より実用的なモデルに進化
3月21日に発表された9.7インチの新しいiPadは、実質的にはiPadエア2の後継モデルではあるものの、約3年半ぶりに「iPad」というシンプルなネーミングに改められた。これは12インチのMacBookがそうであるように、もっともスタンダードなモデルに対して与えられる名称だ。
iPadプロとの違いは後述するとして、まずはiPadエア2と比べて何が変わったのかを確認していこう。ユニボディのアルミの外装やカラーバリエーション、正面や背面から見た際のデザインについては共通だが、本体はiPadエア2よりも1.4ミリ厚くなり、Wi-FiモデルもWi-Fi+セルラーモデルもそれぞれ30数グラムの重量増となっている。そのため、手にしたときの印象は初代のiPadエアとほぼ同じレベルだ。
もしこれが「iPadエア3」のような単なるアップデートモデルであったならば退化と見なすこともできるが、新iPadで注目すべきは「薄さ・軽さ」の代わりに、CPUなどのパフォーマンスやバッテリを強化している点だ。つまり、外観上の変更はわずかに留めながら、それよりもスタンダードなモデルに求められる性能のバランスを重視した結果が今回のアップデートといえよう。
そして何より魅力的なのは、最小構成のエントリーモデルで3万7800円(税別)という価格の安さだ。これまででもっとも安価だったiPadエア2の4万4800円と比較すると大幅に値下げされた。また、エントリーモデルでもストレージ容量が32GBと実用的なサイズとなっており、「もっとも人気のiPad」が一段と進化した形だ。
iPadエア2よりやや厚く重く
バッテリ容量の増加で、サイズは169.5×240×7.5ミリ(W×H×D)とiPadエア2の6.1ミリよりもわずかに厚くなっている。それに伴い、重さはWi-Fiモデルで437グラムから469グラム、Wi-Fi+セルラーモデルで444グラムから478グラムへと増加した。わずかだが、この点を残念に思う人も多いだろう。
美しいRetina Display搭載
9.7インチのマルチタッチディスプレイは2048×1536ピクセルのレティナ(Retina)ディスプレイで、iPadエア2を踏襲する。ストレージ容量は32GBと128GBとなっていて、iPadエア2にあった16GBと64GBのモデルはラインアップされていない。
A9チップとM9チップで性能アップ
新iPadのCPUは、 64ビットの「A9」チップと組み込みの「M9」モーションコプロセッサ。iPadエア2と比べて1世代新しくなり、iPadプロの「A9X」とM9コプロセッサの性能に肉薄する性能を持つ。パフォーマンスの向上で高グラフィックスのアプリが快適に動作する。
iOS 10と豊富なアプリ
iOS 10がプリインストールされていて、豊富な標準アプリのほか、130万を超えるアプリが利用できるのもiPadの利点。スプリットビューを用いて同時に2つのアプリを起動して作業することもできる。
カラーバリエーションは3種類
カラーバリエーションはシルバー、ゴールド、スペースグレーの3種類。全体の印象を左右する前面パネルはスペースグレーのみがブラックになっている。なお、iPadプロにあるローズゴールドはラインアップされていない。
プロセッサ
A9チップの採用でプロ並みの能力を実現
新しくなった9.7インチのiPadは、第3世代の64ビットSoC(システムオンチップ)の「A9」を搭載している。これはiPhone 6s/6sプラスと同等で、詳細な仕様は公開されておらず実際の数値と異なる可能性はあるが、クロック周波数は1.85GHz程度でメモリは2GBと推測される。
その性能はiPadミニ4に搭載されている第2世代の「A8」と比べ、公称値でCPU性能が約1.6倍高速、グラフィックス性能は約1.8倍高速となっている。クアッドコアのA9Xチップを搭載した12.9インチのiPadプロには及ばないものの、一昔前のウィンドウズPCを凌駕するパフォーマンスを持っている。
また、チップ内のモーションコプロセッサ「M9」はiPadプロと共通で、加速度センサや電子コンパスなどから得た情報を低消費電力で処理できる。充電ケーブルを接続していないスタンバイ状態でも「ヘイ、シリ」と話しかけてシリ(Siri)を呼び出せるのも、このM9プロセッサがバックグラウンドで動作しているからだ。
