2016年10月に日本でもサービスインした アップルペイ(Apple Pay)。乗車ICのスイカ(Suica)として使っている人は見かけるようになったが、店舗で決済に使っている人を見かけることはあまり多く感じない。アップルペイは本当に普及して、広まっているのだろうか。これが今回の疑問だ。
米中で苦戦しているアップルペイ
アップルペイでスイカを利用している人を周りでよく見かけるようになったが、それ以外の店舗でアップルペイを使っている人はほとんど見かけたことがない。普及率の数字が公表されていないのではっきりしたことはわからないが、スイカ以外ではほとんど普及していないのでは?というのが個人的な実感だ。
それだけでなく、米国でもアップルペイの利用率が上がっていないとメディアが報じている。米国の店舗は保守的で、アップルペイに対応したPOSレジなどの機器を導入したがらず、対応店舗が増えないのが原因だと言われている。
アジア最大の市場である中国でもアップルは苦戦をしている。アップルペイは銀聯と組んで中国市場に参入したが、今やその銀聯そのものの利用率が電子決済全体の1%以下まで急落している。中国では、NFCではなくQRコードを利用したアリペイ(アリババ)、WeChatペイ(テンセント)がスマホ決済市場の90%以上を占めていて、新参者のアップルペイはこの高い壁を乗り越えなければならなかった。
そこで7月18日からの1週間、アップルは5億円の費用を投じて、北京、上海、広州、深?の4都市で大キャンペーンを展開した。スターバックス、セブン−イレブン、バーガーキング、カルフール、GAP、ゴディバ、ピザハット、ハーゲンダッツ、ワトソンズといったアジア圏ではおなじみのチェーンを対象として、アップルペイを利用すれば50%オフ、さらに紐づけた銀行カードの付与ポイントも最高50倍という大盤振る舞いだった。
キャンペーン初日は、どの店舗も長い行列ができて大盛況だったが、50%オフには上限金額や先着数などの制限があったため、数日後には優待が終わってしまい店舗はいつもの風景に戻ってしまった。キャンペーン後のアップルペイ利用率も、キャンペーン以前の水準に戻ってしまった。
つまり、優待を得るためだけにアップルペイを使い、終わったらアリペイなどに戻ってしまったのだ。複数のメディアが対象店舗に利用率の変化の数字を公開するよう求めているが、応じたチェーンは皆無だ。
中国のメディアは「キャンペーンは無残な失敗に終わった」「アップルペイは1年遅かった。もうアップルが座る椅子は用意されていない」と厳しい論評を加えた。
日本人が好きなのはプラスチックカード
日本市場での普及率に関する数字らしきものといえば、ローンチ時にクレジットカードのカバー率が80%であったことと、2017年第2四半期決算の発表時のティム・クックCEOの発言がある。この「日本では50万人以上の交通利用者が月間2000万回のアップルペイを使っている」という発言は、50万人が月20日通勤するという計算に基づくもので、決済利用については明らかに語られておらず控えめな数字だ。スイカ発行枚数6398万枚、モバイルスイカ会員数444万人に比べると、まだ小さな数字と言えるだろう(2017年7月JR東日本ファクトシートより)。
その理由として、よく「日本人は現金が好き」「若者しか電子決済を利用しない」ということが言われるが、これはどちらも間違った認識かもしれない。
電子マネー推進検討会のアンケート調査によると、おサイフケータイ対応スマホ所有者のうち、おサイフケータイ機能を使っている人は27%で、なんと52%はカード式の電子マネーを使っているのだ。自分のスマホに決済機能があるのに、プラスチックカードを使っている。つまり「現金が好き」ではなく、どうも「プラスチックカードが好き」のようだ。
さらに驚くのは年齢別のアンケート調査だ。スマホ決済をもっとも利用しているのは40代の男性で、数値は小さいが女性でもっとも使っているのは40代だ。意外なことに10代はプラスチックカード利用者が圧倒的に多い。つまり、スマホ決済は私のようなオッさんがいちばんよく使っているのだ。
