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Adobe Senseiが示したAIによる「クリエイティブ革命」

著者: 小平淳一

Adobe Senseiが示したAIによる「クリエイティブ革命」

10月18日、アドビシステムズは米ラスベガスで「Adobe MAX」カンファレンスを開催し、「Adobe Creative Cloud」のメジャーアップデートを発表した。数多くの新機能が盛り込まれたが、とりわけAIを活用した「Adobe Sensei」への取り組みは、クリエイティブが大きく変革し始めていることを感じさせる。

AIで創造の幅が広がる

アドビCC(Adobe Creative Cloud)は、グラフィックデザインやWEB、ビデオ制作といったクリエイティブワークフローを包括的に支援するサブスクリプションサービスで、ユーザは多彩なクリエイティブツールを自由に利用できる。毎年さまざまな新機能を打ち出してくるアドビCCだが、10月18日に公開された最新の「2018」バージョンでは、アドビのAI技術「アドビ・センセイ(Adobe Sensei)」を活用した機能の数々が注目ポイントとなった。

たとえば、定番フォトレタッチソフトの代表格である「フォトショップ(Photoshop)」では、画像の解像度を上げる際、AIを使った画像解析を行うことで、より自然に補間する機能が搭載された。

さらに、今回からアドビCCのラインアップに加わった「ディメンション(Dimension)」というソフトは、AIを使って3Dと画像との自然な合成を可能にする。このソフトは、3Dモデルにテクスチャを適用したり写真を合成したりしながらイメージ画像を作り出すツールだが、背景に合成したい写真の消失点や水平面、光の向きなどをAIが解析し、3Dモデルがその空間に溶け込むように合成してくれる。

そして、同じく今回から正式リリースとなったアニメーション作成ツール「キャラクターアニメータ(Character Animator)」でもAIを活用しており、自然なリップシンク(口パク)が実現する。

このように、アドビCCを構成するさまざまなツールで、AIが「実用的な技術」として取り入れられ始めている。そしてそれは、「クリエイティビティのあり方」の劇的な変化の予兆を感じさせるものだ。

新たにAdobe CCファミリーに加わったDimension CC。3Dモデルにデザインしたラベルデータを貼り込んだり、風景にサイネージ(看板)を合成したりといったことが簡単にできるようになる。背景写真を設定すると、その写真の水平面や光の向きを解析し、3Dモデルが自然に合成される。

心強いアシスタント

こうしたAIを活用した各種の機能は、本来なら複雑な操作が必要になるはずの処理を手軽に行える点が魅力だ。

たとえば、新しいお菓子のパッケージをデザインする場合、これまでは実際にそのパッケージをサンプル出力するか、もしくは3DCG作成ソフトを駆使して画像合成しなければ、実物のイメージを確認できなかった。とはいえ、3DCGソフトの扱いにはある程度の知識やノウハウが必要となり、パッケージデザイナーがイメージ画像まで作り出すことは困難だ。多くの場合、分業あるいは外部発注によって、デザイナーがパッケージのデザインデータを3DCGクリエイターに渡し、3DCGクリエイターは経験を元に光の当たり方などを試行錯誤しながら、イメージ画像を作り出していくことになる。

しかし、新ツールのディメンションを使えば、デザイナー自ら3Dモデルに素早くパッケージデザインを貼り付け、さらに写真と合成して店頭に並んだイメージ画像を作り出すことができる。デザイナーが3DCGに習熟していなくても、説得力のあるビジュアルイメージをクライアントに提示できるようになるわけだ。これはデザイナーの表現の幅が広がるということでもあるし、分業によるタイムロスや3DCGソフトの習得の時間、合成の試行錯誤の時間を削減することにもつながる。

とはいえ、単に複雑な処理を素早く自動化してくれるという面だけでは、これまでの進化とそれほどの違いはない。単なる「機械的な作業」とAIを活用した処理との大きな違いは、AIが機械学習を元にデータ(画像や動画、音声など)を解析し、その内容を理解して処理できる点にあるといえる。

AIを使えば、画像は単なるピクセルの集合ではなく、被写体が動物なのか風景なのかを判断できるようになる。音声データも単なる信号の集まりではなく、どこが人の話し声なのか、どこが環境音なのかを判断できるようになる。そして内容を理解できることにより、より適切な処理が可能だ。

つまりクリエイティブにおけるAIの活用とは、これまで人間が判断して処理しなければならなかった作業の多くを、ツールが肩代わりできるようになるということだ。

新しいアドビCCが発表されたカンファレンス「アドビMAX(Adobe MAX)」では、アドビが考えている「未来のデザインツール」のデモも行われた。手書きのデザインラフをツールに読み込ませると、AIが内容を判断してイメージどおりの素材を配置してくれたり、写真の切り抜きを自動的に行って人間の手間を大幅に削減してくれる。まるでデザインディレクターがアシスタントに「これをやっておいて」と作業を依頼するような感覚で、ツールがどんどん下ごしらえをしてくれるというデモだった。アドビが見せたこの未来のワークフローは決して夢物語ではなく、それほど遠い未来でもないだろう。

