「初音ミク」の開発元で知られるクリプトン・フューチャー・メディア株式会社(以下、クリプトン)。5月12日、北海道大学高等教育推進機構オープンエデュケーションセンター科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)にてクリプトン代表の伊藤博之氏が講演を行い、「メタクリエイターの発想法」について語った。
クリエイターの創り方
クリプトンでは、クリエイターのためのクリエイターをメタクリエイターと呼ぶ。今年で11年目の初音ミク。2013年には悲願のMac対応を済ませ、10周年の節目となった2017年にはiPhoneとiPadのアプリもリリース。これほど長く、世界中のクリエイターから支持される背景には「創作の連鎖」を生み出すメタクリエイターの発想がある。
日本では同人誌に見られるように、マンガやアニメの二次創作の文化が古くからある。一方で、著作権の観点で二次創作はたびたび問題とされてきた。クリプトンでは初音ミクなどのキャラクターを用いた創作物の投稿サイト「ピアプロ」を提供し、この問題に向き合ってきた。ピアプロでは、他のクリエイターの利用を前提に楽曲やイラストの作品投稿を受けつけている。その結果、著作権問題をクリアしながら、二次創作、三次創作…n次創作といった爆発的「創作の連鎖」を引き起し、初音ミクは世界的キャラクターに育っていった。
クリプトン代表の伊藤博之氏はSE/30からのMacユーザ。90年代初頭には、AdobeからリリースされたPhotoshop1.0でのデザインにのめり込み、CDのアートワークや広告、カタログ類を自ら手がけていた。
T字型人材
1995年の創業当時から一貫して音を扱うクリプトンのCI(コーポレート・アイデンティティ)は「音で発想するチーム」。伊藤氏は、この姿勢をT字型だという。
「多くをやるより、1つにフォーカスし、徹底的に掘り下げるべきです。クリプトンでは音に注力してきました。専門性を高めると、さまざまなことができるようになります。音の配信サイトを作れば、WEBデザインや音の信号処理に詳しくなります。キャラクターを扱えば、著作権法を勉強するようになります」
T字型人材には、バランスも大切だ。得意分野を伸ばすだけでは細長い三角形になり、逆に多分野に手を出し過ぎると散漫なものになる。専門分野を持ち、異分野に応用することで、徐々に均整の取れた正三角形の状態に近づけられる。同時にその面積を拡大することが、T字型人材の成長につながる。今年で23年目のクリプトンを支える原動力には、T字型の成長を遂げたメタクリエイターの存在があるのだろう。
北海道の活性化
初音ミクで世界的に知られたあとも、クリプトンは創業地の北海道札幌市に軸足を置き活動している。近年、特に力を入れているのは札幌市を先端テクノロジーの「社会実験・社会実装の聖地」にすることを目指すクリエイティブコンベンション「No Maps」だ。No Mapsはアメリカで毎年開催される「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」をモデルに企画され、映画・音楽・インタラクティブの3分野で北海道の活性化に貢献することを目的としている。
人口密度の低さが指摘される北海道では交通インフラの整備やへき地医療などの問題を抱えている。インタラクティブ分野の統括を担うクリプトンは、諸問題に対し、市民をはじめ、北海道庁や札幌市役所といった行政機関、北海道大学などの教育研究機関を巻き込みながら、科学技術の力で解決策を探るアプローチを試みている。昨年にはNTTデータと群馬大学の協力を得て、札幌市の公道で自動運転車の走行実験を初めて行ったり、北海道大学CoSTEPとともにVRによる体験型理科教育の可能性を探ったりした。No Mapsにおける場作りにおいてもまた、メタクリエイターの発想法が活きている。今年の会期は10月10日(水)~14日(日)。ぜひ参加してみることをオススメする。
講演に先立ち、北海道大学CoSTEP特任助教の村井貴氏がヤマハのボーカロイドキーボード「VKB-100」を使ったパフォーマンスを行った。本製品は専用のiPhoneアプリ経由で歌詞を入力すると、初音ミクの歌声で演奏できる。