グラフィックス性能が向上
CPUとグラフィックス処理性能の向上で、3Dを利用したゲームや2つのアプリを同時起動するスプリットビューなども難なくこなす。
バッテリ
ストレスフリーで最大10時間駆動する
iPadエア2よりも重さが増した新iPadだが、その大きな理由はバッテリ容量のアップだ。スペック的にはiPadエア2が27.3Wh(1時間あたりの電力量)であったのに対して、iPadは32.4Whとなっており、これは初代iPadエアの32.9Whに近くなっていることがわかる。これを外部バッテリで馴染みのあるmAhに換算すると、電圧3.75Vのバッテリセルを利用している前提では、iPadエア2が7280mAhで、iPadでは8640mAhとなり、実に1360mAhと小型のモバイルバッテリ分の容量アップとなる。
とはいえ、公称値での駆動時間が延びたわけではない。Wi-Fi接続時のインターネット利用、ビデオ再生、オーディオ再生は最大10時間のまま。プロセッサの処理能力が向上した分をバッテリの強化で補っていることが窺える。もっとも通常の利用シーンではiPadエア2よりも駆動時間が延びることも考えられるため、より安心して使うことができるメリットのほうが大きい。
最大限ではなく求められる性能を
むやみに駆動時間を延ばすのではなく、ユーザにとって必要な時間で最大限のパフォーマンスを発揮するようにするのがアップル流だ。Wi-Fiは最大866Mbps、セルラー(4G LTE)は最大150Mbpsと快適そのもの。
ディスプレイ
光沢感が増した310万ピクセルの画面
9.7インチの新iPadは、iPadエア2と同じ2048×1536ピクセルの画面解像度を持つレティナディスプレイとなっている。画素密度は264ppiとなり、通常の利用ではピクセルを肉眼で識別することはできないだろう。
とはいえ、iPadエア2のディスプレイとは仕様上の違いもある。たとえば、カバーガラス、タッチセンサ、LCDという3層のパーツを統合して隙間をなくすフルラミネーションディスプレイの表記がカタログから削除され、同時に反射防止コーティングもなくなっている。普通に考えれば画質の低下や外光の写り込みなどが懸念されるが、アップル自身は「美しく明るい」レティナディスプレイであることを強調している。9.7インチのiPadプロに搭載された広色域ディスプレイほどではないにせよ、ディスプレイの基本性能が従来モデルよりも向上していると考えるのが自然だ。
おそらく、ビデオ視聴など鮮やかな表示が求められるシーンに最適化されていると推測される。
絶妙のバランスと美しさ
iPadのディスプレイ仕様変更は、ユーザ体験を損なわない絶妙のバランスでディスプレイのコストを削減した結果といえるだろう。もちろん通常の写真加工やビデオ視聴では問題ないレベルだ。
ミニより安い新iPad
今回発表された新iPadは、ストレージの容量別に32GB/128GBの2モデルがある。価格は32GBが3万7800円から、128GBモデルが4万8800円からと、販売が終了したiPadエア2(32GBのWi-Fiモデルが4万4800円)よりも低い価格設定で、まさに“お買い得”といえるだろう。ドル円のレートは約115円に設定されており、記事執筆時の為替レートと比較すると若干の割高感は否めないものの、それに余りある好条件といってよい。
iPadシリーズ全体では、iPadプロ12.9インチ/9.7インチ、iPad、iPadミニ4の4種類がラインアップされている。iPadエア2のほか、唯一のタッチID非搭載モデルだったiPadミニ2が販売を終了した。iPadミニ4においては、従来の32GBモデルが終息し、128GBモデルのみとなった一方で、Wi-Fiモデルは7000円、Wi-Fi+セルラーモデルは6000円の大幅値下げが実施されている。
パフォーマンスの向上が図られた新iPadだが、同じストレージ容量のiPadミニ4と比べると、3000円しか変わらない。とはいえ、iPadの購入だけを思案するのは早計だ。理想的なサイズ感はユーザによって異なるため、実際の利用シーンを想定しながら検討してほしい。
iPad Proと比べてどっちがいいの? 気になる違いを徹底解説
9.7インチを買うならどちらがいい?