AIにより広がる格差

重要なのは、「こうした技術を活用して何を作り出せるか」ということだ。クリエイターがクライアントの要求をどこまで深く理解できるか、クライアントのビジネスを成功に導くためにどんなアイデアを盛り込めるか。創造力の本質を研ぎ澄ます必要が出てくるだろう。

もちろんその前提として、技術の進歩を把握し、活用できる素地を蓄えていくことは不可欠だ。技術の進歩は、使いこなせるクリエイターに多くの恩恵をもたらす一方で、使いこなせない人との格差を確実に広げていくだろう。

そもそもアドビ・センセイは、アドビが取り組んでいるAIと機械学習技術の総称であり、クリエイティブ分野に限ったものではない。アドビのマーケティングソリューションでもアドビ・センセイは活用されており、WEBサイトの訪問者一人一人に合ったコンテンツを表示したり、訪問者のWEB上での行動を元に最適なキャンペーンメールを送るといった機能で成約率を高められる。こうした技術を取り入れている企業とそうでない企業では、顧客の獲得や収益性でどんどん差が開いていくようになる。

AIの進化に対してどう向き合っていくか。その命題は、今やエンジニアのみならず、クリエイターを含めあらゆるビジネスパーソンに突きつけられるようになったのだ。

アップデートしたAdobe Creative Cloudツール群

正式版となったアニメーション作成ツールのCharactor Animator CC。iSightカメラなどを使ってキャラクターの表情をコントロールできる。リップシンク(口パク)でもAIが活用されており、オペレーターがカメラの前で喋ったとおりに口を動かすことができる。

Illustrator CC 2018に加わったパペットワープ機能。After Effectsにも搭載されていた機能で、キャラクターの動きの要となるポイントに「ピン」を打つことで、自然な変形が可能になる。あたかも「パペット(操り人形)」を操るように手足を曲げることが可能だ。

Photoshopでは、画像解像度の変更に「ディテールを保持 2.0」という項目が加わった。低解像度の画像を引き伸ばしたいとき、AIの解析によるディテールアップを行ってくれる。

モバイルアプリのCapture CCには、カメラで写した文字列をAIで解析し、近いフォントを提示する機能が搭載された。印刷物だけでなく街中の看板など、さまざまな場所にあるフォントが何かを知ることができる。

オーディオ編集ツールのAudition CCでは、AIを使った自動ダッキング機能が加わった。会話の流れが途切れた時に自動的にBGMの音量を上げたりといったことが可能になる。

After Effects CC 2018に搭載された「データ駆動型アニメーション」。選挙速報や天気予報、各種統計値といったデータを読み込ませ、モーショングラフィックスを作成する機能だ。

クラウドで写真を管理

新しいアドビCCの発表に合わせ、写真編集・管理ソフトの「ライトルーム(Lightroom)CC」も大きな変貌を遂げた。クラウドをベースにしたマルチプラットフォームのツールに生まれ変わったのだ。

ライトルームCCにはこれまでも、デスクトップソフトとモバイルアプリ間で写真を同期する機能が存在していた。たとえば、ライトルームCCを最小限のランニングコストで使える「アドビCCフォトプラン」には20GBのクラウドストレージが提供されており、そのストレージを介して連携を行うことが可能だった。しかし、管理の主体はあくまでもローカルベースであり、クラウドとの同期は「ユーザが選んだ任意のアルバムのみ」という仕様になっていた。

一方、新しいライトルームCCは、ライブラリ全体をクラウド化するという設計思想に変わっている。これにより、iMacで取り込んだ写真も、出先でMacBookから取り込んだ写真も、さらにiPhoneで撮影した写真までも、すべて1つのライブラリで統合管理できるようになる。

さらにこうした設計思想の変化に合わせ、1TBという極めて大容量のストレージプランも選べるようになっている。この容量なら、プロユースであっても空き容量を気にする機会はほとんどないだろう。

メリットの多い検索機能

さらに、新しいライトルームCCにはもう1つ目玉となるトピックがある。アドビ・センセイを活用したインテリジェントなキーワード検索だ。自分で写真にタグ付けを行わなくても、「山」や「ネコ」などの単語で検索すれば、該当する写真を抽出してくれるようになったのだ。

もっとも、iPhoneの写真アプリなどにはすでに同等の機能があり、本誌の読者は目新しいと感じないかもしれない。しかし、プロユースの写真管理ソフトでこの機能が搭載されたことは、プライベートユースの「写真」とはまた違った価値がある。広告などのデザインをしていると、自分がストックしている写真からイメージに合うものを探し出す機会が多くなる。「いつ撮ったかは覚えていないが、何度か砂浜の写真を撮ったはず…」そんな記憶を頼りにライブラリをしらみつぶしにチェックした、そんな経験がある人もいるのではないだろうか。こうしたデザインの「アセット(素材)管理」という観点で見れば、ライトルームCCのキーワード検索は非常に心強い。さらに言えば、アドビが推奨する方法かどうかはともかく、自分が撮影した写真に限らずさまざまな画像をまとめてライブラリ管理することで、アセット管理がさらにしやすくなるだろう。

