プログラミングを学んだ先に何があるのかを示していきたい
株式会社CA Tech Kids代表取締役社長
上野朝大氏
プログラミング教育事業を行うほか、文部科学省が主催する「2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会 基本問題検討WG」委員を務めるなど、日本のプログラミング教育業界を牽引するトップランナー 【URL】http://techkidscamp.jp
たった3年で参加者数が10倍に
子どもが「習い事」として通えるプログラミングスクールが本格的に普及し始めたのは、2013年頃からだといわれている。それまで、プログラミングといえば“専門的”で“職業的”なイメージが強かったが、首都圏を中心にプログラミングを子どもに学ばせる保護者は着実に増え始めている。その背景には、IT企業に勤める保護者が増えたことや、オンラインで学べる無料の子ども向けプログラミングツールの登場など、さまざまな理由があるだろう。
そうした流れの中で、CA Tech Kidsは大手IT企業サイバーエージェントのグループ会社として2013年5月に設立された。もともとはCSRの一環で、小学生を対象としたプログラミング教育事業に着手したのが始まりだという。
「IT企業の社会的役割として、子どもたちにITの重要性を教えていくことが必要だと考えていました。日本ではそのような教育は進んでおらず、我々が貢献できる分野だと思いました」と、上野氏は設立当時を振り返る。
当初は、夏休みを利用したプログラミングの入門ワークショップ「Tech Kids CAMP」からスタートしたプロジェクトだが、継続的に学びたいという保護者からの要望が多くなり、プログラミングスクール「Tech Kids School」をすぐに開設することとなる。現在は、直営スクールを全国8カ所、さらに長期休暇を利用したプログラミングのキャンプを全国19都道府県で開催している。2013年の設立当時、夏のキャンプに集まった参加者は130名だったのに対し、2016年夏には1600名までに増加した。たった3年間で参加者数が約10倍も伸びており、いかにこの分野が急成長しているかがうかがえる。
このような動きについて上野氏は「プログラミング必修化の影響もあり、プログラミングそのものが一般化、大衆化してきた証だと思います。それに伴い、なぜプログラミングを学ぶのかという必要性を話す機会も増えてきました」と語る。
というのも、以前はTech Kids Schoolに子どもを通わせる保護者というのは、IT企業のビジネスパーソンやアンテナの高い人が多く、プログラミング教育の必要性については、“これから生きていくためには欠かせないスキル”という共通理解を持てていたというのだ。ところが、近年は“プログラミングってなんとなく良さそう”、“自分はプログラミングをやったことはないが、子どもが習いたいと言い出した”、“とりあえず、プログラミングを一度やらせてみたい”といった具合に、プログラミング未経験の保護者が増えている。そのため上野氏は、「何のために学ぶのか、目指すものは何か。メッセージを発していくことが大切」と語る機会が増えたという。
●世界のプログラミング教育事情
多くの国でプログラミングを義務教育過程に導入する動きが広がっている。中でも2014年に英国が「コンピューティング」という教科を5歳~16歳まで必修にしたことは、日本にもインパクトを与えた。
プログラミング教育の目的とは?
