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新MacBook Proが放つ「Macの価値」

新MacBook Proが放つ「Macの価値」

Macの向こうから

「なぜMacなのか」。

この問いに対して、かつては明確な答えを持っていた人が多かった。しかし、現在はどうだろうか。あるいはこれからコンピュータを買う人が、ブランドやなんとなくという理由以外で、進んでMacを選ぶ理由とは何だろうか。

アップルは世界開発者会議「WWDC2018」の1週間後の6月14日、「ビハインド・ザ・マック(Behind the Mac)」広告を展開し始めた。フォトグラファー、プログラマー、ミュージシャンのインタビューとともに、Macがあるクリエイティブの風景が描かれている。

「Macは何かを作り出すための道具だ」。

伝えたいメッセージを読み取ることは容易だ。しかし、そんなメッセージをわざわざ言わなければならなくなっていること自体に、Macの窮状がうかがえる。

ビハインド・ザ・マックは完全なるブランド広告だ。登場人物の証言は間違いではなく、数多くのMacが創造の現場で活用されているのは事実だ。しかしブランド広告はそもそも新規ユーザに乗り越えられる程度のハードルを示唆し、既存のユーザのロイヤリティを高めて堀を深くするツールだ。

確かにティム・クック時代のアップルの戦略は、ブランド力のさらなる強化である。リンゴのロゴが特別なブランドになるまで、徹底的に磨き上げてきた。そのためには金属素材の開発、FBIの要求を突っぱねるプライバシー施策、100%再生可能エネルギー化、トランプ大統領のご機嫌取りに至るまで、あらゆることを抜かりなくやってきた。ブランド戦略は間違いではないばかりか、圧倒的に正しい。それがアップルが唯一持ち合わせる価値となり、表層を容易く真似る中国メーカーにコピーされない独自性だ。

それでも筆者は、ブランド広告を展開する背景には、現在のMacが真っ正面から勝負ができない自信のなさの表れがあると受け取っていた。

高い価格、自由度の少ないラインアップ、そしてPCと代わり映えしない性能…。差別化が難しいばかりか、価格の高さや少数派であるというネガティブな要素もつきまとう。

さらに言えば、そのブランド広告からも、アップルの自信のなさがうかがえる。そもそも、ビハインド・ザ・マックのエピソードに、なぜ初めからビデオや仮想現実のクリエイターが登場していないのか。現在のデジタルクリエイティブの世界に触れていれば、その不自然さを一発で見抜くことができるはずだ。

今もっとも伸びている分野での、Macの存在感のなさを反映している。そんなメッセージを発してしまっていたことに、アップルは気づいているのだろうか。

●Behind the Macキャンペーン

Appleは、Macを使用して創造的な仕事をする人々の姿を捉えた新広告キャンペーン「Behind the Mac」を展開している。写真家のブルース・ホール氏、ミュージシャンのGrimes氏、ルワンダのアプリ開発者、ピーター・カリウキ氏に加え、登場する人々の中には、アーティスト&インタラクションデザイナーとして知られる真鍋大度氏など、日本のプロフェッショナルの姿も見かけられる。 【URL】 https://www.apple.com/jp/mac/

Macが再び輝き始める

7月12日に発表された新しいMacBookプロはスペック中心の強化だった。そのためか、新製品発表イベントは開れず、WEBサイト上で新製品を披露するマイナーチェンジに留まった。しかし、この新モデルに対する反応は、過去2年の新モデルとは違っていた。そのニュースを受け取った人々は、新MacBookプロのパワーで押し切られたのである。

力不足が指摘されて「Pro」の称号がふさわしくないとまで言われてきた13インチモデルには、4コアのインテルCore i5が標準搭載され、処理性能は2倍になった。15インチは6コアのCorei9まで搭載でき、70%高速化された。そして13インチには最大2TB、15インチには最大4TBのSSDストレージを内蔵でき、15インチの最高スペックは、40万円近いSSDオプションのせいで、総額70万円を軽く超える。

ユーザは、MacBookプロにそうした刺激的な高性能を求めていた。冷静に考えれば4TBのSSDなど、選択しないかもしれない。しかし、最上位モデルとして存在していること自体、ブランドにとっては重要だ。

欧州自動車メーカーが、ポートフォリオに2000万円近い最上位モデルを用意し、レースに参戦しながら、300万円以下の車を中心に売っていることを考えれば違和感はない。そのメーカーの実力と、「自分が将来成功したら手にするかもしれない」という顧客自身の未来の提示が、強固なブランドを作るのだ。

もちろん、価格が高いから良いわけではない。スペックが高いことが価値ではないと、アップルも常々指摘してきた。しかし新MacBookプロの最上位モデルは、誰もが驚く明らかな性能と、それに伴う価格によって、存在することの価値を十分に発揮しているのだ。

