iPhoneが実現した「ジャスト・イン・タイム」の動画発信
動画制作のワークフローは「手軽さ」と「さらなる作り込み」の二極化が進んでおり、それぞれの特徴はiPhoneとMacの制作環境の違いに色濃く表れています。
まず、手軽さのほうに注目してみましょう。特に若者や女性の間では、「SNOW」をはじめとする加工アプリで動画や写真に装飾をほどこすのが大流行しています。あのような加工も、ほんの少し前までは高性能なワークステーションや長時間の処理が必要で、多額の費用がかかるものでした。それが、リアルタイムの顔認識で子どもでも使えるほど簡単に使えるようになったことで、「情報」よりも一段階ライトな「気分」の発信に使われるようになりました。
この気分の発信・共有というのは、個人レベルだけでなく、企業や公人がSNSを使ってコミュニケーションをはかるのにとても重要な要素となります。イベントや話題に関する動画を発信する際は、細かな編集などを施して後日出すより、そのトピックが一番熱い瞬間に「ジャスト・イン・タイム」で出すのが効果的になったのです。
また、「そのまま」出す以外に、iOS版のiMovieなどのアプリを使えば数分でカット編集、色調整、文字の追加などを行い、必要十分な体裁も整えられます。その際の一番のハードルは、出先で動画をアップロードする際のデータ通信量ですが、最近は各通信会社とも手頃な値段で月数十GBの容量が扱えるプランを用意しており、そうした面でもハードルは大きく下がりました。手軽な動画発信はすでにあらゆる環境面での成熟期に差し掛かっており、今後ますます加速していくでしょう。
さらに、手軽な動画制作の象徴であるiPhoneの内蔵カメラは、年々著しく性能アップしています。その結果、たとえばニュース番組で流れる視聴者提供映像なども、テレビ番組中に挿入されてもまったく違和感がないレベルの高画質であることも少なくありません。
また、2016年大ヒットした映画「シン・ゴジラ」では、庵野秀明総監督がロケハン(下見)時にiPhoneで撮影した動画が本編の一部に使われているほどです。多くの人が無意識に撮影しているiPhoneの動画が、商業コンテンツの一部にも使えるほどのクオリティで収録され、保存されている。このことは、二極化の逆方向にある「さらなる作り込み」へ一気にワープできる、大変興味深い現象でもあります。
以前なら膨大な手間や費用を要した合成までiPhoneで行えるなど、動画作りの手軽さは一つの到達点と言える段階に達しました(画面は「SNOW」)。「情報」より一段ライトである「気分」の発信は、SNSとの相性も抜群です。
Premiere Proはテレビや劇場映画の制作にも使われると同時に、YouTuberの間でも定番ツールの一つに。道具は「プロ用」「初心者用」などの観点ではなく、自分の目的や楽しさに応じて選ぶのがイチバンです。
Adobe Premiere Pro CC
【発売】Adobe Systems
【価格】月額2180円(単体プラン・個人)
「本物」のテレビや映画にも多用されるMac
さて、その一方でMacを使った動画編集を語る際、「まるでテレビ番組のような動画も作れる」といった比喩的な表現が用いられる場合がありますが、これは正確な表現ではありません。すでに「実際に」テレビ番組や、劇場公開映画の編集現場でMacは多数使われており、まさにプロ向けコンテンツを作る道具の一画を担っています。ソフト面ではアップルの「ファイナルカットプロ(Final Cut Pro)」が長らくメインで使われてきましたが、7からXへの移行時に操作性が大きく変化したため、現在はアドビの「プレミア・プロ(Premiere Pro)」が大きくシェアを伸ばしています。先に挙げたシン・ゴジラもプレミア・プロで編集が行われており、趣味からハイエンドまで世の中の映像制作のかなりの割合が、ウィンドウズも含めた「普通のパソコン」で行われているのが現状です。
さて、プレミア、ファイナルカット共にソフト名に「Pro」とついているため、操作が難しい業務用ツールという印象を持つ方も多いでしょう。しかし、たとえば最近話題の「ユーチューバー(YouTuber)」でも、特にコンスタントに動画を発信している人ほどプレミア・プロなどを使う人が多く存在します。
