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iPhoneやiPadのモーションセンサの仕組みと役割

著者: 今井隆

iPhoneやiPadのモーションセンサの仕組みと役割

読む前に覚えておきたい用語

MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)

センサやアクチュエータなどの可動部分を持つ機械部品と電子部品を1枚の基板(シリコン、ガラス、そのほか)上に半導体製造プロセスで使用される微細加工技術を応用したもので、メムスまたはマイクロメカトロニクスと呼ばれる。最近の超小型センサ類はこの技術を用いたものが多い。

MI(Magneto-Impedance)素子

MI(磁気インピーダンス)素子は、アモルファス合金線や磁性体薄膜などの高透磁率の磁性体合金の磁気インピーダンスが外部磁界の変化に追従する性質を利用した高感度磁気センサ。地磁気のほか、人体の心臓や脳、脊髄などから発生する微弱磁気の検出にも用いられる。

圧電素子(Piezoelectric Element)

水晶や特定のセラミックなどに圧力を加えると、その歪みに応じた電圧が発生する現象を圧電効果と呼び、これを利用した素子を圧電素子という。これによって素子に与えられた圧力を計測できる。エレクトリックギターや電子ドラムなどのピックアップなどにも採用されている。

デバイスを取り巻く環境を検出する仕組み

iPhoneやiPad、アップルウオッチなどには、それらの機器を取り巻く環境を把握するためのさまざまなセンサ、加速度センサ(Gセンサ)、角速度センサ(ジャイロセンサ)、地磁気センサ(電子コンパス)、気圧センサ、環境光センサ、などのモーションセンサ類が搭載されている。これらのセンサ類から収集されたさまざまな情報は、必要に応じてOSやアプリから呼び出され、さまざまな機能や情報をユーザに提供するのに利用される。特にAR(拡張現実)やVR(仮想現実)、MR(複合現実)体験の実現には、ユーザの挙動を検出してアプリにフィードバックするためにこれらのセンサ類が使用され、その精度がユーザ体験のリアリティを決定していると言っても過言ではない。そこで今回は各モーションセンサの仕組みとその役割をご紹介しよう。

加速度センサと角速度センサ

加速度センサはデバイスに外部から掛かる加速度を検出するセンサで、主にユーザがデバイスを操作する際にかかる加速度を検出するために搭載されている。三軸加速度センサは、デバイスに対してXYZの三次元の方向の加速度を個別に検出することができる。このため重力、すなわち地球の引力(1G)がデバイスに対してどの方向にどの程度掛かっているかを計測することで、デバイスの傾きを三次元的に把握することができ、ディスプレイの表示方向をデバイスの回転に応じて変更する、といったことが可能になる。

一方、角速度センサはデバイスの回転方向とその回転加速度を検出するセンサでジャイロセンサとも呼ばれる。これはたとえばユーザがデバイスを回転させたり、デバイスを持ったまま自身が向きを変えたり、といった動きを検出する。このため、ナビゲーションシステムなどでユーザが(デバイスを持って)向いている方向を検出したり、写真や動画撮影時の手ぶれによる微細な角速度変化を検出し、カメラのレンズを移動させたり、イメージセンサからの切り出し範囲をシフトさせることで手ぶれを低減する「手ぶれ補正」機能などに使用されている。

加速度センサや角速度センサにはさまざまな方式があるが、一般的にスマートフォンやタブレットに搭載される小型センサモジュールには静電容量方式が多い。センサ内部には素子可動部と呼ばれる重りと、これを固定するバネ構造が設けられ、可動部と固定部の電極間の容量変化を検出して可動部に掛かっている加速度を検出する。

加速度と角速度

加速度センサはデバイスを直線的に移動させる加速度を、ジャイロセンサはデバイスを回転させる方向に働く加速度をそれぞれ検出している。

電子コンパスと気圧センサ

加速度センサや角速度センサが相対的な移動量やその方向を検出するセンサであるのに対して、絶対的な方向(方位)を探知するのが電子コンパスだ。方位の検出には地球の磁界である地磁気を計測することから、地磁気センサとも呼ばれている。モバイルデバイスではGPSと組み合わせることで、デバイスの地球上での絶対的な位置と向いている方向を知ることができる。

地磁気センサには、ホール素子によって磁束密度を測定するホールセンサ、磁気が印加されると抵抗値が変化する磁気抵抗効果素子を用いて磁場を検出するMR(Magneto Resistive)センサ、磁気インピーダンス効果を検出するMI(Magneto Impedance)センサなどがあるが、最近のスマートフォンには高精度かつ高速ながらも低消費電力なMIセンサが採用されるケースが多い。