●13インチと15インチの2モデル

刺激的すぎるほどの高性能と70万円超の「ブランドの証」

●カスタマイズで最大70万円超

最上位モデルとなる15インチの2.9GHzモデルのCPU、メモリ、SSD等をカスタマイズしていくと、73万円超という金額となる。実際に購入する人がいるかは別として、こうしたモデルが存在することが重要なのである。

キーボードの修正

美しいディスプレイと薄型ボディを備えたこれまでのMacBookプロには問題点があった。米国で3件の集団訴訟を起こされ、不具合が出やすく、修理期間が長く、費用が高い、と批判を集めていたキーボードだ。

2015年モデルのMacBookで初採用されたバタフライ型のメカニズムは、キーボードユニットの薄型化、キートップの安定性向上に大きく貢献している。2016年モデルのMacBookプロにも採用され、本体の薄型化を実現した。

しかし、その短いストロークのせいで、埃やゴミが詰まると不具合を起こしやすい。狭い隙間に埃やゴミが積もると、エアダスターでもなかなか取り除けなくなる。キートップを自分で外して掃除をすることは推奨されておらず、アップルストアに持ち込んだ修理となると、場合によってはキーボードとのり付けされたバッテリやスピーカといったユニット全体の交換となるため、修理費用は高額となり、入院期間も長くなる。

そうした批判を受けて、アップルはキーボードの無償修理を購入後4年間に延長する措置をとった。事実上のノートパソコンの耐用年数に相当し、キーボードが「不良品だ」と認めたようなものだ。シリコンバレーの新卒エンジニアから1週間Macを取り上げれば、4000ドル以上の損失になるが、その補填をアップルはしない。プロの道具として許されない。

キーボード問題が提起されてからすぐのアップデートであるにもかかわらず、新MacBookプロのキーボードは第三世代バタフライ型へと進化した。2018年5月に出された特許文書にある、メカニズム部分を覆うアイデアが採用され、実際にはシリコン膜が張り巡らされた。アップルが謳う打鍵音の静かさは、防塵用のシリコンが防音という副次的効果を発揮しているからだ。

依然としてアップルは、キーボードの不具合は一部の顧客に起きている事象であり、またシリコン膜が必ずしも完全な問題解決ではないとしている。それでも、キーボード問題への対処は早かった。これが、現在のアップルの、Macに対するコミットメントの現れだ。

●第3世代キーボードの搭載

Appleは第2世代のバタフライ式キーボードの問題を認め、新MacBook Proにはシリコン皮膜を内部に施した第3世代キーボードを搭載。これにより内部に埃やゴミなどが入ることで起こる不具合の問題に対応した。

ミッシングピース

Macはアップルの中でもっとも古い製品ラインであると同時に、異質な存在でもある。

iPhoneは毎年1シリーズ、iPadは2ライン、アップルウォッチ(Apple Watch)やアップルTV(Apple TV)やエアポッズ(AirPods)も現状は1つのシリーズにまとめられている。これに対してMacは、今回刷新されたMacBookプロに加えて、ポータブルではMacBookとMacBookエアの3ライン、デスクトップではMacミニ、iMac、iMacプロ、Macプロの4ラインが揃う。

モバイルデバイスよりも歴史が長く、その使い方やニーズが多様に拡がった中で、新たにアップルが設定できたモバイルデバイスのルールのようにはいかない。アップルがブランド広告を行うのも、コンピュータ市場の中でのポジション作りにほかならず、ユーザが持つMacへの期待を完全にはコントロールできないからである。

そうした中、Macラインアップに欠けており、今回のMacBookプロのアップデートでも解決できていない「ミッシングピース」がある。それは、低価格のノート型Macだ。

現在アップルは、13インチのMacBookエアを米国では999ドル、日本では9万 8800円で販売している。1000ドル(10万円)を切る唯一のMacであり、その次はレティナ(Retina)ディスプレイと超薄型ボディを備えるMacBookの1299ドルへと価格は300ドル(約4万円)も跳ね上がる。

だが、MacBookエアは、風前の灯火だ。アップルはiPad、iMacとともに、通常モデルとプロモデルという2つのラインへ収斂させた。iPadエアシリーズは姿を消し、iPadとiPadプロという構成。iMacも同様だ。MacBookシリーズは2015年にMacBookとMacBookプロという展開にしている。

MacBookエアはアップルのインテルプラットホームへの移行の象徴的な存在であり、2008年の登場時、そしてモデルチェンジが行われた2010年以降、Macの販売台数を飛躍的に増加させた。しかし、アップルのラインアップ横断的な基準となる技術である、レティナディスプレイやUSB│C、タッチID(Touch ID)といった機能は盛り込まれず、価格を上昇させないように併売が続いているのが現状だ。

