「アドビセンセイ」とは何か?
クリエイターを助ける「先生」
アドビセンセイが発表されたのは、2016年のアドビマックスだった。「Sensei」は日本語の「先生」から来ているが、ただ教えるだけではなく、経験や社会的知識を持ち、生徒からも学ぶような、高度でインタラクティブな存在だという。
アドビセンセイ=アドビのAIと認識されがちだが、実はAI、機械学習、そしてアドビの持つ膨大なコンテンツとデータアセットを使用するテクノロジーの総称である。
クリエイティブの領域におけるアドビセンセイの一番の特徴を挙げるとすれば、それは「デザインの意味を理解し、ユーザの次の動きを予測してくる」ことだ。これまで数分、数十分かかっていた作業がアドビセンセイの力を借りることで短時間で終わる。創作活動における面倒な処理や煩雑な作業などをテクノロジーに任せることで生産性を上げていき、クリエイターが本来の創作活動に集中できる環境を提供するのがアドビの狙いである。
アドビセンセイは人間の創造性や仕事を奪うものでもなければ、コンテンツをデザインするものでもない。「先生」という名前ではあるが、クリエイターがよりよい作品作りができるよう、サポートする役割を果たすものなのである。
作業の省略や先読み提案を行う
では、クリエイティブの現場で具体的にアドビセンセイは、どんなことを実現するのか。まずは「結果がわかりきっている」作業の自動化だ。デザインの過程では、作業後のイメージが明確にあるが、それを実現するための煩雑な操作が必要なときがある。塗りつぶしや切り抜き、使いたい画像の検索などだ。アドビセンセイはそれらの作業を理解し、人物の髪の毛の部分を切り抜くような複雑で繊細な操作も、ユーザの代わりに自動的に行ってくれる。
高度な演算処理により、専門的な作業の大幅な省略も可能となる。新登場の3Dデザインツール「ディメンションCC」では、アドビセンセイが素材に合わせてライトやパースの設定などを自動で調整し、2D画像と3Dモデルを違和感なく合成してくれる。3D制作経験のない人でも、マウス操作で直感的に3D表現が可能だ。
また、アドビCCを使用することで、アドビセンセイはクリエイターのスタイルを学習する。それにより、次にどんな操作をするか、今何を求めているかを予測し、状況に応じた先読み提案を行うことができる。次のページで紹介する「未来のフォトショップ」のデモでは、ポスターにタイトル文字を入力するとき、デザイナーの好みそうなスタイルを予測し、レイアウトやフォントを提案してくれるシーンがある。機械学習によって使えば使うほど提案の精度は上がるようになり、アドビソフトがユーザごとにパーソナライズされるイメージだ。
アドビセンセイが活躍するのはクリエイティブシーンばかりではない。「アドビ エクスペリエンス クラウド(Adobe Experience Cloud)」では顧客分析やタッチポイントの分析によって、マーケティング投資を最適化。それを元に広告のパフォーマンスの有効性を判断したり、新たな層へのプロモーションを実施したりして、顧客獲得の効率を向上させる。
また、「アドビ ドキュメント クラウド(Adobe Document Cloud)」では、自然言語処理によりデジタル文書のテキスト認識を行う。ドキュメントの要約や、文書構造を解析などにもアドビセンセイは活用されているという。
アドビセンセイは目に見えない存在であるものの、すでに私たちの手元にあるテクノロジーだ。AIにできることは任せて、人間は人間ができることに集中する。それが、クリエイティブの現場でも当たり前になる時代がもうやって来ている。
「未来のフォトショップ」による次世代デザイン
2017年のアドビマックスで多くの人を驚かせたのが“未来のフォトショップ”のデモだった。そこではアドビセンセイが随所でデザイン作業を効率化、最適化、拡張する様子が示された。まさに次世代のデジタルクリエイション環境を人々は目の当たりにした。
「次世代」と書くと随分と遠い話のように聞こえるかもしれないが、決してそんなことはない。すでに「未来のフォトショップ」は動作している。近年の急速なテクノロジーの進化から考えれば、こうした環境が明日にでも私たちの手元にやってくるかもしれない。近い未来、アドビセンセイによっていったいどんなクリエイティブが実現するのか。ここではデモで披露されたポスター制作のシーケンスを追いながら、その未来に迫ってみよう。
STEP 1>手書きイラストを読み込む
ポスターのイメージとなる手描きのイラストをPhotoshopに読み込む。画面右上にある青い丸ボタンをクリックするとAdobe Senseiが呼び出され、作業画面右側にダッシュボードが表示される。ラフな手描きだが、Adobe Senseiは女性の顔や星などを理解しており、読み取ったイラストをキービジュアルとして表示している。また、Adobe Senseiが探し出した要素は、タグ情報として付加されている。