スタンダード仕様のiPad、プロ仕様のiPadプロ、コンパクト優先のiPadミニ4とラインアップが再編されたことで、これまでよりも目的に合った選択がしやすくなった。だが、たとえば同じ9.7インチサイズのiPadとiPadプロのどちらが自分に適しているかは、悩ましく感じる人もいるだろう。特にスペックだけを見ればiPadの性能はiPadエア2のときよりも上位モデルに肉薄しており、カメラやネットワーク機能など部分的には12.9インチのiPadプロと匹敵するか凌駕するところもある。
もちろん、iPadプロも発売から時間が経過し、次期モデルの噂も絶えないが、ここでは現時点(2017年3月22日)の現モデルを前提に、基本性能の違いに加え、ディスプレイやサウンド、純正アクセサリの対応などiPadプロとの「違い」に着目して解説していこう。
パフォーマンス
グラフィックス性能はプロが有利 ストレージ容量にも違いが
A9プロセッサ採用でパフォーマンスが向上した9.7インチのiPadだが、さらにその先を行くA9Xプロセッサを採用しているiPadプロに比べれば処理能力は及ばない。さらに、広いディスプレイでデスクトップPC並みの処理を求められる12.9インチのiPadプロでは、クアッドコア動作でメモリも4GB割り当てられている。
iPadも基本性能が向上したことでインターネットやメールといった軽い負荷の作業はもちろん、オフィスアプリを動かしながら調べ物やSNSを同時に行うくらいの能力は十分に備えている。そのため、一般的な用途で遅さを感じるシーンはほとんどなくなるといっていいだろう。
むしろ、大きな違いとなるのはストレージ容量のラインアップだ。iPadはエントリーモデルの32GBと128GBの2種類しか選べないのに対して、iPadプロは32GBと128GBに加えて256GBという大容量モデルも選択できる。
大量のコンテンツを1台だけで保管したい場合はiPadプロの最上位モデルが適しているが、それ以外の用途であればiPadの128GBモデルも有力な選択肢だ。
ディスプレイ
制作環境に適したプロ 通常の視聴はiPadでも十分
同じ9.7インチサイズのレティナディスプレイでも、iPadプロは従来のiPadエア2と比較して光の反射は40%抑制され、明るさは500nit(カンデラ/平方メートル)、彩度は25%向上しており、iPadシリーズでは最上位クラスのディスプレイを搭載している。また、9.7インチのiPadプロには環境光センサを用いて周囲の明るさの変化に合わせてディスプレイの色と明るさを自動的に調整する「トゥルートーンディスプレイ」を搭載している。
新iPadも明るさや発色の面では問題ないが、発色の良いプロ仕様の「広色域ディスプレイ」に比べれば、やや見劣りがするのは否めないだろう。とはいえ、これは写真のRAW処理や動画の高度なカラーコレクションを必要とするシチュエーションで効いてくるレベルの話なので、インターネット視聴やビデオ視聴であればそれほど気になるものではない。
正確なホワイトバランスなどを求めるのであればiPadプロが必要だが、通常の用途であればiPadのディスプレイでもそれほど困ることはないはずだ。
サウンド
4スピーカと2スピーカの差は意外と気になる?
