵文字という世界共通の文字が誕生したことで、そこを軸に文化の違いが積極的に話し合われている。このまま議論が進んでいけば、いずれ世界中の誰もが納得する絵文字が完成するかもしれない。
アップルはスキントーンを導入したとき、同時に「手をつないだカップル」「手をつないだ2人の女性」「手をつないだ2人の男性」などの性的マイノリティーに配慮した絵文字も導入した。そして今年3月には、盲導犬や車椅子、義手、義足など障がい者に関する絵文字を新たに収録するよう提案している。グローバル化というのは、こういうプロセスを経て進んでいくのだと思う。
AppleはUnicode Consortiumに対して、障がいに関する絵文字を今後標準化していくよう提案している。unicode.orgで公開されている「Proposal For New Accessibility Emoji」より。
文●牧野武文
フリーライター。iPhoneには日本特有の絵文字がいくつも収録されている。「よくできました」の花マルマークやマル秘マークなど、きっと海の向こうで多くの外国人が首をひねっていることだろう。こういうところから日本に興味を持ってくれたとしたら、素晴らしいことだ。