別の統計でも同じことが示されている。総務省の「家計消費状況調査年報(平成28年)」によると、電子マネー保有世帯は48・7%、利用世帯は40・4%。そして、毎月の平均利用額を見ると50代がもっとも多い。こちらでもオッさんが主役だ。
それでも電子決済は健全に成長している
正確な個人消費の電子決済比率は不明なものの、家計消費支出の平均が月24万円前後であるから電子マネー支出は7%程度になる。この他、クレジットカードなどもあるからおそらく10%前後だろう。
一方で、電子決済がもっとも進んでいるのは文句なく中国で、統計によると非ネット対面決済額の42%がスマホ決済になっている(iResearch社の推計)。しかも、人口の半分が住む農村部ではスマホ決済はほとんど使われていないから、大都市に限れば70%か80%に達しているはずだ。実際、中国の大都市では、お札や硬貨が発行停止になったのかと思うほど見かけなくなっている。現金を持ち歩かない人がすでに珍しくない。
日本の10%前後という数字は、中国に比べると見劣りも甚だしい数字だ。しかし、私はこの日本の状況は素晴らしいと感じた。なぜなら、読者も推察されるように日本の電子マネーはコンビニや大手スーパーが拠点となって、電子マネーカードが全国津々浦々に広がっているからだ。中国のような都市と農村の格差はほとんどなく、日本の電子決済は歩みは緩やかなものの、均衡的に健康的な成長をしている。これは他国に対しても自慢できることのように思う。
この日本の状況を考えると、アップルペイの普及が緩やかなのも、身の丈に合わせた成長をしているだけで健康的なのもかもしれない。スイカは交通カードだけでなく、自販機、エキナカ、エキチカ店舗への利用も広がっている。さらに海外進出も本格化し始めている。アップルペイがスイカとタッグを組んだことで、スイカの広がりに合わせて、アップルペイも成長していく。アップルはそもそもそういう絵を描いていたのかもしれない。
さらに、ビューマークの付いたスイカをアップルペイに入れるとオートチャージ機能が自動的に使えるようになる。対応できるクレジットカードは限られるが、オートチャージ機能が使えるだけでもかなり便利になる。まだアップルペイ化していない人は、とりあえず入れてみてオートチャージとiPhoneだけで電車やバスに乗れる快適さを体感してみていただきたい。どうしても嫌だったら、簡単に払い戻し(削除)もできる。
クレジットカードをアップルペイに入れて、使う前にいちいち「この店はアップルペイが使えるのか」と確認をしてから使うよりも、「iPhoneがスイカになる」という感覚で自販機、エキナカ、エキチカと使い道を広げるほうがずっと自然だ。アップルが日本でのアップルペイパートナーとしてJR東日本を選んだのは、間違っていなかったと思う。
おサイフケータイ対応のスマートフォン所有者の中で、51.1%の人はスマホに電子マネー機能があるのにそれを使わず、プラスチックカードの電子マネーを使っている。つまり、日本人はカードによる少額決済を好む傾向が見られる。電子マネー推進検討会資料より作成。【URL】http://www.felicanetworks.co.jp/
世帯別の電子マネー利用世帯の平均利用額を見ると、電子マネーを使っているのは50代で、月1万8717円。個人調査ではなく世帯調査であり、年齢は世帯主の年齢であることに注意をする必要があるが、ここでも電子マネーは中高年が使っていることがわかる。総務省「家計消費状況調査年報(平成28年)」より作成
意外なことに、おサイフケータイ対応のスマートフォン所有者の中で、男女ともにもっともおサイフケータイを使っているのは40代。むしろ、若者ほどプラスチックカードを使う傾向にある。習慣の問題はあるが、少なくとも「スマホ決済は若い人が使うもの」というイメージは間違っているようだ。電子マネー推進検討会資料より作成。【URL】http://www.felicanetworks.co.jp/
文●牧野武文
フリーライター。どの国にも商店は現金支払いを拒否できないという法律があるが、デンマークは今年からガソリンスタンドなどの一部の商店で、この現金受入義務を緩和する法律を施行するという。無現金化社会への道が始まろうとしている。