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AppleがiMac Proを作った本当の理由

AppleがiMac Proを作った本当の理由

期待と想像を超えた存在

アップル製品としては2017年最後の注目製品─iMacプロが、いよいよ発売開始となった。6月に行われた開発者向けイベント「WWDC2017」の基調講演でサプライズとして発表されたこのデスクトップは、コンシューマ向けのiMacシリーズをベースにしながら、現行製品の中で最高の性能を持つモデルとして設計されており、さまざまな業界から注目を集めている。

だが、なぜ“iMac”なのか。アップルにはMacプロというハイエンド向けの製品が存在するのは周知の事実である。その答えにはHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング:高性能計算)分野におけるトレンドとテクノロジーの変化が関係している。

2013年頃を境に、パソコンはコンシューマベースでは、性能面で「速さ」をセールスポイントとして訴求することが難しくなってきていた。これはCPUの性能が一般的なソフトウェアの動作が快適に動作するまでに成熟し、ストレージもフラッシュベースに移行が進んだことで、スピード面でのボトルネックが大きく解消されたことなどに起因する。

だが、これはあくまでもコンシューマ視点での評価だ。プロの視点で見ればまだまだ足りない部分はたくさんある。たとえば映像分野で求められる画質はハイビジョンではなく「ウルトラHD(4K)」、さらには「スーパーHD(8K)」と呼ばれるより高精細で色彩表現の豊かなクオリティが求められるのが当たり前になりつつある。こういったデータを転送するにはより高速で、テラバイト級のサイズを持つ内蔵ストレージが作業スペースとして欠かせなくなってくる。さらに出来上がったビデオをエンコードするのにも、より高性能なCPUが時間短縮のために必要である。

また、GPUの性能を高く求める分野が増えてきているのも問題だ。最近話題の中心となることが多いVR(バーチャルリアリティ)はその代表格で、高精細で臨場感のあるコンテンツをスムースに再生させるためには高性能なGPUが欠かせない。

加えてGPUは、そのパワーを学術的な計算に用いるのもトレンドになっている。ディープラーニング(深層学習)に代表されるAI分野はその好例で、膨大な数のサンプルを並列処理するような用途では、GPUの特性を利用した「GPGPU」と呼ばれる計算技術を用いたほうが良い結果が得られる。その効率はCPUと比較して数倍から(内容によっては)最大で数百倍の性能を発揮するため、GPUの製品開発と性能向上にかける期待は、日を追うごとに高まり続けている。

アップルの顧客にはこういった分野の第一線で活躍するクリエイターや、科学者などがコア層として存在する。こういった彼らのニーズに応えるためにも、はた目から見ればオーバースペックとも思えるようなモンスター級のワークステーションを提供するのは、ある意味自然な流れでもあるのだ。

性能向上の舞台裏

しかし、アップルはなぜMacプロにこのトレンドに追従したアップグレードを施さないのだろうか。Macプロが現在のデザインになった2013年、それまでの筐体デザインからは想像がつかないほどコンパクトになった姿を見て誰もが驚いたはずだ。それと同時に「本当にこんなに小さくて大丈夫なのか」という疑問も湧いたのではないだろうか。

この特殊なデザインになった理由は、当時の技術傾向が背景にある。CPUは、業界では定説だった「ムーアの法則」と呼ばれる将来予測に反し、クロック周波数ベースでの性能向上が大きく伸び悩み始めていた。そのためCPUは、パッケージ内に複数のプロセッサ・コアを内蔵する「マルチコア」技術を使うことで性能を向上させる方針に転換したのだった。

これはGPUも同じで、単一のカード性能を向上させるよりも複数のGPUを束ねる技術が積極的に開発されていった。nVIDIAは「SLI(スケーラブル・リンク・インターフェイス)」、AMDは「クロスファイア」という並列技術を独自に開発して自社のGPUを支援した。

ところが誤算があった。VRやAI技術の急激なニーズの高まりと技術の発展によって、当初考えられていたよりも圧倒的なスピードでGPUの性能向上が求められるようになったのだ。その結果、性能強化が最優先となり、消費電力や発熱量の大幅な増加は止むなしという、CPUとは真逆の方針転換が起きたのである。

この結果、MacプロはハイエンドGPUを支えるだけの電力供給が困難になった。さらに想定以上に増加した発熱量も、本来余裕を持って冷却できるように設計されたはずの「サーマルコア」のキャパシティでは対応できなくなったのだ。端的に言えばアップルのエンジニアチームの「読みが外れてしまった」わけだ。さらに、Macプロをこれに対応させるためにはゼロから筐体を再設計する必要があり、数年単位の開発期間を要するという問題が生まれてしまった。

そこで選ばれたのがiMacだ。筐体の排熱許容量に余裕があり、エアフローの再構築をすれば発熱量の高い構成にも耐えられる基本設計が幸いし、この桁違いの性能を持つマシンが誕生したというのが経緯だろう。

Macプロが生まれ変わればトップの座が奪われることが運命づけられているものの、アップルがiMacプロ以上の性能をマシンを今後投入するという喜ばしい事実の裏付けでもある。その未来を一足早く体験できるのだ。