現在はまだ搭載されていないが、Macの「写真」ソフトのように人物を見分けてくれたり、何枚かのサンプルデータを読み込ませることで特定の被写体の固有名詞を登録できるようになればさらに魅力的なツールになるだろう(たとえばiMacを見分けられるようになるなど)。新しいライトルームCCは、そうした未来への期待まで膨らませてくれるツールだ。

検索以外の機能については、基本的にはこれまでのライトルームCCを踏襲しているといっていい。豊富な補正機能、ブラシを使った部分補正、水平・垂直の歪みの補正機能なども、これまでどおり利用できる。インデックスプリントなど印刷周りの機能はなくなったが、その分、よりシンプルでわかりやすいインターフェイスになっている。

また、ライブラリの完全クラウド化に伴い、WEBアプリ版も登場した。これにより、デスクトップ版のソフトをインストールしていないマシンであっても、ライブラリ内の写真を編集できるようになった。利用できる機能は、デスクトップ版とほぼ同様だ。

また、モバイル版アプリもデスクトップ版、WEBアプリ版とほぼ同じ編集機能を備えており、すべてのプラットフォームで同じように使えるのは、新しいライトルームCCならではの魅力だといえるだろう。

プラン選びに要注意

ライトルームCCは新しい魅力に満ちたツールだが、プランへの加入では悩みも多い。

まず、アドビCCのコンプリートプランを利用しているユーザの場合、新しいライトルームCCはプランの対象外となる。今回の発表に合わせ、これまでコンプリートプランのユーザはライトルームCCも使用できたが、今回の発表では、これまで「ライトルームCC」と呼称していた従来のデスクトップソフトは「ライトルーム・クラシックCC」と名前を変え、コンプリートプランのユーザはこちらだけが利用できる。つまり、新しいライトルームCCを使うには、別途プランを追加導入する必要があるのだ。

MacでライトルームCCが使えるプランは3種類。新しいライトルームCCと1TBのストレージが使える「ライトルームプラン」、ライトルームCCに加えてフォトショップとライトルーム・クラシックCCも使用でき、ストレージ容量が20GBの「フォトプラン」、新しいライトルームCC、ライトルームクラシックCC、フォトショップ、1TBストレージのすべてが使える「フォトプラン(1TBストレージ付き)」だ。アドビCCのコンプリートプランを契約しているユーザは、すでにコンプリートプランの中でフォトショップが利用できるため、「ライトルームプラン」を選ぶといいだろう。

アドビCCのコンプリートプランに入っていない場合、フォトショップが必要かどうかで判断が変わる。ライトルームCCにはレイヤーを使った画像編集機能などが存在していないため、本格的に画像の編集を行いたいならフォトショップ付きのプランにしておけば間違いがない。あとは1TBのストレージが必要かどうかは人それぞれだが、まずは20GBのプランにしておいて、必要になってから1TBのプランにアップデートしてもいいだろう。

迷う方は、新しいライトルームCCの体験版が公開されているので、まずは一度試してみてはいかがだろうか。

生まれ変わったライトルームを徹底解析

メインインターフェイスは、これまでよりもシンプルになっている。各種の写真編集機能は右側にアイコンで格納され、必要なときだけ開くことで画面を有効に使える。

パース(遠近法)がかかった写真を補正する「ジオメトリ」機能。建築写真やイベント・発表会のスクリーンを補正するときなどに重宝する。

補正機能の豊富さは、さすがプロユースのツールといったところ。ブラシを使って部分的な補正も行える。

ユーザがタグ付けをしなくても、写真を解析して自動でキーワード検索が可能。まだ探し出せるものは限られているが、今後の機能強化に期待したい。

iPhone版アプリでも、デスクトップ版とほぼ同じ補正機能が使える。ヒストグラムが表示できるのはありがたい。

管理・ブラウジング機能もやはりデスクトップ版とほぼ同様。キーワード検索のほか、フラグやレーティングといった管理機能も備えている。

また、iPhoneアプリで直接写真を撮影する機能もある。RAWファイルでの撮影が可能なほか、ホワイトバランスやシャッター速度をマニュアルで調節することもできる。

新たに登場したWEBアプリ版。デスクトップ版と同じように写真の管理・編集ができるほか、手軽にWEBフォトギャラリーを作成したり、ほかの人に共有リンクを送ったりすることもできる。

※そのほか、モバイルのLightroom CCのみが使える「Lightroomモバイルプラン」も提供されている。100GBのクラウドストレージ付きで480円/月(税別)。