MacやiPhoneの分解レポートで知られるカリフォルニア州のベンチャー企業「iFixit」。この度、同社のCEOカイル・ウィーンズ氏が来日し、全国各所のイベントで登壇した。本誌でも、iFixitが持つ理念や未来へのビジョンなどについて話を聞いてみた。
修理の仕方を学ぼう
アメリカ・カリフォルニア州に拠点を構える「iFixit」は、スマートフォンやPCなどの新製品が発表されると、すぐに分解(ティアダウン)レポートを掲載することでおなじみのベンチャー企業だ。読者の中にも、アップル新製品発売直後に同社のサイトをチェックする習慣を持っている人も多くいるだろう。
しかし、この「分解」という行為はあくまで副産物だ。iFixitはエンドユーザへの修理情報(マニュアル)の提供、そしてパーツや修理工具の販売を行うことを主な活動としている。その認知は(特に日本国内では)まだ少ないのが現状だ。
今回、本誌ではCEOであるカイル・ウィーンズ氏の来日に際し、iFixitという会社が持つ理念や目的、実際に行われている活動内容、そして「修理」という分野に関する知見や成長の展望など、非常に広範囲なトピックについて直接話を伺うことができた。
iFixitのCEOであるカイル・ウィーンズ氏。この度の来日ではあらゆる場所で登壇、iFixitが持つ理念について語った。【URL】https://jp.ifixit.com
そもそもアップル製品に限らず、電子デバイスの修理を個人で行うのはあまりにも困難だ。その原因として、カイル氏は「“容易に分解できない構造”と〝修理に対するメーカーの姿勢”にある」と指摘する。最近の電子デバイスは、ネジの代わりに圧着剤(ボンドテープ)などを使用して薄型化する筐体の強度を保とうとする設計も多く、一度組み上げてしまうと分解が困難な機種も多い。
加えて、内蔵するリチウムバッテリの容量が増えていることもあり、エンドユーザが取り扱いを間違えると大きな事故につながることがある。そのため、分解できる機種でも「セキュリティビット」と呼ばれる特殊な形状をしたネジが採用されることが多く、工具の入手が難しい。
さらに、ほとんどのメーカーは修理マニュアルを外部に対して非公開にしている。これによって「正しい修理」は、パートナー契約を結んだ一部のサービスプロバイダしか行うことができないし、品質が保証された純正品をパーツ単位で個人向けに提供されているものはほとんどないのが現状だ。
こういった環境をカイル氏は「非合理かつ不経済だ」と感じ、iFixitを設立したという。公式サイトでは単なる分解手順の解説だけでなく、修理の手順、パーツや工具といったものの販売まで提供している。これは「ユーザ自身が修理することで、コストを抑えられるだけでなく、エンジニアリングを学ぶこともできる」という考えに基づいているからだという。
つまり、同社の理念は「教育」を主とし、エンドユーザ自身が修理をスキルを身につけてもらうために活動しているのだ。問題解決を通じてコミュニティを育てる場としてWEBサイト内に用意された「アンサーフォーラム」や英文のオリジナル記事を各国語向けに翻訳するボランティア機能なども、これらを通じて修理やトラブルシュートの手順を学び、自己解決できるスキルを身につけることができる環境としては良い教材だといえるだろう。
iFixitが自社で販売している「Pro Tech Toolkit」(59ドル95セント)。さまざまなデバイスに対応したリペア道具がセットになっている。【URL】https://jp.ifixit.com/Store/Tools/Pro-Tech-Toolkit/IF145-307
エコロジーにも結びつく
その一方で、不安もある。アップルを含む多くのメーカーは、非正規での修理を行ったデバイスに関してはサポートを行わない(ないし本来は保証期間であっても有償でのサービスになる)ポリシーを持っているところが多い。こういった対応はiFixitの活動とは相反するものではないのか。