2020年度から小学校でも必修化されるプログラミング教育。そもそも、なぜ子どもたちがプログラミングを学ぶ必要があるのか。その背景にあるものは何なのだろうか。
上野氏によると、必修化を進めているのは日本だけに限った話ではないという。先進国を中心に、小中学校へコンピュータ・サイエンスを導入したり、民間団体がプログラミング教育を普及する動きは世界的に広がっている。これは「第4次産業革命」を迎えた多くの国で、IT人材不足の課題が深刻化しているからだ。日本も同様の課題を抱えており、2013年頃からプログラミング教育必修化に向けて議論が進められてきた。
では、日本のプログラミング教育の現状はどうなっているのだろうか。2017年9月現在、現行の学習指導要領においては小学校におけるプログラミング教育は必修化されていない。中学校では「技術・家庭」の「プログラムによる計測・制御」という単元が必修項目になっており中学生全員がプログラミングを学ぶが、3年間をとおしてわずか10時間程度しかない。そして、高校においては「情報」の教科で「情報の科学」を選択した学校のみプログラミングが必修化されているが、その数は全体の2割程度。残り8割の高校生は授業でプログラミングを学ぶ機会がないのが現状だ。
一方で、2020年度に実施される次期学習指導要領においては、小学校におけるプログラミング教育が必修化されるとともに、高校でも「情報I」という教科が導入され、高校生全員がプログラミングを学ぶことが決まっている。特に小学校のプログラミング教育必修化については注目度も高く、関係者の動きも活発になっている。
小学校におけるプログラミング教育の目的について、「プログラマーを育成したり、コードを覚えることが目的ではない」と説明されている。文部科学省が2017年6月に発表した小学校学習指導要領の解説によると、“情報活用能力を育成するために、コンピュータに意図した処理を行うように指示することができる、ということを体験させる”ことが目的だと示されている。つまり、プログラミングの体験をとおして、コンピュータの特性を学んだり「プログラミング的思考」と呼ばれる論理的思考を育むことが狙いとなっているわけだ。
具体的な実施方法については「コンピュータ・サイエンス」のような新しい教科を設けるのではなく、算数や理科など既存の教科の中でプログラミングを扱うことが決まった。しかし、どの学年の、どの単元で、どれくらいの時間数で行うのかについては、各学校の判断に一任されるという。これは、各小学校や各自治体によって、コンピュータの整備環境や指導者の育成、教育目標など状況が異なり一筋縄ではいかない事情があるからだ。
上野氏は「2020年度は道徳と英語の教科化も決まっており、プログラミングの優先順位は必ずしも高くありません。そのせいか、力弱い内容になっています」と自身の見方を述べた。とはいえ、10年に1度の学習指導要領の改訂に間に合っただけでも良いという見方もある。なぜなら、この機を逃せば、あと10年は子どもたちが学校でコンピュータを学ぶ機会が失われるからだ。
●小学校におけるプログラミング教育の授業事例
日本は、既存の教科の中でプログラミングを扱うことが決まった。図は、文科省から示されている授業の事例。コンピュータ・サイエンスの教科が導入される諸外国とは、異なる発想である。
さらに興味を持った子が伸びる場を
この小学校におけるプログラミング教育必修化の動きは、上野氏のスクール運営にも影響を与えた。
「我々としては、これで一旦プログラミング教育の入り口ができたと考えています。これまでは多くの子どもたちにプログラミングをはじめて体験する場を提供し、普及することに努めてきました。しかし、これからのTech Kids Schoolは、プログラミングに出会って興味を持った子どもたちが、さらに自分のスキルを磨ける場へとシフトしていくつもりです」
確かに、小学校での必修化が決まってからというもの、この業界に新規参入するプレイヤーは増えた。自治体やNPO法人、学校などでもプログラミングのワークショップが開催されるようになり、子どもたちがプログラミングに触ってみる環境は増えつつある。プログラミング教育に対しても“学んだ方が良い”という意識も広がり、業界のリーディングカンパニーであるTech Kids Schoolとしては、「プログラミングをさらに学びたい子どもたちの受け皿になり、学んだ先に何があるのかを示していきたい」と、差別化を目指す考えだ。
そのため、Tech Kids Schoolはそのカリキュラムを一新した。今までは「Scratch」コース、「iPhoneアプリ」コースといった形で区切られていたが、新カリキュラムでは全員が1年間の「Scratchプログラミング」を受けたあと、2年目からは「iPhoneアプリ開発コース(Swift)」とユニティ(Unity)を活用した「3Dゲーム開発コース(C#)」のどちらか好きなほうを選ぶ。コース全体としては最大3年で完結できる内容となっており、小学3年生から始めることができる。
「プロのエンジニアを見ても、プログラミングの言語をどこかに通って誰かに教えてもらうことはありません。彼らはわからないことや新しい言語が出てきたとき、自分で調べて、自分で勉強し、それまでの経験に照らし合わせながら習得していきます。我々がプログラミングをとおして子どもたちに身につけてほしいのは、まさにそうした力で、スクールの3年間ではプログラミングで作品を作りながら、これからも自分で学び続けることができる方法とマインドを育てたいと考えています」
