数をそろばんの珠の形で捉え、イメージに変換して計算する「イメージ暗算」を習得するためのアプリ。そろばんに似た配置の珠がiPadに表示され、それをタッチして操作する。計算ルールに基づく珠の操作、手の動かし方、形の学習をする「みえるモード」と、そこから一歩進んで珠を表示せずイメージ力を鍛える「暗算モード」がある。学習を始める適齢期は5~8歳。毎日取り組むと、1~2年でイメージ暗算が定着するというデータもある。
「先生、できた!」ビルの一室で、一心不乱にiPadを操作する子どもたち。彼らがやっているのは、そろばんの手法を応用したアプリ「そろタッチ」だ。ここは、そろタッチで暗算学習をする教室、「かるトレ飯田橋ラボ校」。株式会社Digikaの山内千佳氏と橋本恭伸氏が運営している。
山内氏は大学で数理学を学び、勤めていた外資系銀行が日本から撤退したことを機に、eラーニングの会社に転職。そこでインターネットのそろばん学習事業を手伝ったことから、そろばんの魅力に取りつかれた。
「銀行勤務時代から、トレーダーの中でそろばん経験者の暗算能力は突出していると感じていました。さまざまな暗算方法がある中で、世界の暗算大会で上位に入るのは数を珠の形で捉えて計算する『イメージ暗算』をしている人ばかり。この最速の暗算方法をもっとたくさんの人に広めよう、と考えたんです」
2010年にそろばん教室を始めた山内氏。ところが、そろばん技術を持たない山内氏の指導で、上級の暗算能力を身につけられる子は1割に満たなかった。山内氏が目指したのは、そろばんの達人ではなく、暗算ができる子を育てること。それには、もっと効率のいい方法があるのではないか。
世界の暗算事情を知りたくて、2012年にトルコで開催された世界暗算オリンピックを見学する。そこで世界の珠算ブームに驚いた。実は海外では珠算人口は増えている。世界的にSTEM教育(科学・技術・工学・数学の頭文字から名付けられた学際的教育)が重要だといわれる中、ベースとなる計算能力を子どものうちからつけさせたいと考える親が増えているからだ。しかも、海外のそろばん学習者は、日本の珠算で主流の「片手式」ではなく「両手式」で計算をしていた。山内氏は、物体のそろばんにこだわらず「数を珠のイメージに変換する方法」をどうしたら教えられるか、考えることにした。
そこで開発したのがそろタッチだ。なぜiPadアプリだったのか。1つは、上下に珠を動かすよりも、オン/オフ方式で表示するほうがより高速に操作できるからだ。画面に必要な珠だけを表示し、それを見ることで残像トレーニングにもなる。また、珠を表示しない真っ暗な画面で、珠の形を思い浮かべながら手を動かして計算し、結果が合っているかどうかを表示する暗算モードを考案。これにより、イメージ暗算を効率的に身につけられるようになった。
2016年秋、このアプリ「そろタッチ」に可能性を感じた橋本氏がジョインした。ママさんスタッフばかりだった「かるトレ」初の男性社員である。
「日本は算数嫌いの子どもが多いという調査結果を見て、それは由々しき事態だと思いました。自分の子には計算好きになってほしい。そう考えていたときに『そろタッチ』のことを知ったんです。そろタッチがすごいのは、学習履歴がすべて残るところ。何分学習したか、どの問題を間違ったか、というデータを解析し、その子に合った最適な学習プログラムを提供することができます」
2016年10月には「そろタッチ」アプリを一般公開し、12月には東京大学生産技術研究所と学習履歴データを解析する共同研究が始まった。「かるトレ」のフランチャイズ教室も増え、学童保育や幼稚園との連携も進めている。ネット生として、教室に通わずそろタッチで学ぶ人は、3歳から81歳までと幅広い。東京都の外国特許助成事業に選出されたことで、海外展開の用意も整った。ITが身近になった社会で活躍するために、計算能力は必須だ。そろタッチが目指しているのは、人の持つ可能性を最大限に引き出すこと。そのために、飯田橋のラボでは今日もアプリの改良が続けられている。
そろばんの珠をiPad上に表示両手の動きに合わせて素早く反応
そろばんの珠の形状をiPadに表示する「みえるモード」。タッチした箇所に色がつき、視覚で数字を認識できる。指使いは世界標準の「両手式」を採用。その素早い動きに対応できるデバイスということで、数あるタブレットの中からiPadを採用した。
珠に色がつかない画面で鍛えたイメージ力が暗算力につながる
「みえるモード」の学習が進むと「暗算モード」で学習する。珠をタッチした瞬間だけ、その反応を示すために珠は光るが、その後色がつくことはない。子どもたちは記憶した色(タッチした箇所)と、画面上の珠の配置を重ね合わせながら計算していく。アプリから完全な暗算に移行する橋渡しとして、「紙そろばん」も使われる。さまざまな媒体を使う ことで、イメージ力の精度を高めることができる。
目的に合わせたゲームは20種類以上 子どもの反応を見て、改良を加える
数を珠のイメージに変換する、珠をイメージしたまま数字を介さず計算するなど、身につけてほしい能力に合わせて各種ゲームを開発。買い物ゲームでは、現実場面で計算が役立つことを実感できる(下)。これらは飯田橋ラボ校上にある3階の事務所で開発され、2階の教室で子どもたちのフィードバックを得る。素早いPDCAサイクルで改良が重ねられる。
設定されたミッションをこなして「イメージ暗算」ができるように
珠のイメージをつかむ、音声からイメージを認識するなど、イメージ暗算の力を分解し、効率的に身につけられる課題が「ミッション」として設定されている。用意された動画で学びながら、少しずつ難しくなる課題を問いていくことで、自然にレベルアップできる。
ランキングでモチベーションアップ 友だちと競うことで継続力もつく
成績のログはすべて残るため、日々変動するランキングの表示も容易だ。子どもたちはこの順位を上げるために頑張っている。教室単位での正答数も集計され、教室間での競争も行われる。
記録された学習データは講師の指導の参考に
これまでのそろばん教室は、学習の記録が残らず、講師の経験に基づいて指導が行われていた。そろタッチを使えば、日々の学習量がどのくらいか、何の計算が苦手なのかといったデータがとれるため、各子どもに最適な指導ができるようになる