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MacのGPUの今後を左右する「MAX-Q Design」のチカラ

著者: 今井隆

MacのGPUの今後を左右する「MAX-Q Design」のチカラ

nVIDIA社は今年5月、台北Computexにて新しいモバイルグラフィックスの設計アプローチ「MAX-Q Design」を発表した。MAX-Q Designを一言で言えば、従来のゲーミングノートPCと比較して、その厚さを3分の1、性能は最大3倍に引き上げようというものだ。

性能より効率を優先

従来のハイエンドGPUはその圧倒的な性能と引き替えに、100Wを超える膨大な消費電力と、これに伴う大量の廃熱を処理することを設計者に求めてきた。特にゲーミングPCでは搭載するGPUの処理性能がダイレクトにアプリケーションの操作性や視認性に直結するため、ユーザは消費電力や発熱量以上にGPUの性能を追い求め、GPUベンダーはその期待に応えるべく性能向上に注力してきた経緯がある。

一方で消費電力や熱処理能力に限界のあるノートパソコン向けには、コアユニット数や動作クロックを抑えたモバイル向けのGPUラインアップが用意され、プラットフォームに応じて性能と消費電力のバランスを見極めるのが従来のアプローチだった。この方法ではたとえばMacBookエアのような薄型モバイルノートには相応のGPUしか搭載ができず、ゲーミングPCとしての高いグラフィック性能を求めることは難しかった。

これに対して、nVIDIAは「MAX-Qデザイン(MAX-Q Design)」で従来とは大きく異なる新しいアプローチを採用した。MAX-Qに対応するGPUはデスクトップ向けGPUの中でもハイエンドカテゴリーのラインアップとなるジーフォース(GeForce) GTX1080/同1070/同1060の3モデルで、TDPは165W/150W/120Wと非常に大電力を必要とするGPUだ。このようなハイエンドGPUは本来ノートPCに搭載すること自体が困難だが、それを可能にするのがMAX-Qデザインの神髄だ。

MAX-Qデザインの構成要素

MAX-Qデザインは次に述べる4つの技術の組み合わせによって実現されている。1つ目はピーク性能に優れた強力なハイエンドGPU、2つ目はアプリケーション(ゲーム)に最適化された設定、3つ目は冷却システムの改良、4つ目が次世代の高効率電源回路だ。

従来の外部GPUでは、一般的に性能優先のチューニングが施されている。GPUの性能は動作クロックが高いほどそのパフォーマンスが向上するが、動作クロック(性能)と消費電力(発熱量)は必ずしもリニアに相関するわけではない。ある程度までは性能の伸びにほぼ連動して消費電力も増大していくが、そのカーブはやがて消費電力の増大に対して得られる性能ゲインが少なくなっていき、その先ではほぼ頭打ちになる指数関数的なカーブを描く。一般的なGPUでは少しでも高い処理性能を求めるべく、より処理性能にフォーカスしてそのバランスがチューニングされているものが多かったが、MAX-Qデザインではエネルギー効率を最優先にしたチューニングが施されている。その性能と消費電力のバランスが取れたもっともエネルギー効率に優れた領域をnVIDIAは「MAX-Q」と呼んでおり、この領域を積極的に利用することで高いパフォーマンスと低い消費電力を両立し、優れたエネルギー効率を発揮させることがMAX-Qデザインの大きな特徴だ。

MAX-Q Designを実現する4つの構成要素。ピーク効率に優れた強力なGPU、アプリケーション(ゲーム)に最適化された設定、冷却システムの改良、次世代の高効率電源回路、で構成される。

MAX-Q Designでは、従来の半分程度の厚さ(20mm以下)のモバイルノートパソコンにハイエンドのGPUを搭載することを可能にすることで、従来の3倍以上のGPU性能を獲得するとしている。

MAX-Qとは、エネルギー効率が最大になるポイントのこと。MAX-Q Designでは性能・エネルギー効率・静音性がもっともバランスするポイントにチューニングを行う。

そのMAX-Qデザインを実現するうえで欠かせないのが、アプリケーション(ゲーム)での設定だ。それぞれのアプリケーションが求めるGPUパワーや機能に応じて最適な設定を行うことで、スムースなアプリケーション動作と高いエネルギー効率のバランスを実現することが可能になる。アプリケーション(ゲーム)ではそれぞれのシーンやアクションに応じてGPU負荷が大きく変動するが、平均的な消費電力を低く抑えながら必要なシーンでは高い性能を得られるようにダイナミックに性能と電力のバランスをチューニングすることが求められるわけだ。

