Appleは3月29日(現地時間)、最新OS「iOS 11.3」の正式版をリリースした。iOS 11以降、バッテリ問題をはじめとしたさまざまな問題が噴出しており、今回のアップデートではその対処と改善が行われた。また、Apple Musicでの新しいミュージックビデオ体験や、ARKitの強化など、見逃せない新機能も多数追加されている。
バッテリ問題の対処へ
2017年9月に、iOS 11の正式版が配信開始してから約半年後の3月、アップルはiOS 11・3をリリースし、大幅なアップデートを行った。ユーザがすぐに発見できる新機能といえば、新しいアニ文字の追加や、アップルミュージックのミュージックビデオ関連機能といったところだろう。
しかし、アップデート内容を見ると、この半年に起きたソフトウェアの信頼性に関わる諸問題に、アップルが苦慮したことが伺える処置が含まれていることがわかる。その代表的な改善策が、iPhoneのバッテリ状態に関する新機能だ。
2017年12月、アップルがiOS 10・2・1から、バッテリの劣化状況に合わせて、プロセッサのパフォーマンスを制限する機能をユーザに黙って追加していたことがわかった。
アップルによると、iPhone 6、6s、SEなどのシリーズで、プロセッサに高負荷のかかる処理を行う場合、それに見合う大量の電力が得られないと、デバイスの電子部品を保護するためにシャットダウンして再起動する仕組みだという。バッテリが劣化すると、頻繁なシャットダウンが起き、ユーザ体験が損なわれるため、大量の電力需要を抑える目的で導入された。
しかし、ユーザにとっては、古いiPhoneの性能を意図的に制限し、新機種への買い替えを促しているようにも受け取れることから、大きな批判が巻き起こった。そこで、ソフトウェア面での改善として、iOS 11・3ではパフォーマンス抑制機能をユーザ側でオン/オフできるようになった。この機能は、iPhone 6シリーズからiPhone 7シリーズまでの旧モデルに適用される。
使い方はこうだ。バッテリの最大瞬時給電能力が低下したデバイス上で、突然のシャットダウンが最初に引き起こされると、パフォーマンス抑制機能がオンになる。すると「設定」アプリの「バッテリーの状態(ベータ)」メニューにその旨が表記され、機能をオフにするオプションが表示される。ここでオフにすると、ユーザが手動で再度オンにはできなくなる。しかし、再び突然シャットダウンすれば、パフォーマンス抑制機能が再適用される仕組みだ。バッテリに問題なく、パフォーマンスが正常な状態であれば、ユーザ側では機能のオン/オフはできないようになっている(し、そもそも無効化する必要はない)。
また、iPhoneバッテリの最大容量を表示し、バッテリの交換が必要な場合は、それを推奨する新機能も追加された。同じく「設定」アプリ内の「バッテリーの状態(ベータ)」では、新品時と比較したバッテリ容量がパーセンテージで表示され、バッテリが著しく劣化している場合は、交換を勧めるメッセージが表示される。アップルは希望者に対し、2018年12月末まで無料あるいは安価でのバッテリ交換を行っているため、この項目は早めに確認しておきたいところだ。
iOS 11・3ではほかにも、ファミリー共有の「承認と購入のリクエスト」で、iPhone Xの管理者がFace IDを使えない問題などが修正された。一方、カメラのQRコード読み取り機能で見つかったバグは、iOS 11・3では修正されておらず、不正なQRコードを読み取らせ、表示とは異なるWEBサイトに誘導される可能性が指摘されている。自分の大切なデバイスを守るためにも、今後のアップデート情報は定期的にチェックしておきたい。
iOS 11.3の新機能
バッテリーの状態(ベータ版)
iOS 11.3には、新たにバッテリの状態がわかる機能が追加された。システム設定の[バッテリー]から「バッテリーの状態(ベータ)」に進むと、バッテリの最大容量とピークパフォーマンス性能の状態が表示される。バッテリが劣化している場合は、バッテリの交換を検討したい。