一方、多くの教育機関ではiPhoneアプリの開発ができる低価格ノートブックの要請も強く、MacBookエアを切り捨てられないのも事実だ。13インチの低価格MacBookについての噂も流れるが、12インチモデルや、MacBookプロのタッチバー(Touch Bar)非搭載モデルとの関係を考えると、現在のMacBookエアと同じ価格での販売は期待できないだろう。

●曖昧なMacBook Airの立ち位置

現在100ドル(10万円)を切る価格のMacは、MacBook Air 13インチのみ。しかし、長らくアップデートモデルが出ないのは、最新技術を搭載すると価格高となるためか。MacBook Airは今後なくなり、iPad/iPad Proがその役割を担う可能性が高い。

1000ドルの分水嶺

そうした中、マイクロソフトが反撃に出た。タッチスクリーンを備える10インチのタブレットPC「サーフェス・ゴー(Surface Go)」を、米国では399ドルの価格でリリースしたのだ。キーボードやマウス、ペンなどのアクセサリを揃えれば価格は600ドルを超えるが、ウィンドウズアプリケーションが動作するタブレットPCとして、教育機関への高い訴求力を獲得するモデルとなる。

アップルはサーフェス・ゴーへの対抗をMacで行うのか。筆者はそうは思わない。

アップルにはiPadがある。教育機関向けに299ドル(3万5800円)で販売するiPadは、4Kビデオの編集までこなすパワフルさがあるし、アップルペンシルも活用できる。マイクロソフト・オフィス(Office)の代わりとして共同編集に対応する無料のiWorkやグーグル・ドキュメントなどのアプリもある。むしろ、マイクロソフトが、廉価版のiPadに対抗するため、サーフェス・ゴーを投入した、と見たほうが良いほどだ。

MacとiPadは融合しない。アップルのソフトウェアエンジニアリングのトップ、クレイグ・フェデリギはWWDC2018の壇上できっぱりと「No」と言った。MacBookエアが消えゆく存在であるならば、1000ドル以下のノート型Macは存在しなくなる。

Macは、何かものを作り出すプロフェッショナルの人たちのためのコンピュータとして、1000ドル以上で確かな性能を手に入れられるブランドになっていく。

一方、1000ドル以下にはiPadが幅広い価格レンジで存在し、タッチスクリーンもアップルペンシルも思うがままだ。初めてコンピュータに触れる人、カジュアルな利用をPCから置き換える人、またMacを使うプロが、より直感的な作業のために用いる。

こうしたアップルの戦略に呼応したのがクリエイティブアプリの定番を取り揃えるアドビ システムズ(以下、アドビ)だ。アドビは2019年に向け、業界標準的な画像編集アプリ・フォトショップのフルバージョンを、iPad向けに準備していることが明らかとなった。

iPadは、将来のクリエイティブクラウドユーザを獲得する場であり、またクリエイターが活用したいモバイル環境という、2つの意味合いから、アドビにとって重要度が高まった、と考えられる。

●Surface Goの魅力

Microsoftが発表したSurface Goの下位モデルは米国では399ドル、日本では6万4800円で販売される(日本版はOfficeをバンドル)。キーボードやマウス、ペンなどのアクセサリを揃えれば価格は600ドルを超えるが、ウィンドウズアプリケーションが動作するタブレットPCとして、教育機関からのニーズは高い。

なぜMacなのか?

再び、冒頭の問いである「なぜMacなのか」に戻ってみる。

アップルはiPhoneで7割の売上高を確保する企業だ。その企業が一番力を入れている製品だからこそ、レティナディスプレイ、Siri、タッチID、アップルペイ(Apple Pay)、フェイスIDといった象徴的な技術をiPhoneに先に導入し、それに慣れたユーザが違和感を覚えないように、他の製品にも適用していく。

iPhoneは5年で携帯電話の世界を作り替えたが、iPadは10年弱の期間が経過しても、PCの世界を崩せていない。「なぜMacなのか」が見出しにくくなった原因の一端はiPadという存在であり、またアップルがMacに隙を作った原因の一端は、iPadが支配する世界を読んだからだろう。

しかし、その考えは間違っていた。すでにアップルもそこに気づき、Macを新たな金脈に変えるアグレッシブな取り組みに転換した。iPhoneのような売上の大部分を占める存在にはもうならないものの、もっと可能性のあるカテゴリとして、新たな変革に取り組もうとしている。

だからこそ、今Macなのだ。新しいMacBookプロの発表の裏にはそんな秘密がある。