さらにMAX-Qデザインを実現するためのベース技術として、放熱効率に優れた冷却システムと、応答性に優れた高効率な電源回路の採用が求められている。本来であればTDP100W超クラスのGPUを薄型ノートPCで動作させるために、放熱設計やコア電源回路にも工夫が求められる。その結果MAX-Q認証を受けたPCの騒音レベルは40dBA以下と非常に低く抑えられており、「Whisper Mode」と呼ばれる静音技術を併用することでさらなる静音動作も可能だ。ただし、MAX-Qデザインを謳ううえで具体的なレギュレーションの指定があるわけではなく、実際にはPCを設計するパートナー企業とnVIDIAが共同でチューニングを行い、MAX-Qデザインとして認定するか否かを都度決めていく方針だという。

MAX-Qデザインを採用したジーフォースGTX 1080搭載PCの性能は、下位モデルであるジーフォースGTX 1060を搭載する一般的な(MAX-Qデザインではない)ノートPCと比べて、約2倍の処理性能をたたき出すという。その一方で多くのゲーミングノートPCが50dBA以上の(冷却ファン)騒音を発生するのに対して、MAX-Qデザイン採用のPCでは先にも述べたとおり40dBA以下のノイズレベルに抑えられており、静音ノートPCでもパワフルなGPUの搭載を可能としている。

MAX-Q Designに対応するGeForce GTX 1080は、本来PCI Expressスロットを2スロット占有するデスクトップ向けハイエンドGPUで、その発熱量は最大165Wと非常に大きい。

MAX-Q Designの実例。ASUS社のゲーミングノートPC「ZEPHYRUS」GX501。厚さ18mm以下、騒音レベル39dBAの薄型ボディに、第7世代Core iプロセッサとGeForce GTX 1080を搭載している(図版はすべてhttps://www.geforce.com/より)。

新しいGPUの方向性

従来の外付GPUは、その性能を限界まで引き出すことを目標として設計され、PCにはその代償として強力な冷却システムと大電力の供給を要求してきた。これはインテルのプロセッサがCPU内にGPU機能を統合する中で、外付GPUの生き残り戦略として必要不可欠だったのかもしれない。その結果として3DゲームやVR体験をリッチに楽しめるゲーミングノートは、分厚くて大きく冷却ファンが唸るものとなった。だが、今回nVIDIAはMAX-Qデザインで、外付GPUにも性能優先以外の選択肢があることを証明して見せた。ハイエンドクラスのGPUを搭載しても、MacBookプロクラスの厚さ18ミリの薄型筐体に設計できることを指し示したのだ。

今のところライバルであるAMD社はこれに対抗する姿勢を見せていない。同社は現在デスクトップ向けとノート向けのGPUを作り分ける戦略を採っており、MacBookプロやiMacに採用されているラデオンプロ(Radeon Pro)は主にノート向けの省電力GPUだ。MacBookプロに搭載されるラデオンプロ550/555/560はさらにモバイル向けのチューニングで、演算ユニット数やメモリ帯域などが大きく制限されている。一方でiMacプロに搭載されるラデオンベガ(Radeon VEGA)は新世代のデスクトップ向けGPUで、MacBookプロの搭載するラデオンプロとは桁違いの性能を持つ。

このようなカテゴリー別のチューニングを施したラインアップは従来の外部GPUの常だったが、MAX-Qデザインはこの常識をぶち壊すだけのインパクトがある技術だ。最高性能を持つGPUを設定と絶妙な電源制御と冷却制御を組み合わせて省電力で動作させるMAX-Qデザインは、新しい時代のGPUのあり方を指し示しているのかもしれない。

おりしもアップルはまもなくリリースされる次期OS「macOSハイシエラ(High Sierra)」およびiOS 11でAR(拡張現実)/VR(仮想現実)のフレームワークをシステムレベルで組み込んだ。このことは今後、MacやiOSデバイスに求められるGPU処理能力が非常にハイレベルになることを示唆している。MAX-Qデザインのような高いレベルで性能と省電力をバランスさせる技術は、今後ますます重要になることは間違いないだろう。

iMac Proに搭載されるRadeon VEGAは新世代のデスクトップ向けGPUで、従来のMacに搭載されてきたGPUとは一線を画す性能を持つ。 photo●apple.com

WWDC2017の基調講演後に開かれた展示イベントでは、macOS High Sierraを搭載した最新MacBook Proを展示し、AR(拡張現実)/VR(仮想現実)のパフォーマンスの高さを謳っていたことからも、今後GPUがMacにおいても性能の決め手になることは間違いない。photo●松村太郎