ミュージックビデオプレイリスト
Apple Musicのメンバーシップであれば、配信中のミュージックビデオをストリーミング視聴できるようになった。また、「見つける」タブにミュージックビデオセクションが追加された。専門キュレータによるビデオのプレイリストを、広告に邪魔されることなく連続で再生できる。
Health Records
医療機関に通う患者が、検査結果、投薬、身体情報などの自分の医療情報をまとめて確認できる仕組み。医師に直接見せれば、より正確な医療記録を伝えられる。「ヘルスケア」アプリからアクセスでき、データはパスコードによって暗号化、保護される。日本では現在未対応。
新しいアニ文字
iPhone Xだけが使用できるアニ文字に、新たにライオンなど4種類が加わり、合計で16種類のキャラクターが楽しめるようになった。
MV視聴体験が変わる
バッテリ問題への措置に注目が集まった今回のアップデートだが、今回追加された新機能も見逃せない。特にアップルミュージックのミュージックビデオ(MV)視聴体験は、想像以上のものだった。もともと、MVはアップルミュージックで配信されていたが、iOS 11・3では「見つける」タブにMVのセクションが新たに追加。これまではひと作品ごとしか再生できなかったが、キュレータによるプレイリストを通じて、連続ストリーミング再生も可能となった。
一見、ユーチューブなどの動画配信サービスと何ら変わらないように思えるが、アップルミュージックの最大の強みは、広告などの表示が一切ないことだ。無料の動画配信サービスでは、動画配信会社のロゴ、最新曲へジャンプするためのアノテーション、iTunesのリンクなど、とにかく画面が情報で埋め尽くされる。1曲ごとの広告表示も煩わしいが、さまざまな利便性から、他の動画配信サービスを利用するユーザも少なくなかったはずだ。
しかし、今回MVの連続ストリーミング再生が可能になったことで、ノーストレスで純粋に作品のみを連続で楽しめる環境が実現した。実際に体験すると、普段いかに無意識的に広告やアノテーションを我慢していたかに気づかされる。アップルTVや12・9インチのiPadプロを使えば、CATVの音楽専門チャンネルとほぼ同じ視聴体験が味わえる。月額980円という価格が一気に割安に感じられるほどだ。ちなみに、学生プランは月480円、ファミリープランは月1480円で提供されている。
さらに、MVプレイリストは楽曲同様、アップルミュージックの専門キュレータによってセレクトされている。アーティストの入門に最適な「はじめての~」シリーズから、ライブパフォーマンスだけをまとめたものまで切り口は多彩だ。80年代や90年代といった一昔前の作品も揃っており、音楽ファンのみならずとも楽しめるプレイリストばかりである。
アップルは以前から、アップルミュージックでの映像コンテンツ配信に注力しており、MVのほかにも、有名アーティストのライブ映像や音楽ドキュメンタリを定期的に配信している。最近では、小沢健二のオリジナル番組シリーズで満島ひかりとセッションした「ラブリー」が話題となり、テレビ朝日系音楽番組「ミュージックステーション」で同曲での共演が実現した。これほど映像コンテンツが充実しており、なおかつ影響力を持つ定額制音楽配信サービスはほかにないだろう。アップルミュージックの映像コンテンツによる差別化戦略は、iOS 11・3でさらに進んだといえる。
ただ、ユーチューブも楽曲と動画配信を組み合わせた定額制の音楽配信サービスを始めることが報じられている(開始日は未定)。すでに開始予定の3月を過ぎているため、音楽レーベルとの交渉が難航している可能性はあるが、音楽配信におけるプラットフォーム争いは、今後さらに盛り上がりそうだ。
ミュージックビデオプレイリストは、iPhone、iPad、Mac、Apple TVなどで視聴可能。作品のなかには、YouTubeに公式ビデオのないものもあり、音楽ファンおよびミュージックビデオ好きにとっては必見の内容となっている。