そもそもCA Tech Kidsが目指すプログラミング教育は、“テクノロジーを武器として、自らのアイデアを実現し社会に能動的に働きかける人材”を育てること、と定義している。これは優秀なITエンジニアを育てることが目的ではない。
たとえば、スポーツの練習を考えるときにプログラミングを活用してシミュレートしたり、自分の母親が困っているときにプログラミングで効率化したりという具合に「自分のやりたいことや、課題解決したいものとプログラミングを結びつけて、より良いものを創造できる人になってほしい」と上野氏は語る。
ちなみに、プログラミングのスキルに関しては、小学生でもiPhoneアプリの開発やユニティを使ったゲーム開発は可能だという。最初の1年にビジュアルプログラミングのスクラッチ(Scratch)でプログラミングの原理やロジックを理解しておけば、あとはインターフェイスに慣れるかどうかの問題だというのだ。
また、一般的にタイピングも英語も、小学生にとってはハードルが高く思われがちだが、「子どもを子ども扱いしないで、大人と同じ環境を与えるのが我々のポリシーです」と上野氏はこだわりを見せる。子どもでも大人と同じことができるのがプログラミングの魅力であり、子どもに対しては講師が導きながらも楽しんで学べるように取り組みたいという。
●主体的な学びが重視される
Tech Kids Schoolには小学1年生から6年生までの児童1000人が通う。講師が授業のように教えるのではなく、教材を自分で考えて進める形でプログラミングを学ぶ。分からないところは、子どもたちが講師に質問をする。
●CA Tech Kidsの出張プログラミング授業
CA Tech Kidsは首都圏・京阪神・沖縄地域の国公立・私立小学校、インターナショナルスクールなどで出張プログラミング授業を実施している。授業では「プログラミングの面白さ」「プログラミングで世の中が便利になる」ことの気づきを得ることが狙いとなる。
●発想力を伸ばし、計画性を養う
単にプログラミングを教えるのではなく、自分のアイデアを具体化し、計画を立てたり開発に落とし込むプロセスを大切にしている。「アイデアシート」や「かいはつシート」を使って、スケジュール管理や優先順位など「段取り力」を伸ばす。
●作ったアプリをプレゼンする
プログラミングだけでなく、子どもたちが作った作品を発表するプレゼンテーションの場も重要視している。アウトプットすることでフィードバックをもらったり、作品の創作意欲を促すことにつながるからだ。
テクノロジーという武器で“出る杭”をさらに伸ばす
CA Tech Kidsでの活動により、プログラミングを学ぶ生徒数が増えるとともに、自ら才能を開花させる子どもたちも出現してきた。いまや小学生といえど大人顔負けのスキルを習得し、アプリのリリースやアプリコンテストに入賞する事例が見られるようになったという。
そこで「キッズプログラマー奨学金制度」という特別枠を設けて、プログラミングを本気で学びたい小学生に対してはサイバーエージェントが機会と費用を提供している。具体的には、半年間で毎週4時間・のべ100時間にわたるプログラミングの学習を提供するというものだ。
「尖った才能が認められ始めた時代だと感じています。子どもにもテクノロジーという“武器”を与えれば、社会に対してインパクトが与えられることを示していきたいのです。今、プログラミング教育の裾野が広がってきて、それは良い方向だと思いますが、その一方で子どもだましのような安易な教室や製品も増えてきています。それをやって“プログラミングってこの程度のものか”と思ってほしくなくて、子どもたちが本気で学べば社会で十分に通用することを示していきたいのです」
プログラミングは、この先“学んだほうがいい”ことには変わりない。なぜならプログラミングができれば、この先どんな仕事に就こうとも有利であるし、何かを課題解決していくためには有効な手段だからだ。しかし、“将来困るかもしれないから学んでおこう”という受け身の姿勢で取り組むのではなく、もっと能動的に捉えて子どもたちが自らの人生を切り開いていく武器として使う時代が訪れようとしている。はたしてその時世の中は、社会は、どんな風に動いていくのだろうか。
「学歴主義を否定するような人材を輩出したいですね。良い大学に入って、良い企業に勤めて、それが人生の安泰な道であるという考え方を変えていきたいです。実力のある高校生プログラマーが企業から内定をもらって開発に参加したり、社会人になって学びたいものが見つかってから改めて大学に入り直したりするのもいい。もっと多様な生き方が認められる世の中になってほしいです」と上野氏は語る。
プログラミングは自由なものづくりの世界だからこそ、多様な価値観が認められやすい土壌がある。そんな環境で子どもたちの学びを見つめながら、CA Tech Kidsはこれからもメッセージを発信し続けていく。
●Swift Playgroundsの体験プログラム
CA Tech Kidsでは、Appleとの連携のもと「Swift Playgrounds(スウィフトプレイグラウンズ)」を用いたコーディングの基礎体験や、Appleの提供する教育プログラム「Everyone Can Code」のイベントも実施している。