顧客はエンドユーザ
WWDCの基調講演の中でティム・クック氏は「顧客をすべての中心に」してきたからこそ、アップルは人々の暮らしや社会を変えてこられたと述べた。そして集まった開発者たちに、同じ姿勢でともに人々にとってより良い変化を起こしていこうと呼びかけた。
アップルが「顧客中心」を理念としているのは有名な話である。では、なぜ今回改めて「顧客中心」をアピールしたのか。それは私たちが今、アップルの言う「顧客中心」の価値を強く必要としているからだ。
顧客中心といってもさまざまだ。消費者向けの製品やサービスを扱っている企業であれば、人々のための活動が最大の関心事になるのが当然のように思えるが、実際はそうでない。グーグルやフェイスブックの製品は普通の人々に使われているものの、それらの顧客は広告主だ。マイクロソフトの場合だと、同社にもっとも影響力を持つ顧客は企業である。もちろんこれらは至極当たり前の活動であり、むしろ多くのテクノロジー企業にとって、顧客中心は利益の最大限化を意味する。
それらとアップルの言う「顧客中心」は意味合いが大きく異なる。アップルの顧客は同社のハードウェア製品を購入し、サービスを利用するエンドユーザだ。だから、目先の利益ではなく、人々の生活を豊かにする製品を追求し、そして形にする。
モバイル市場が急速な成長を遂げてきた歪みなのか、昨今、フェイクニュースや個人情報の漏洩、スマートフォン中毒といった深刻な問題が表面化し始めている。その原因には、IT企業の利益追求の姿勢が色濃く影響している。また、アップルも昨年、macOSで管理者権限を簡単に取られるバグなど、アップルらしからぬトラブルを連発した。だから、ここで「顧客中心」の原則に立ち返り、しっかりと顧客との信頼関係を再構築し、長い目で大きな価値を作り出していく。
市場よりも満足度
今年のWWDCでアップルは、macOSやiOSなど、今秋リリースする予定のプラットフォームのメジャーアップグレードの発表に専念した。着実なアップデートだが、斬新な新機能追加や大きな変更のない地味な発表だったと感じた人も少なくなかった。しかし、顧客中心の視点で見ていくと、それぞれが私たちユーザにとって意義深いものであり、強いメッセージ性があったことに気づく。
アップルは基調講演でさまざまな市場データを公表するが、市場シェアを比べることはない。同社が強く伝えるのは、アップストアでの開発者への支払いの累計額であり、そしてユーザの満足度だ。なぜ市場シェアにこだわらないのか。自分たちで市場シェアをコントロールしようとしたら、不要な新機能を載せてアピールしたり、低価格競争を仕掛けたりと、同社の顧客中心の理念からかけ離れてしまう。アップルは最高の顧客体験の提供に重点を置いて事業を進めるのみだ。あとは顧客が決めることである。
すべてにおいて顧客体験を重視するアップルは、そうした姿勢を開発者も共有するように求める。辛抱強くなければ、アップルのプラットフォームでは成功できない。だが、人々のための体験、人々のためのソリューションを提供することが、顧客のための活動になり、引いてはアップルやデベロッパの成功につながる。アップストアの規模を含む、アップルのエコシステムの豊かさを表すデータは、その価値の大きさを示している。
Timからの呼びかけ
今年のWWDCは、iPhoneやiPadの使用時間の抑制やプライバシー保護の強化など、アプリ開発者に負担を強いる発表が多かった。だからこそ、オープニングで「顧客をすべての中心に」という理念を示して理解を求めた。
決して市場シェアは比べない
App Storeを利用するiOSアプリ開発者への支払い額がWWDC開催週に合計1000億ドルという大きなマイルストーンに達した。Appleとデベロッパたちがともに、人々の暮らしや社会に与えた変化の規模が伝わってくる数字だ。