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覚悟のない建築を止め、残る街並みを

著者: 林信行

覚悟のない建築を止め、残る街並みを

今回のアップル発表会では新製品に負けないくらいにフォスター・アンド・パートナーズのアップル新社屋、アップルパークの建築が鮮烈な印象を残した。

前にどこかの記事でこんなスケッチを見た。端に小さく人が描かれていて、その右に巨大な薄い円盤が浮いている。スティーブ・ジョブズシアターのコンセプト画だ。

フォスター・アンド・パートナーズは、このコンセプトを円形のアルミの天井とそれを支える45枚ほどのガラス板で実現。おそらくどちらもアップルストア表参道と同じ建材だ。1本の柱もなくガラスだけで天井が浮く構造はなんとも美しく目を見張る。

筆者は詳しくはないが、建築が好きだ。モダンな建物も歴史の味わいを感じる建物も。ただ、いかにも安く仕上げましたといった感じの収益構造としての建物を見ると残念に思う。次から次へと古い建物を壊す行為も残念でならない。

ヨーロッパでは1棟2棟といわずに、街並みを後世に残そうとしているところが多い。新しい建物を建てるのは簡単だが、一度壊した建物の歴史は二度と戻らない。よくツイッターに「日本もスクラップ&ビルド、つまり建物を潰しては新しく建てることの繰り返しはそろそろやめてほしい」と投稿する。そのたびに日本は地震大国だから仕方がないといった返信をもらう。

大きな地震があるのは日本だけではない。シリコンバレー近くでも、28年前には63人の犠牲者を出したロマ・プリータ大地震があり、サンフランシスコのベイブリッジの一部が倒壊。当時のMacのOS(System 7)の出荷時期にも大きな影響が及んだし、歴史にはそれ以前にもいくつかの大地震が記録されている。

そんなエリアにアップルはあんなガラスの建造物を建てて大丈夫なのか。不思議に思って調べたところ、新社屋の下には世界最大規模となる700の耐震基盤が敷かれていることがわかった。地盤が揺れても社屋は地盤と切り離され、ほとんど揺れない構造になっているという。ほかの会社はそうした覚悟を持たずに、数十年後には潰されるような醜悪な建物を濫造していて本当にいいのかという思いが強まった。

日本は「常若(とこわか)」を求めてほぼ20年に一度、宮を別の場所に立て直す「式年遷宮」という仕組みを1300年以上前に生み出した国。そういう意味では、壊して立て直すほうが日本っぽいという方便もある。だが、式年遷宮の本質は壊すことではなく1300年以上にわたって「受け継ぐ」ことにある。我々が今、都市部で行っているスクラップ&ビルドは過去や伝統の抹消でしかない。

「常にダイナミックに変わり続けることが東京の魅力」と言う人もいる。彼らは中国やシンガポールをはじめとする東南アジアやバルト三国をはじめとする北ヨーロッパでこの10年ほどに起きた変化を知らないのだろう。日本のスクラップ&ビルドの勢いはそうした国々にはおよそ敵わない。

過去を抹消して変わり続けることは、自分の死後、その生きた痕跡がすぐに消されることを日々、目の当たりにし続けることだ。そうした環境で世の中に対して永続的な価値を生み出そうという気持ちになれるだろうか。ヨーロッパや日本の一部の古い町並みでは、あなたが中学校で初デートした場所、おじいちゃんがおばあちゃんが出会った場所、源義経が烏天狗に剣を習った場所などが町の上に積層している。

必要以上な建物が密集している日本。特に東京は、壊すことよりも大金をはたいても残すこと、人々の歴史を積層することにシフトしてもいいのではないか。確かに新しいビルは注目を集めるが、それは次の新しいビルが建つまでの束の間の話題だ。そうした行為が「オリンピックに向けた新施設で現社長の功績作り」といったくだらない社内の配慮で繰り出されているのだとしたら、それはとんでもないことだ。

Nobuyuki Hayashi

aka Nobi/デザインエンジニアを育てる教育プログラムを運営するジェームス ダイソン財団理事でグッドデザイン賞審査員。世の中の風景を変えるテクノロジーとデザインを取材し、執筆や講演、コンサルティング活動を通して広げる活動家。主な著書は『iPhoneショック』ほか多数。