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長年のライセンス契約に終止符 アップルが独自GPUを進める理由

著者: 山下洋一

長年のライセンス契約に終止符 アップルが独自GPUを進める理由

グラフィックス技術を独自開発していると長年噂されていたアップル。これまでAプロセッサのGPUコアに採用していた英・イマジネーション・テクノロジーズ(Imagination Technologies)に、同社のIP利用を終了させる計画を通告した。アップルはなぜチップの独自デザインに進むのだろうか。

2年以内の移行を計画

iPhoneやiPadのAプロセッサのようなモバイル向けSoC(システムオンチップ)には、中央処理装置であるCPUコアとグラフィックス処理装置のGPUコアが1つのチップにまとめられている。Aプロセッサのグラフィックス処理能力を長年にわたって支えてきたのが、英・イマジネーション・テクノロジーズ(Imagination Technologies)社のGPUコア「パワーVR」である。モバイルにおけるGPUの重要性を認識していたアップルは、買収も視野に長年にわたってイマジネーションに投資してきた。イマジネーションにとってもアップルは、売上の半分近くを占める最大の顧客でもある。そんな密接な関係に終止符が打たれた。イマジネーションの発表によると、同社のIP(知的財産)の使用を終了させるという旨の通達があった。アップルは独自のGPUデザインに取り組んでおり、今後15カ月~2年の間に登場する製品から移行する計画だ。

アップルのチップ設計能力が高まっているとはいえ、まったく新しいGPUアーキテクチャを構築して世に送り出すのは難しい。モバイル向けのレンダリングに使われる技術の特許を、イマジネーションやアーム(英・ARM社)などが押さえているためだ。イマジネーションは現在のライセンスに代わる新たな特許使用契約に応じる考えを示す一方で、同社の知的財産を侵害するような行為には法的手段に訴える可能性を示唆している。

買収によってATIからAMDへと移ったGPU設計者をヘッドハントするなど、チップ設計者を集める動きから、アップルがGPUコアの独自設計に乗り出したという噂は以前からあった。イマジネーションからも最高執行責任者(COO)のジョン・メトカルフェ氏ほか何人もの技術者がアップルに移っている。

チップレベルから差別化

プロセッサの開発には、時間もコストもかかる。成果だけをライセンス取得して載せたほうが効率的だ。モバイル向けには優れたIPやチップが存在している。それにもかかわらず、なぜアップルは独自のチップ開発に向かうのか。

他社のIPに頼れば、その機能や性能、開発ペースに縛られることになる。かつてサムスンのチップをほぼそのまま使用していた頃のiPhoneは、インテルのCPUを採用するパソコンと同じように中身は普通のスマートフォンだった。それが2012年の「A6」からプロセッサの独自設計を加速させ始めた。CPUコアはアームから命令セットアーキテクチャのみの提供を受け、自社開発のマイクロアーキテクチャのコアを独自の回路設計で作っている。その結果、ここ数年のiPhoneやiPadでは効率的に優れた性能を引き出すAプロセッサがライバルのデバイスに対するユニークな強みとなっている。

GPUコアに関しても、独自開発のメリットがすでにA10フュージョンに現れている。A10はGPU性能が高く評価されているが、実は採用されているパワーVRは前世代から変わっていない。アップルは独自の最適化によって、ライバルを上回る一段の進化を実現した。

GPUは今や2D/3Dグラフィックスやゲームなどを美しく描画するためだけの装置ではない。並列実行性能に優れ、大量のデータを効率よく高速に処理できるため、たとえば、これからの技術として話題の機械学習で力を発揮できる。アップルはプライバシー保護のために、クラウドにユーザデータを吸い上げず、端末内で機械学習処理を行っている。GPUがCPUと同じ消費電力で10倍以上の処理をこなせることを考えれば、人工知能活用においてGPUが果たす役割は大きい。また、アップルの参入が噂されるAR(拡張現実)も、GPUの発展の先にモバイルでの実用が見えてくる。

アップルがコア開発に進むのは、他社のIPに頼っていては手に入らないものを作るため、他社のIPを待っていては到達できない未来を実現するためである。法廷闘争を避けてどのように実現しようとしているのか現時点ではわからないが、独自デザインのGPUコアがアップルにもたらす競争力は大きい。そもそもチップレベルから差別化を図るというのは、インテルCPUを採用するまでアップルが追求していた同社本来の戦略なのだ。

長くCEOを務めてきたホセイン・ヤサイ氏が昨年退任してから不透明感が増していたイマジネーションだったが、今年3月に次世代のパワーVRアーキテクチャ「フューリアン(Furian)」を発表した。電力効率を重視し、今後のVRやARの台頭、そして14ナノメートル以降のプロセスルールを見据えて設計を一新した。

モバイル向け機械学習でグーグルは、ユーザの端末利用に関するデータをトレーニングデータとしてクラウドに吸い上げて解析している。デバイス内で機械学習処理しているアップルは、その点で後れをとると言われているが、4月にグーグルもデバイスで処理する手法に乗り出した。

【URL】https://research.googleblog.com/2017/04/federated-learning-collaborative.html