今年のWWDC 2017へ学生として招待された関西学院高等部3年生の佐々木雄司さん。初めて参加したWWDCはどのようなイベントだったのか。高校生の視点から振り返ってもらった。
いざ憧れの舞台へ
僕は、小学生のときからソフトウェアを開発している。高校では、数理科学部というクラブ活動に所属しており、アプリ開発や数学研究を行う。この部活で、U-22プログラミング・コンテストに二年連続入賞。総務省主催のSTAT-DASHグランプリ2016では総務大臣賞を受賞することができた。そのほかにも、校内外に向けたプログラミング講座を実施しており、この講座を受講した林大翔さんも今回WWDC2017のスカラーシップを獲得した。
WWDCのスカラーシップ制度で招待されるには、自分が作ったアプリを送って応募する必要があり、今年度はスウィフトプレイグラウンズ(Swift Playgrounds)で動くアプリを作るというのが条件だった。僕が作ったのは、iPadで紙相撲をするゲーム。応募を決めたのが締め切り直前で時間がなかったこともあり、高度な技術を使うことよりも、初心者のためのサンプルを作ることに重きをおいた。アップルはスウィフトプレイグラウンズを教育用途に位置づけているため、そんな僕の開発方針を評価してくれたのではないかと思う。構想から4時間という短い時間だったが、評価されてスカラーシップを獲得しWWDCに参加できたことは素直にとてもうれしい。
皆さんも知っているように、WWDCは世界最大規模の開発者イベントの1つで、今年のように新製品が発表されることもある。だから、僕も毎年楽しみにしていた。そしてストリーミング放送ではなく、いつか現地で体験できたらなぁと思っていた。イベントでどのような技術が発表され、アプリ開発の幅がどれだけ広がるかを想像するだけで、胸が高鳴る思いだった。また、実際に参加するとアップルのエンジニアと直接話ができるということを聞いていた。日本ではそのような機会はなかなかないため、いつか参加してアプリ開発に対する知見を広げたいと思っていたのだ。
初めてわかったこと
正直なところ、実際に参加するまではWWDCの雰囲気についてはよくわかっていなかったが、実際に参加してみたことで、毎年このイベントから新たなアプリ開発の潮流が生まれることを肌で感じることができた。
参加して得られるものはそれだけではない。WWDCの一番の良さはアプリ開発者とアップルのエンジニアとが直接話せる点だ。会場には「Engineer」と書かれた揃いのTシャツを着たエンジニアがいたるところにいて気軽に話かけられる。僕のようなスカラーシップの参加者には開幕前日にも自由に話せる機会が設けられていた。
僕が話したエンジニアは、メールアプリやメッセージアプリ、Xcodeなどアップルが用意したアプリを実際に作っている人たち。彼らから直接意見を聞いたり、質問した経験はとても貴重だ。ここでの会話から、公式プログラミングガイドにも載っていない、アップルの製品に対する考え方やこれからのアプリのあり方などを学ぶことができた。たとえば、外部機器とiPhoneの接続方法について。私の拙い英語でも親切に話を聞いてくれて、アイデアをくれた。
さらに、会場に来ている他の開発者たちとの意見交換も興味深かった。WWDCには世界中からさまざまな人が集まっていて、作っているものも考え方も多種多様、共通点といえば全員Macを持ち歩いていることくらい。そんな開発者の中でも特に、最高齢の82歳で参加していた日本人開発者・若宮正子さんと話をさせていただいたときには衝撃を受けた。「プログラミングで何をつくるかを考えるのではなく、作りたいものがあるからプログラミングを学ぶのが重要」だという。私も以前から同じように思っていたが、80歳を超えてもなお、ものづくりに面白さを見出し、そのために学ぼうとする姿勢に心を動かされた。いつまでも彼女のような創作意欲を持ち続けたいと思う。
今年のアップルの狙い
WWDC開催中の5日間は、アップルの思想について考えるところが多かった。今回の発表からは、幅広い層の開発者が高度な技術を使えるようにしようというアップルの姿勢が感じられる。特に僕が注目したのは機械学習とゲーム関連の技術だ。
機械学習分野の技術としては、「コアML(CoreML)」というフレームワークが提供されるようになる。これは、学習自体をサポートするのではなく、学習したモデルの利用をサポートするというのがポイントだ。これまでは機械学習にはプログラミングのほかにそれ専門の知識が必要だったが、コアMLにより学習済みのモデルをプログラミングの知識さえあれば活用できるようになる。これからは、機械学習に詳しい人がモデルを作り、それを幅広い経験値のプログラマーが活用していくということも増えるだろう。
ゲーム関連では、新デバイス、新技術の両面で力が入っていたように思えた。ARKitは、簡単なプログラムでアプリにAR技術を利用できるようにしている。僕は、ARKitを通じて気軽にAR技術を用いたアプリを作ってみたいと思うようになった。利用の気軽さが、ARの新たな使い道を見つけることにもつながってくるように思う。
どちらの技術も、アップルが他社と比べて早い段階で採用したというわけではない。むしろ、出遅れているという意見があるかもしれない。しかし僕は、これらの技術がある程度熟した段階で、あらゆる開発者が簡単に利用できるようにしたという点を評価すべきだと思う。このことは、開発者の裾野を広げることにつながる。スウィフトプレイグラウンズを発表し、プログラミング教育に積極的な姿勢を見せたことと一貫した姿勢だ。アップルは、誰でも自分の必要なものを自分でプログラムできるようになる社会を目指しているのかもしれない。
最新で最高の環境
基調講演の冒頭で、ティム・クックCEOはiOSの最新OS利用率は86%に達すると述べていた。ここで、7%の端末しか最新版にアップデートされていないアンドロイドに比べ、iOSの開発者は最新版だけに対応すればよいので楽だということで笑いを誘っていた。しかし、最新版普及率の高さが示すアップルのすごさはそれだけでないと思う。ここでもっとも重要なのはiOS含め、アップルデバイスのアプリ開発者は常に最新の技術を使えるということだ。
今回の目玉として発表されたコアMLやARKitなどの技術には眼を見張った。ARKitに関していえば、今後のARアプリ開発を一気に加速させることになると思う。これまでのARは、雑誌などに印刷されたマーカーに合わせて表示するものや、単に背景にカメラの画像を表示するだけのものが多かった。ARKitを使えば多くの開発者が、まるで目の前に物体が存在するかのような像を作り出せるようになる。
どんなに素晴らしい技術をOSに統合しても、ユーザが最新のOSを利用しなければ、その技術は普及しない。その点、アップルは最新OS利用率が高いので最新の技術を惜しみなくアプリ開発で使うことができる。新しいOSと新技術を使ったアプリとで最先端の技術を消費者に届け続ける。このことによって、アップルはITの潮流を生み出すプラットフォームになっているのではないかと思う。