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テクノロジー導入は出発点であってゴールではない

著者: 林信行

テクノロジー導入は出発点であってゴールではない

話題の「働き方改革」。問題意識を持つ人々が「今の日本の働き方、ここが問題だ」と指摘し、見聞きした問題意識を持つ人が「そのとおり! 何とかしなければ」と共感。でも、1日経って職場に戻ると、すべてを忘れ、何も変わらないまま昨日の仕事の続きに埋もれてしまう。これが日本の現状だと思う。ここ1年くらいでなく、ここ20年くらいの現状だ。

中には、その殻を突き破り行動を起こし、とりあえず現状を打破できそうな新しい改革案やツールを導入する人もいる。

しばらくはそれがうまく回り業務時間にゆとりが生まれたり、社員同士のコミュニケーションが増え、改善されたような雰囲気が漂う。しかし、数カ月もすると、いつの間にか以前と同じ空気が流れ、クリエイティブさに欠けた「昨日の続き」仕事に浸かる日々に陥っていたことに気づかされる。

原因は「何がやりたいのか」と「そのために何が課題になっているか」を見誤っていることではないかと思う。

たとえば大手広告代理店で起きた不幸に端を発した就業時間短縮化の流れ。仕事量が変わらないのに、就業時間だけ短縮したら持ち帰る仕事が増えてかえって大変になるだけだ。もし、本当に社員たちの人間性を大事にしたいなら、より本質的な解決はそもそもの社員一人あたりの仕事の負担を減らすことだろう。そのほうが一つ一つの仕事のクオリティも高められ、会社の価値向上にもつながる。

同様に新たな社内コミュニケーションツールの導入はいいが、それと並行して電子メールやグループウェアなど既存のツールの併用も多いと、社員はメッセージの確認場所が増えてかえって見逃しも増える。

「働き方改革」でテクノロジーが役に立つ場面もあるだろう。しかし、実践するにあたっては「導入したテクノロジーが、ちゃんと期待どおりの変化をもたらしたかの評価」は必須だし、正しい評価をするためには「そのテクノロジーでどんな課題を解決したいかの見極め」が必要だ。さらに、より本質的な課題を見つけ出すには「そもそも会社がどのようになることが理想なのか」の理想像をしっかり話し合い検討しておく必要がある。

実践する順番としては前に書いたのとは逆で①理想像を描く、②実現のうえでの課題を洗い出す、③ソリューションを導入、④ソリューションが課題解決に本当につながっているかの評価、⑤評価に基づいたソリューションの修正となり、その先は④と⑤の繰り返しになる。それで状況が改善されないようであれば、そもそものKPI、つまり重要業績評価指標を見直すべきだ。

多くの企業がソリューションの評価まではするが、その指標の評価まではしていない。

たとえば社内SNSを導入して、交流が盛んになったかの評価(つまりKPI)をメッセージ数にしたとしよう。数が増えたので社内交流が進んだと思っていたら、実は短文しか送れないから一言で要件を伝えられず、かえって意思疎通がしにくくなりメッセージ量が増えていたのが原因(意思疎通の量は増えても質は下がっていた)といったことがよくあるのだ。

職場において導入されるテクノロジーは、多くの現場社員たちにとっては自分ではどうにも変えることができない上から降ってきた土台みたいなもので、一度それが用意されてしまうと、社員たちはその上で仕事を積み上げていくことになる。だが、そもそもの土台の形や大きさ、置く場所が間違っていたらいくら社員が頑張って仕事を積み上げて行っても、本来の目的にたどり着けない。それだけに意思決定者には、常に土台を俯瞰して評価し、見直し・修正をかけ続ける責任が伴う。

特に今の世の中では、新たに出てきたテクノロジー(今だとAI)によって土台を置く地盤そのものが変わってしまうことも少なくないので、頻繁な評価が必要だろう。

©Sunny studio

Nobuyuki Hayashi

aka Nobi/デザインエンジニアを育てる教育プログラムを運営するジェームス ダイソン財団理事でグッドデザイン賞審査員。世の中の風景を変えるテクノロジーとデザインを取材し、執筆や講演、コンサルティング活動を通して広げる活動家。主な著書は『iPhoneショック』ほか多数。