Apple Musicにアクセスすると、すでに80本以上のミュージックビデオプレイリストが追加されていた。アーティストや年代別、ジャンル別のベーシックなくくりから、「パーティー向けビデオ」「セクシービデオ」など、シチュエーションに応じたプレイリストが用意されており、ラインアップを眺めているだけでも楽しい。
Business Chat(ベータ版)
米の住宅リフォームおよび生活家電チェーン店の「Lowe’s(ロウズ)」がビジネスチャットに対応。担当者と相談しながら商品を選び、そのままApple Payで購入できるようになっている。
ビジネスチャットではApple Payも利用できる。外出先や自宅にいながら、企業とのメッセージ内で支払いが完了する。あらゆるサービスに応用できそうな機能だ。
Safariやマップなどのアプリには、直接メッセージを送信できるオプションが用意されている。企業を検索したら、そのままシームレスにやりとりを始められる。
企業とユーザをつなげるメッセージ機能。カスタマーサポートのチャットような形で、担当者と会話ができる。まだ、日本には上陸しておらず、米国およびカナダでベータ版の提供が始まったばかりだ。
BtoB施策も抜かりなく
日本での対応は未定だが、2つの重要なアップデートも見逃せない。1つは、新登場の「ヘルスケアレコード(Health Records)」機能だ。提携する医療機関に通う患者が、複数の医療機関から集めた自分の健康に関するデータや医療記録を「ヘルスケア」アプリを通じて確認できる。現在、スタンフォード、イェール大学など40以上の医療機関が対応しており、この取り組みに参加する医療機関が増えることで、検査結果や投薬記録など、より多くの医療情報を管理できるようになる。
アップルの米向けプレスリリースによると、ヘルスケアレコードによって、かかりつけの病院が複数ある場合でも、医療情報の一元管理が実現する。初めてかかる病院でも、患者は簡単に病歴を説明でき、医師も正確なデータに基づいた診断が可能となる。また、患者がいつでも自分の健康状態や医療記録を把握できていれば、診察時の説明がスムースになり、診療時間の短縮にもつながるだろう。ペーパーレス化によって医療現場の事務作業が効率化すれば、より多くのパワーを患者のよりよいケアに費やせるようにもなるという。
ヘルスケアレコードのデータは、病院が医療情報を扱うオープンソースの規格「FHIR」(Fast Healthcare Interoperability Resources)を使って集約される。集めた医療情報はパスコードにより暗号化され、プライバシーが保護される仕組みとなっている。
なお、iOS 11・3ではデータとプライバシーに関する情報が更新され、新しいアイコンが現れるようになった。アップルの提供する機能で個人情報が使用される場合、個人データがどのように使用され、保護されるかについて、詳しい情報を見られるリンクがアイコンとともに表示される。
ヘルスケアレコードのように、アップルがユーザの生死に関わる重要な情報を扱う機会が今後増えることは確実だ。アップルがどのように個人情報を使用するのか、これまで以上にユーザが理解しやすくなったこのアップデートは評価に値する。
もう1つの新機能は、米およびカナダでベータ版として提供が始まった「ビジネスチャット(Business Chat)」機能だ。利用者は企業と直接メッセージをやりとりできるほか、メッセージアプリ内でアップルペイ(Apple Pay)を使った支払いも可能となる。
サファリ(Safari)やマップアプリ、スポットライト(Spotlight)検索には、メッセージアプリを通して直接連絡できるオプションが用意され、簡単に会話を始められる。気軽に問い合わせができるよう、利用者の連絡先を相手の企業に伝えずにやりとりすることも可能だ。
iOS 11・3では、ディスカバー社やヒルトンホテルなどの企業のもと、ベータ版として提供される。最近ではチャット形式のカスタマーサポートを採用する企業も多いだけに、ビジネスチャット機能がどの程度市場で受け入れられるのか注目したい。
新登場の「Health Records」機能で医療現場が変わる!