STEP 2>自動で素材を収集
Adobe Senseiは音声認識に対応している。「イラストに合う画像を探して」と話しかけると、イラストを元に、コンピュータ内の画像やAdobe Stockなどから最適な素材を探し出してきてくれる。文字認識機能と同じように、Adobe Senseiがビジュアルを認識して、画像を提案してくれるイメージだ。
STEP 3>写真をレイアウト上に配置
画面右に示されたAdobe Senseiの提案の中から、宇宙の画像を選択して挿入する。しかし、イメージ画像とやや異なるため、別の宇宙の画像を探すことにしよう。そこで今度は、宇宙画像の右下にある青丸ボタンをクリックして、再びAdobe Senseiを呼び出す。
STEP 4>写真の要素を細かく分析
Adobe Senseiは写真の内容を理解し、その構成要素をタグとして抽出。今回は画像解析によって、「Galaxy」「Space」「Star Dust」といった要素が検出された。それらのタグをクリックすることで、類似の画像を探し出すことが可能だ。
STEP 5>パラメータによる画像の絞り込み
さらに画面左にはタグごとにパラメータが用意されており、星のサイズや数の多さ、光の明るさなどで画像を絞り込むことができる。約1億点以上の素材があるAdobe Stockだが、その中からより直感的に最適な画像を探し出すことができるようになっている。
STEP 6>人物の写真を追加
宇宙の背景画像を選んだら、次は女性の画像を追加する。事前にポスター用に撮影していた写真を選択すると、画面右のダッシュボードには画像に関する情報や、画像処理の提案が表示された。特にこちら側が操作しなくても、自動的に画像を解析し、女性の写真であることをAdobe Senseiが認識してくれている。
STEP 7>自動で画像認識される
こういったポスターアートでは、1枚の決めショットを撮るために数千枚もの写真を撮影する。その中からディレクターやプロデューサーなど、多くの関係者が納得する1枚の写真を選ばなければならない。そんなときこそAdobe Senseiの力を借りよう。まず画像認識によってタグづけされた「face」ボタンをクリックする。
STEP 8>顔に絞って画像を絞り込む
すると顔の左右、上下、笑顔、目など顔の情報がバリエーションごとに分けられて提案される。「Left/Right」をクリックすると、左右を動かすカーソルが表示される。さらに女性の顔の向きを少しずつ角度を変えて、順番ごとに写真が並べられる。あとはカーソルを左右に動かすことで、最適な画像を選び出すことができる。すでに撮影は終わっているが、まるでその場にモデルがいて、ポージングの指示を出してカットを選んでいる感覚だ。画像の候補だしの手間が激減し、クリエイティブに集中できるようになっている。
STEP 9>瞬時に人物写真を切り抜き
背景があって前面に人物を置く場合、人物の切り抜き作業が必要となる。Adobe Senseiはそういった作業の流れも予測し、次に行う操作を提案してくれる。提案された「スマートマスク」機能を使うと、女性と背景をAdobe Senseiが自動的に認識。背景を一発できれいに切り取って、女性のみを挿入できる。同じ要領で、宇宙船などの他の要素もサクサクと乗せていく。
STEP 10>作品タイトルを挿入
作品タイトルを入力する際には、ポスターイメージに合うフォントを自動的に探し出してきてサジェストしてくれる。さらにAdobe Creative Cloudに接続している状態で、PhotoshopやIllustratorなどAdobe関連ソフトを使用している場合、Adobe Senseiはユーザの作風や好みを学習している。つまり、ユーザが過去に使用したフォントの履歴などから、最適なフォントスタイルを提案してくれるのだ。あとはクリック操作だけで、提案された組み合わせの中からイメージに近いものを探せる。
STEP 11>ポスターがすんなり完成
デモで完成した作品がこちら。スタート時点ではかなりラフな手描きイラストだったが、Adobe Senseiが要素を的確に解析し、インテリジェントに提案してくれたことで、効率的に作品を完成させることができた。
STEP 12>一連の作業の「可能性」も記録
Adobe Senseiがさらにすごいのは、ここからだ。Adobe Senseiは一連の作業内容を覚えていて、「クリエイティブグラフ」として表示できる。「もしあの時点で別の選択肢を選んでいたら、どんな仕上がりに変わっただろう?」という“クリエイティブの決断”を、遡ってやり直すことができるのだ。Photoshopのヒストリーパネルは「ユーザが選んだ作業」しか記録されないが、Adobe Senseiは「ユーザが選ばなかった可能性」も表示してくれるのが特徴的だ。