しかし、カイル氏はこうしたメーカーの対応は世情とは逆だと指摘する。現在、ドイツや北欧では自分たちで修理を行う「リペア・エコノミクス」と呼ばれるムーブメントが起き始めている。国単位で見ても、2016年にスウェーデンでは修理への減税を発表、そしてアメリカでは現在個人が修理する権利を保証する「フェアリペア」法案が12の州で審議されているという。
こういった流れの根底にあるのは「エコロジー」の考え方だ。昨今、メーカーは購入デバイスに対して平均して5~7年程度しか修理サービスを提供していない。パーツが提供されなくなってしまえば、どんな小さな故障も直すことができない。エンドユーザは使い続けることを諦め、新しい製品を買い直す。古いものは捨てるしかないのだ。
カイル氏が変えたいのは、まさにここだ。デバイスを修理してより長く使うことは、メーカー主導でエンドユーザは従うしかなった環境を改善すること。さらに、自ら修理して長くデバイスを使うことは、地球資源の節約につながり、世の中への大きな貢献にもなる。そのため、iFixitはメーカーの代わりに修理マニュアルを提供し、デバイスを「生きながらえさせる」道具や部品を提供し続けるビジネスを始めたのだという。
エコロジーがトレンドとはいえ、メーカーが黙ってその流れに乗ってくるのだろうか。たとえば、構造をもっと複雑にして修理そのもののハードルを上げてくるといった対策を取ってくる可能性はないのだろうか。これに対してもカイル氏は「大丈夫だ」と答えてくれた。
たとえば、初代のiPhoneはネジは簡単に外せるものの、ケースを壊さずに開けるのは極めて困難。バッテリも溶接されているため、極めて修理に不向きな設計だった(iFixitの修理難易度では「2」)。一方で、最新のiPhone 6sや7シリーズなどでは、ネジの種類こそ複雑になったものの、ディスプレイやカメラ、タップティックエンジン、スピーカ、バッテリなど数多くの部分がモジュールとなっており、容易に交換できるようになった(修理難易度は「7」)。そしてこれは、iPhoneだけでなくMacにも同じことがいえるのだという。
この変化は「アップルも修理ビジネスで多大な売上を作り出しているからだ」とカイル氏は指摘する。故障のたびにホールユニット交換するよりもコストが低く、何よりエンドユーザも「この値段だったら修理しよう」となるケースも増える。つまり、製品は進化すればするほど、同時に修理しやすい設計になる。これはメーカー自身にもメリットがあることなのだ。
世の中の流れや価値観は常に変わっていく。ただ、その中でDIY(Do It Yourself)という傾向は確実にメインストリームになりつつあり、そこに「修理」というカテゴリが大きな存在感を増していく時代が間近に迫っているのは間違いない。15年も前からこの時代の流れを見つめてきたカイル氏は、これからもその未来をiFixitとともに切り開いていくだろう。
iFixitのリペアマニフェスト。長期間デバイスを使うことは、エコにつながるだけでなく、愛着や所有欲を満たすといった効果も期待できる。そのためにも、所有しているデバイスを修理する権利がユーザにあるべきで、リペアを通じてエンジニアリングを学び、最終的に創造性を高めるクリエイティブな行為につながるという。この考え方が、同社のすべての活動のベースになっている。
iFixitは2017年6月に環境保護団体「Greenpeace(グリーンピース)」からの依頼を受け、AppleやSAMSUNG、ソニーなど17社から発売されている44の人気機種(スマートフォン、タブレット、コンピュータ)の分解難易度をランキング分けしたレポートを作成。この中にはチャート表も掲載されているが、シェアの高いメーカーほど製品の分解難易度が高い傾向にあるのがわかる。 【URL】https://ifixit.org/blog/9212
iFixitはローカライズにも力を入れている。日本語化された内容でチェックしたい場合には、「jp.ifixit.com」にアクセスすることで多くの情報を日本語で読むことが可能だ。ただし、この15年で蓄積された情報は膨大で翻訳が追いついていないのが現状。そこでiFixitは翻訳のボランティアを募っており、コミュニティの力で情報共有を助け合うスタイルをとっている。