医療情報のデータは重要な個人情報となるため、厳重に扱う必要がある。ヘルスケアレコードのデータは、パスコードによって暗号化され保護される。
ヘルスケアレコード機能には、デューク、NYUランゴン、スタンフォード、イェール大学など、40箇所以上の医療機関が参加している。その中で、患者は自分の医療情報を、複数の医療機関から選んで見られるようになっている。
アレルギー、服用中の薬、予防接種など、自分の健康に関するさまざまなデータが記録され一覧できる。ヘルスケアレコード機能が日本でも普及すれば、「おくすり手帳」は不要になりそうだ。
新機能「Health Records(ヘルスケアレコード)」は、「ヘルスケア」アプリ内の「ヘルスケアデータ」タブからアクセスできる。データソースがあり、診療文書のアクセス請求を許可すれば、このように診療記録などが表示される。
Appleの紹介する事例によると、NYUのランゴーン医療センターのERチームは、Apple Watchのプッシュ通知を通じて、患者の重要な検査結果を受け取り、迅速な対応につなげているという。
自分の健康状態を細かく、正しく伝えるのは意外と難しいものだ。ヘルスケアレコードは、ユーザが自分の健康情報を把握しやすくなるだけなく、医師へ健康状態を説明する際にも役立つ。
ARやアニ文字の新機能も
iOS 11とともにARのフレームワーク「ARKit」が発表され、iOSは世界最大のARプラットフォームとなった。iOS 11・3では引き続きARKitの強化が進められており、新たに垂直面を認識する機能が追加された。
従来は、テーブルや椅子のような水平面のみを検出していたが、垂直面にも対応することで、壁やドアを利用したAR体験が可能となる。たとえば、壁の前にインタラクティブな展示品を表示したり、看板やポスターを仮想オブジェクトで擬似的に動かしたりできるようになる。
また、円形テーブルのような不規則な形の面も、これまで以上に正確にマッピングするほか、カメラを通じて映し出される現実世界は、従来に比べて解像度が50%向上する。さらに、オートフォーカスのサポートにより、今まで以上にシャープな遠近感が得られるようになるという。
そのほかにも、iOS 11・3では細かな新機能が増えている。iPhone Xユーザ向けには、ライオン、熊、ドラゴン、どくろのアニ文字が追加された。この4種類は絵文字にもともと存在するキャラクターだが、アニ文字用に微妙にデザインが異なっており、アップルのこだわりが感じられる仕上がりだ。
アップストア(App Store)ではレビューの並び替えに対応したほか、「アップデート」タブのアプリには、バージョンおよびファイルサイズの情報が追加された。モバイルデータ通信時に、容量を確認しながらアップデートできるようになり便利だ。
ユーザ体験を向上させる機能だけでなく、人命救助のための取り組みも拡大し、新たに「Advanced Mobile Location(AML)」に対応する。これは911のようなSOS発信時に、ユーザの高精度な位置情報データが自動的に相手に送信される機能だ。対応する国で緊急サービスに電話すると、iPhoneの内蔵するGPSや位置信号によって、発信主の居場所がより正確に突き止められるようになる。アップルウォッチの緊急SOS機能で、けが人が助かるケースはたびたび報告されているが、今後はiPhoneでもより迅速な救助が可能になるかもしれない。
このように、さまざまな問題の解消や新機能の追加がされているので、もしまだiOS 11・3より以前のバージョンを使っている場合は、早急なアップデートを推奨する。もしストレージ不足でアップデートできないときは、iTunesを経由するか、コンテンツを手動で削除して容量を確保するしかない。
iOS 11以降であれば、「設定」アプリの「iPhoneストレージ」メニューから、非使用のアプリを取り除いたり、写真サイズを最適化させたりして、ストレージを節約できる。アップデート前には、データのバックアップも忘れないよう注意したい。
バージョンおよびファイルサイズの表記が追加
App Storeの「アップデート」タブでは、アプリのバージョンとファイルサイズが表示されるようになった。アップデートの際に、モバイルデータ通信量が気になるときは、ここでファイルサイズを確認しよう。
データとプライバシー情報の表示
iOS 11.3をアップデートした際、このようにデータとプライバシーに関する情報が日本語で表示されたはずだ。今後、Appleのサービスでセキュリティ保護を有効にしたり、Appleが個人情報へのアクセス許可を求めたりするときは、この情報が常に現れるようになるという。
新しいアニ文字
iPhone Xユーザは、新たにライオン、ドラゴン、どくろ、熊の4種類のアニ文字を楽しめるようになった。最近アニ文字を使っていないというiPhone Xユーザは、ぜひもう一度トライしてみてはいかがだろうか。