外観からは見分けがつかないが、新iPadとiPadプロの大きな違いの1つにスピーカユニットの数の違いがある。iPadがステレオスピーカを筐体の下部に設置してあるのに対して、iPadプロでは12.9インチモデル9.7インチモデルも4基のHi-Fiスピーカを四隅に搭載する。このことは単に音量や音質が向上するだけでなく、設置している向きに合わせて常に上部に位置するスピーカから高周波成分を自動出力するなど、臨場感にも違いが出てくる。
そうした違いを踏まえると、サウンドにこだわりたいという人や音作りに関わるクリエイターは迷わずiPadプロを選択したい。もちろん、iPadの2スピーカでも音楽やゲームのサウンドなどを楽しむ分にはほぼ支障はない。
ネットワーク
アップルSIMを内蔵した9.7インチのセルラー版プロ
Wi-Fiモデルに限っていえば、iPadとiPadプロのネットワーク性能に大きな違いはない。いずれもIEEE 802.11acに対応し、ブルートゥースは4.2をサポートする。
一方、Wi-Fi+セルラーモデルではiPadが北米Tモバイルの700MHz(バンド12)をサポートしてLTE21バンドに対応するのに対して、12.9インチのiPadプロが20バンド対応、9.7インチのiPadプロがLTEアドバンスト(最大300Mbps)の23バンドに対応するといった違いがある。
また、iPadや12.9インチのiPadプロはアップルSIMに対応しているだけなのに対して、9.7インチのiPadプロでは最初からアップルSIMを内蔵している。つまり、海外出張時にすぐに現地のキャリアと契約してデータ通信を利用できるのだ。
アクセサリ対応
アップルペンシルとスマートキーボードがプロの証
iPadプロならではのアクセサリが、アップルペンシル(Apple Pencil)とスマートキーボード(Smart Keyboard)だ。アップルペンシルは文字どおり鉛筆型の入力デバイスで、繊細なグラフィック描画や2Dや3Dの図面作成に欠かせない。ライトニングコネクタに装着して充電できるなどアップル製品ならではの使いやすさが大きな特徴だ。
また、スマートキーボードはiPadプロ本体とスマートコネクタを介してワンタッチで装着できるディスプレイカバー兼キーボードで、9.7インチ用と12.9インチ用がある。だが、残念ながら9.7インチの新iPadではスマートコネクタを装備しておらず、アップルペンシルにも対応していない。
この仕様上の違いは、クリエイティブやビジネス用途に適したiPadプロと、コンテンツの視聴に適したiPadとの差別化を強く意識したものだろう。
アップルペンシルとスマートキーボードは生産性が求められるビジネス分野やクリエイティブ分野に特化したiPadプロならではのアクセサリといえる。これを使うかどうかが判断材料になるはず。
カメラ・ビデオ性能
9.7インチのiPadプロは多彩な写真撮影と4K動画対応
新iPadのメインカメラは裏面照射の8メガピクセルセンサを搭載し、5枚構成のレンズのf値は2.4相当と12.9インチのiPadプロと同等のスペックだ。フォーカスや露出、HDRや顔検出、最大43メガピクセルのパノラマ撮影といった機能も同じだ。
だが、9.7インチのiPadプロは12メガピクセルのCMOSセンサにf2.2のレンズ、“動く”写真であるライブフォトや2LEDで最適な色温度を実現するトゥルートーンフラッシュ、自動HDR撮影や最大63メガピクセルのパノラマ写真などかなりのハイスペック仕様。また、フェイスタイムHDカメラも、iPadが1.2メガピクセルであるのに対して、9.7インチのiPadプロは5メガピクセルと高画素で、暗い場所での撮影時にディスプレイ全体が発光するレティナフラッシュに対応するなど違いは大きい。
ビデオ撮影機能については、9.7インチのiPadプロでは4K(3840×2160ピクセル)動画をサポートするなどクリエイティブ用途が強く意識されている。