車移動が当たり前のLAではあまり見かけませんが、人混みが絶えない渋谷などでは、目の見えない人たちが白杖で音を立てながら歩く姿をよく見かけました。人混みをかき分けるのはただでさえ大変なのにすごいな…と、その方の邪魔にならないよう歩きながら思ったものです。
“Put yourself in someone’s shoes”という英語は、誰かの靴を履いてみる、つまり相手の立場に立って考えることを指す表現です。普段、盲目の人がどんなふうに生活しているのかを想像する機会はあまりないかもしれませんが、とあるスマホアプリを使ってそれを垣間見ることができました。それが、「ビーマイアイズ(Be My Eyes)」というデンマーク発のアプリです。
ビーマイアイズは、その名のとおり、目の見える人が目の見えない人の「目」になるアプリです。支援が必要なとき、ボタンのワンプッシュでボランティアとビデオ通話でつながり、目の前のタスクを助けてもらえます。2015年1月のリリース後、24時間で約1万人にダウンロードされ、現在は3万7000人を超える視覚障がい者が使っているとか。ビーマイアイズに登録するボランティアの数は、54万人以上。支援を必要とする人がいる場合、複数のボタンティアに一斉に通知がいくようできているため、全体の90%が60秒以内に応答されているそうです。
世界中にいるボランティアが計90言語に対応しているため、英語などのメジャーな言語でなくても自分の言語が話せるボランティアが見つかることも特徴。各地のボランティアには、その人のタイムゾーンの日中の時間帯にだけ支援依頼が届きます。たとえば、目の見えないアメリカ人が深夜に支援を必要とした場合、英語が話せるボランティアでも同じアメリカにいる人ではなく、オーストラリアやイギリスにいるボランティアにつながる仕組み。すべてのタイムゾーンを網羅しているため、アプリは困ったときに24時間使うことができるのです。
目の見えない人は、普段どんな困り事に遭遇しているのでしょうか。冷蔵庫の中の牛乳は買ってから少し時間が経ったけれど、賞味期限はまだ大丈夫か。通い慣れた近所のスーパーが模様替えをして、何がどこにあるのかわからなくなってしまった。扇風機がおかしな音を立てるので取扱説明書で調べたい。痛み止めのボトルに書いてある注意事項を読みたい。写真やハガキに何が描かれているのかを教えてほしい。どれも目の見える私たちが当たり前のようにやっていることですが、目の見えない人の生活はこうした困り事の連続なのだなと思い知らされます。
ビーマイアイズを開発したのは、自身も視覚障がいをもつデンマーク出身のハンスさん(Hans Jorgen Wiberg)。生まれたときは180度見えていた視野が徐々に狭まり、今では5度程度しかものが見えないのだそうです。デンマークの視覚障がい者協会で目の不自由な人に関わった経験から、スマホを使ってその生活の不便を解決することを思いつきました。
目の見えない人がiPhoneを使う場合、アイコンや選択肢を読み上げてくれるのが「ボイスオーバー(VoiceOver)」という機能です。ニーズを感じない人は存在すら知らない機能かもしれませんか、たとえばアイコンのワンタップでアプリ名を読み上げ、ダブルタップでアプリが起動してくれます。ボイスオーバーに加えて、ビーマイアイズは誰もが知っているフェイスタイムも活用しています。使う人やシーン、タイミングを変えてみることで、ただの通話機能を“支援のチャンス”に変えたという、見事な応用事例だと思うのです。
Yukari Mitsuhashi
米国LA在住のライター。ITベンチャーを経て2010年に独立し、国内外のIT企業を取材する。ニューズウィーク日本版やIT系メディアなどで執筆。映画「ソーシャル・ネットワーク」の字幕監修にも携わる。【URL】http://www.techdoll.jp