彼らが業務用と同じツールを使う一番の理由が「スピード」と「ワークフローの安定性」。実は多くの場合、同じマシン上であれば「プロ向け」ソフトのほうが動作が早く、書き出しの待ち時間などの時間ロスを軽減できます。さらに、連続シリーズ用にタイトルなどをテンプレート化したり、一部を差し替えるなどの操作も簡単なので、効率的で安定したワークフローが構築できます。いわゆる「初心者向け」のソフトは、あらかじめ用意されたスタイル以外のものを作るのが大変な場合もあり、意外と手間や時間を要してしまいがちですが、ビジネスや趣味の分野でコンスタントに動画を配信したい方には、業務で使われているのと同じソフトの使用をおすすめします。
VR動画などの新しいジャンルは、一般の方が専門家より積極的に利用するケースも多く、先行してノウハウが蓄積されることも少なくありません。動画の作り方・楽しみ方は、以前多かった「テレビの模倣」からどんどん離れつつあるのです。
映画や放送用機材を頂点とする業務用撮影機材にも大きな動きがあります。今まで「一般向け」とされていた一眼カメラにも4K対応などプロ並みの動画撮影機能が搭載され始めました。写真は動画機能に定評のあるPanasonicの「GH5」です。
目的や楽しさを軸に動画制作のスタイルを選ぶ
先述したiPhoneのカメラと同様に、映像収録の質に革命的な変化を起こしたのが、写真用の一眼カメラに搭載された動画撮影機能です。特にキヤノンのEOS 5DシリーズやパナソニックのGHシリーズは、それまで数百万円の業務用カメラでしか得られなかった質の映像を、個人でも手が出る範囲の機種で実現し、商業コンテンツの収録にも多く使われています。また「ゴープロ(GoPro)」シリーズに代表される小型で堅牢なアクションカメラは、そもそも業務用・一般用といった区分け自体がほとんどありません。
カメラやソフトといった道具の差異が縮まるのと、映像制作のワークフローが二極化しているのは、決して矛盾した現象ではありません。選択肢が充実するほど「何をするか、何をしたいのか」が重要になり、プロとアマチュア、初心者とベテランといった区分けがあまり意味を持たなくなります。これから動画作りを始めたい方は、ぜひ「自分が楽しいと思うこと」を軸に考えてみてください。
ネットを中心に動画を発信したあとの、人々の反応やそれに伴うコミュニケーションを重視したい方には「手軽な」方向性をおすすめします。手軽ではあっても、他人に一定の評価をもらいたい場合は映像自体の質も無視できない要素です。iPhone内蔵のカメラも相当なクオリティを実現可能ですし、一眼カメラの動画は適切に撮ればそれだけで「感動する美しさ」を実現できるので、ほぼ加工なしで発信できるという点では「手軽なツール」の性質も持ち合わせています。
そして、作るプロセス自体を楽しみたい方は、今回の特集中でも頻繁に使われているプレミア・プロなどの本格ツールの利用をおすすめします。たとえば、現在デザインやWEB制作などのためにアドビのクリエイティブ・クラウド(Creative Cloud)を契約している方であれば、すでにプレミア・プロも「持っている」状態です。近年は写真やデザインの分野から動画に領域を広げる人も多く、クリエイティブな好奇心やレベルアップを狙うのに、多額の初期投資をして道具を揃える必要性がどんどん少なくなっています。
多方向なベクトルでさらに進化する動画
このように動画の世界が広い層に浸透している一方で、専門家、一般人ともに過去の体験や蓄積が少なく、手探りながらも急速に注目を集めている新しい動きもあります。
本特集でも紹介する代表的なものが、360度上下左右好きな方向を観られる「VR動画」です。リコーのシータ(THETA)シリーズなど廉価かつ気軽に撮れるカメラの登場で、イベントや旅行の模様をSNSにアップしたり、むしろ専門家よりも一般人の方が先行して利用しているという、過去に類を見ない進化が起きています。
VR動画最大の特徴である「アングルの選択権が視聴者側にある」点などは、むしろ一般の知恵として編み出されたノウハウが業務向けに応用されることも多く「ハイエンドから一般に降りる」といった従来の図式があてはまりません。VRに限らず、動画が「すべての人のツール」となったことで、今後はこうした多方向なベクトルでの進化がさまざまな局面で増え続けることでしょう。