モバイルデバイスを革新したiPhoneが電話を装ったようにHomePodはHi-Fiオーディオの皮を被ったAIホームデバイスだ
ホームポッドの2つの顔
WWDC 2017のキーノートの最後に公開されたホームポッド(HomePod)は、SiriベースのAI音声応答機能付きHi-Fiスピーカである。アップルは、これまでもiPod、イヤーポッズ(EarPods)、エアポッズ(AirPods)のように、音楽系の自社製品に“Pod”を含める命名を行い、その前に冠された文字や単語が、対象とする市場や用途との関係性を表していた。すなわち、iPodは個人ユーザ向けのデジタル音楽プレーヤ、イヤーポッズはインイヤー型の音楽用ステレオイヤフォン、エアポッズはブルートゥース対応のワイヤレスイヤフォンを意味している。
この命名法に則ったホームポッドは、まさに家庭用のオーディオスピーカということになる。
同社は、2006年にiPod Hi-Fiという名のアンプ内蔵オーディオスピーカを発売したこともあり、この分野の製品をリリースすること自体は珍しくない。しかし、過去のスピーカ製品が単なる音の出口だったのに対し、ホームポッドはそれ自身が1つのコンピュータシステムであるという点が大きく異なっている。
AI対応のスピーカ型デバイスを「スマートスピーカ」と呼ぶが、他の同種製品の倍以上にあたる349ドルという価格設定のホームポッドは「アップル流の高級スマートスピーカ」というべき新製品なのだ。カラーバリエーションはホワイトとスペースグレーの2色が用意されるが、コンパクトとはいえそれなりにボリューム感のあるフォルムゆえ、シンプルな無彩色のカラーは、インテリアの中で主張しすぎないように選択されたものと考えられる。
表向き、アップルはホームポッドの高音質オーディオシステムとしての側面を強調し、キーノート内でも「ホームミュージックを再発明する」という言葉で、それを表した。これは、iPhoneの発表時に「電話を再発明する」というキャッチが使われたことを思い出させる。だが、実際のiPhoneは「携帯電話の皮を被ったインターネットデバイス」であった。これと同じように、ホームポッドも「ホームオーディオの皮を被ったスマートスピーカ」であって、その本当の狙いや価値は、音声応答によって利用できるAIホームデバイスという点にあるといってよい。
現実のアメリカのスマートスピーカ市場では、アマゾンの「エコー(Echo)」シリーズやグーグルの「グーグル・ホーム(Google Home)」が先行しており、特に前者は大きなシェアを握っている。そこでアップルはブランドと技術力を活かして、直接競合しにくい価格設定と製品の性格付けによって、後発ながら独自のポジションを築こうとする戦略に出たといえるのだ。
ホームポッドでできること
ホームポッドの機能や家庭における役割は、以下のようなものだ。
●エアポッズ同様、iPhoneを近づけるだけで利用に必要な設定が速やかに完了
●Siriに対するリクエストに応じてアップルミュージックにアクセスし、ビーツ1ラジオ(Beats 1 Radio)や目的の音楽、プレイリストなどを高音質で再生
●アイメッセージ(iMessage)を介したメッセージの送受信
●ニュースやスポーツ、天気のアップデートの受信と読み上げ
●ホームキット(HomeKit)に対応したスマートホームデバイスの操作
●操作対象の例としては、照明のオン/オフ、ブラインドの昇降、エアコンの操作、玄関などの施錠/開錠、ホームセキュリティシステムの管理など。
こうした機能性は、アップルTVのSiriでできることと重複する部分もある。しかし、アップルTVではSiriリモートのボタンを押しながらリクエストする必要があるのに対し、ホームポッドでは「Hey Siri」と呼びかけるだけで完全にハンズフリーで利用できるというスマートスピーカの作法を踏襲している。この違いは小さいように思えて、その実、根本から異なるユーザ体験をもたらす大きな差なのだ。
スピーク&デレゲート時代の到来
ホームポッドが目指す世界は、’80年代後半から’90年代にかけてコンピュータ業界が注目していた情報環境の進化に関するビジョンを思い起こさせる。
それは、情報機器のインターフェイスが、「メモライズ&タイプ(コマンドを記憶し、キーボードから打ち込む)」から「ポイント&クリック(マウスなどのポインティングデバイスでボタンやメニューを指してクリックする)」の時代を経て、最終的には「スピーク&デレゲート(システムに話しかけるだけで、エージェント機能が処理を代行する)」になるというものだった。
もちろん、このビジョンはSiriの技術そのものにも当てはまるが、人間は選択肢がある場合には、慣れ親しんだほうを選びがちだ。そのため、iPhoneやiPad、あるいはアップルTV、MacでのSiriの利用は、どうしても限定的なものになる。また、機械に対して話しかけるのは気恥ずかしいという声も聞かれる。
ところが、スマートスピーカには、そもそも声以外で操作する余地がほとんどない。この割り切りが、機械に話しかける行為を無意識に行えるユーザを育て、少なくともホームデバイスに関しては真のスピーク&デレゲート時代をもたらしつつある。
ただし、そこでの覇者は現時点ではアマゾンだ。アップルは、ホームポッドが発売される12月の時点で、やっとスマートスピーカ分野のスタート地点に立つことになる。そこから、かつてのスマートフォンの覇者ブラックベリー(BlackBerry)を打ち破ったiPhoneのような快進撃を見せられるかは、製品リリースまでの熟成とホームキット対応機器の充実、そして発売後の速やかな多言語対応と販売地域の拡大にかかっている。