MIセンサは直径十数ミクロンの磁性体ワイヤの周りにコイルを巻いた構造で、このワイヤにGHzクラスのパルス波を通し、そのインピーダンスが外部磁界によって変化するのを計測することで地磁気を検出する。MIセンサはホールセンサやMRセンサに比べて桁違いに感度が高く、かつ消費電力が小さいのが特徴で、食品などへの異物混入を探知する金属センサなどに応用されている。

また気圧センサは、大気圧を検出するセンサで、気圧変化からデバイスの置かれている高度(標高)の計測や、気象モニターなどに使用される。スマートフォンなどに採用されているのは、圧電素子(ピエゾ)方式の圧力センサを採用する方式のものが主流で、シリコン単結晶板をダイアフラム(検知板)として空洞上に構成し、空洞に掛かる圧力を圧電素子を用いた歪みセンサで検出することで気圧の変化を読み取る。

地磁気は非常に微弱な磁界のため、電子コンパスはさまざまな磁気ノイズの影響を受けてその精度が低下しやすい。スマートフォンなどに内蔵されているスピーカやアクチュエータ(振動モータ)には小型だが強力な磁石が使用されており、ワイヤレス給電やNFC、Wi-Fiやブルートゥース、LTE通信機能すらも電磁ノイズ源となる。

MEMS地磁気センサの構造

地磁気センサの電子顕微鏡写真。MEMS技術によって作られた微細コイルの中心部にアモルファス線が埋め込まれており、そこに打ち込まれたパルスから発生するコイルの起電力の変化から、微細な磁界(地磁気)を検出する。【URL】https://www.aichi-mi.com/

MEMS気圧・温度センサ

Phone 6/同Plusにも使用実績のあるBosch社の気圧・温度センサモジュール「BMP280」。黒い部分が気圧を検出するシリコンダイアフラムの通気口で、300~1100hPa(ヘクトパスカル)の気圧(精度1hPa単位)と、-40~+85℃までの温度を計測できる。【URL】https://www.bosch-sensortec.com/

モーションコプロセッサ

そこでiPhoneなどでは、加速度センサや角速度センサなどのほかのモーションセンサから得られたデバイスの姿勢変化から外来磁界と内部磁界を分離したり、変動成分を排除するフィルタ処理などを行い、さまざまなノイズ源から地磁気情報を正確に分離する工夫を行っている。

iPhone 5s以降ではこのような処理に「モーションコプロセッサ」が使用されている。同チップ搭載以前の機種では、電子コンパスの精度補正のために、時々「8の字回し」と呼ばれるキャリブレーション動作が必要だったが、最近のモデルでは必要ないのはこのモーションコプロセッサのおかげである。

これ以外にもモーションコプロセッサは、各種モーションセンサからの情報を常に収集し、環境変化に応じてメインプロセッサとの連携動作を行う。これによってたとえばユーザの歩数をカウントする、iPhoneを置く向き(上下)に応じて通知の有無を切り替える、iPhoneを持ち上げたときにフェイスIDを起動する、といった動作が可能になると同時に、メインプロセッサの負荷を低減することでバッテリ消費を抑えることができる。

このように、その存在自体が地味なモーションセンサとモーションコプロセッサだが、iOSデバイスを快適に使ううえで欠かせないばかりでなく、今後のAR/VRアプリやヘルスケアアプリにとっても重要な役割を担っている。今後もモーションセンサを利用したさまざまなアプリが登場することを期待したい。

MEMSモーションセンサの構造

Boschの加速度・角速度センサの内部。同社は1995年よりMEMSセンサの開発をスタートし、車載用センサを中心に各種センサを開発してきた実績を持つ。同時に写っている毛髪の太さから、いかに微細な加工技術によって作られたものかがわかる。【URL】http://www.bosch.co.jp/

MEMSモーションセンサの外観

Boschの9軸MEMSモーションセンサ「BMX160」は、3軸加速度センサ、3軸ジャイロスコープ、3軸電子コンパスを一体化したMEMSセンサチップ。同社のモーションセンサチップはiPhoneやiPadにも採用実績がある。【URL】http://www.bosch.co.jp/

モーションセンサの利用例

「Air Measure」は、加速度センサとジャイロセンサをフル活用した拡張現実メジャーアプリ。背面カメラで撮影した実画像上にCGのメジャーを合成し、モーションセンサから得られた情報をもとに2点間の距離を計測表示する。

Air Measure

【開発】Laan Labs

【価格】無料

【URL】App Store>ユーティリティ

今井 隆

IT機器の設計歴30年を越えるハードウェアエンジニア。1983年にリリースされたLisaの虜になり、ハードウェア解析にのめり込む。