STEP 13>写真を選ぶだけでシミュレート
たとえばもし別の表情の写真を選んでいたらどうなっていたかを瞬時にシュミレートできる。クリエイティブグラフに示された写真選択の場面に戻り、女性の顔や左右や上下の向き、視線などから写真を選択。人物の切り抜きやレイアウトも、自動ですべて処理してくれる。
STEP 14>異なるバージョンも瞬時に制作
男性バージョンも見たい。そんなクライアントの無茶振りにもすぐに対応できる。クリエイティブグラフを遡って、自分の持つコンテンツの中から男性の画像を選べば簡単にシミュレート。さらにもとのアートボードと並べて比較することも可能だ。すべて完成したあとに、クライアントから追加のリクエストを出されても、Adobe Senseiを使えばすぐに応えられるというわけだ。
STEP 15>アプリレイアウトも音声で
こちらはポスターを元に「Adobe XD」で制作したiPad用の画面レイアウト。6枚のアートボードが並んでいる。右上にはAdobe Senseiを呼び出す青丸ボタンがあり、音声で「iPhone 8用にレイアウトを作って」と指示すると、画面右のダッシュボードにiPhone用のレイアウトを自動で生成してくれる。1枚のアートボードにつき、3つのパターンを提案している。この中から気に入ったアートボードを選び、XDにドラッグ&ドロップする。
STEP 16>画面遷移のワイヤーも維持
Adobe SenseiはUIデザインを理解し、基本的なレイアウトルールや主要な要素の役割も理解している。iPad用レイアウトの下に、iPhone用レイアウトが表示されているが、iPad用に設定しておいた画面遷移のワイヤーも維持されていることがわかる。空白のアートボードから一から作り始めるより、いかに楽かがわかる。
今すぐ活用できるアドビセンセイの機能
アドビセンセイが提供する高度なテクノロジーは、すでにさまざまな形でアドビのソフトやサービスに統合されている。ここでは今すぐ試せるアドビセンセイの活用事例を3つ紹介しよう。どれも、今すぐ使ってみることで、そのすごさを実感できるはずだ。
アドビストックにおける画像認識&ビジュアルサーチ
アドビストックには写真やイラスト、動画など1億点を超える素材が用意されている。その膨大な数の中から、最適な素材を見つけ出すのは骨が折れる作業だ。そこでアドビセンセイが威力を発揮する。たとえば画像を検索条件に指定するビジュアルサーチでは画像認識技術によって、同じような特徴を持つ画像が探し出される。「犬」の写真でビジュアルサーチすると、他社サービスでは動物全般が検索結果に含まれる場合が多いが、アドビセンセイの検索機能であれば、犬だけに絞って精度高く検索可能だ。
また、「被写界深度」や「色の鮮やかさ」など、画像の複雑な要素を認識したうえでの絞り込み検索も可能。さらにカラーパレットで色を指定すれば、アドビセンセイが画像の色味を判断し、その色が使われている写真だけをピンポイントで探し出してくれる。
キャラクターアニメータCCでの人物演出
キャラクターアニメータはカメラで撮影した人間の表情や動きと、マイクで録音した音声を解析して、それらと連動するアニメーション動画を制作できる2Dアニメーションツール。動画を作るには、カメラの前で喋りながら顔を動かすだけ。瞬きや表情などを認識し、正確に反映する。重力の設定も可能で、キャラクターが顔を動かすとそれに合わせて髪の毛やイヤリングも揺れる。マウス操作にはなるが、手の動きを加えたり、歩かせたりすることも可能だ。
口の動きは画像認識ではなく、アドビセンセイに基づく音声認識で動かしている。そのため、声優の声を先に録っておき、あとで録音した音声を当てて口を動かすことも可能だ。キャラクターを複数立てて会話もできるため、両方の声を自分で当てることで、一人で漫才のアニメーション動画も作れる。
ディメンションCCによる3D制作
ディメンションCCは、2Dと3D素材のリアルな合成が簡単にできるグラフィックデザイナー向けの3Dツールだ。ここでもアドビセンセイが使われている。ディメンションCCで制作した3Dモデルが実際の風景でどのように見えるかをシミュレートするために、3Dモデルのうしろに2Dの写真を配置する。このとき、アドビセンセイは写真データから光源の位置を解析。太陽の高さや位置などを計算し、自然な影を自動でつけてくれる。写真に合わせて3Dモデルのパースも調整し、不自然な構図にならないよう見せてくれるのだ。
また、複雑な形状の3Dモデルを解析することも可能。たとえば、自動選択ツールを用いることで、ボトルのキャップと瓶部分といった異なる素材を自動分析、2Dグラフィックスを素材ごとに貼り付けることができる。