Mac業界の最新動向はもちろん、読者の皆様にいち早くお伝えしたい重要な情報、
日々の取材活動や編集作業を通して感じた雑感などを読みやすいスタイルで提供します。

Mac Fan メールマガジン

掲載日:

ポストPC時代に衰退する脱獄アプリ市場の今

著者: 山下洋一

ポストPC時代に衰退する脱獄アプリ市場の今

iPhoneの歴史の初期において、ユーザや開発者を巻き込んだ大きなムーブメントを起こした「脱獄」。Appleの脱獄対策を、脱獄コミュニティがすぐに破るというイタチごっこが長く続いていたが、iPhoneが10周年を超えて成長し続ける一方で、脱獄アプリ市場が終焉を迎えようとしている。

PC隆盛期に支持された脱獄

脱獄(ジェイルブレイク)環境向けのアプリやファイルの配信プラットフォームである「シディア(Cydia)」。その三大標準リポジトリ(データ貯蔵庫)のうちの2つが活動を停止した。

ひとつは、モッドアイが提供していた「モッドマイアイ(ModMyi)」。配信済みのアプリやテーマにはアクセスし続けられるものの、パッケージの追加やアップデートは行われない。もうひとつはテーマが充実していた「ZodTTD & MacCiti」だ。ツイッターに閉鎖を匂わすメッセージがポストされたのみだが、新しいリリースやアップデートが行われない状態が続いており、事実上の閉鎖宣言と見られている。残る「ビッグボス(BigBoss)」は活動を継続しているものの、かつてのようにユーザを脱獄に踏み出させるほどの話題性のある脱獄アプリは見当たらない。ユーザの減少は明らかで、このままでは広告に頼る配信プラットフォームはいずれ立ち行かなくなりそうだ。

そもそも「脱獄」とは、OSに設けられている制限を解除し、アップストア以外からのアプリをインストールしたり、SIMロックフリー化など、デバイスを自由にカスタマイズできるようにする改造行為を指す。iOSの脱獄の歴史は古く、まだiOSがiPhone OSと呼ばれていた頃にコミュニティが形成されていた。当時のiOSの自由度は低く、ホーム画面のカスタマイズ、フォルダ管理、ロック画面のウイジェットなど、脱獄によってできたことがたくさんあった。

システムの中枢にアクセスする脱獄はリスクを伴う。セキュリティが低下し、デバイスを乗っ取られる危険性もある。電力消費が激しくなるといったパフォーマンスの低下も見られ、最悪の場合はデバイスが動作しなくなることもあった。

「デジタルネイティブ」と呼ばれる今日の若いiOSユーザは、脱獄のような無秩序を認めたら混乱が生じると考えるだろう。しかし、その頃はPC隆盛期であり、ユーザの任意でアプリをインストールでき、好きに手を加えられる脱獄が「自由」と見なされ、多くの人たちに支持された。脱獄の合法性を巡る議論においても、米国でデジタルミレニアム著作権法の広範すぎる解釈が見直された際に、モバイルデバイスの脱獄は免除事項に含まれるという判断が下された。それからはiOSのアップデートでアップルが脱獄対策を施し、それを脱獄コミュニティが破るというイタチごっこが繰り広げられた。

10年の歴史に幕を下ろしたModMyi。サーバ費用だけで赤字という状況で、今後の成長を見込めないことから閉鎖に踏み切った。リポジトリの新所有者はアーカイブを作成したSaurikITに移る。

監獄とエコシステム

そうした状況を変えたのは、ユーザの意識の変化だろう。アップルがプラットフォームの安全と安定を確保しながら、iOSのアップデートで、それまで脱獄でしか実現していなかった機能を少しずつ取り入れていったが、「脱獄=自由」という考え方が浸透したままでは成し遂げられなかったはずだ。脱獄を「無秩序」と見なし、iOSプラットフォームを安全・高性能で使いやすい環境(エコシステム)と評価するポストPC世代のユーザの増加が変化のきっかけになったと推測できる。

それが開発者にも広がってアップストアが充実していき、PC世代の意識も変わり始めて、メリットとデメリットを比べた見方が完全に逆転した。今日の感覚でiOSプラットフォームはエコシステムであり、監獄や脱獄という表現には違和感を覚える。今ではマイクロソフトやグーグルも、アップルのようなエコシステム作りに乗り出している。脱獄市場を終わらせたのはアップルではない。ポストPC時代の考え方を持つようになった人々が起こした変化なのである。

ZodTTD & MacCitiは、「テーマ」というリポジトリごとの分野があったが、ZodTTD & MacCitiの撤退でビッグボスがテーマの取り扱いを再開した。

iOSのセキュリティ強化で、最新のiOSになるほどに脱獄が困難になっている。バグ報告に対する報酬制度も充実し、かつて脱獄コミュニティに関わった専門家がバグや脆弱性を研究してAppleのセキュリティ強化に貢献している例も珍しくない。