アップルが建設中の新キャンパスを「Apple Park」と命名した。4月から社員の移転を順次開始する。2011年にスティーブ・ジョブズによるクパチーノ市議会でのプレゼンテーションで公になった新キャンパスは、同氏による「最大の製品」とも呼ばれている。
自然と建物の融合
故スティーブ・ジョブズの誕生日(2月24日)に合わせるように、アップルは同社が建設中の新キャンパスの正式名称を「アップルパーク(Apple Park)」にすると発表した。2013年に建設計画がクパチーノ市で承認されてから3年。社屋はほぼ完成しており、4月に社員の移転が始まる。建設作業は夏まで続き、また1万2000人以上の従業員の引っ越し完了には半年以上かかる見込みだが、ジョブズが創造とコラボレーションの中心として思い描いた新キャンパスがついにオープンする。
カリフォルニアの樹木と草地が広がる緑の中にリング形状の社屋が建つアップルパーク。リングの内側には公園が広がり、ランニング/ジョギングコース、果樹園、人工池などが設けられている。ヒューレットパッカードのキャンパスだった頃は70%が駐車場や社屋で30%が樹木などだったが、アップルパークになって比率が逆転して70%が緑地になった。駐車場は大部分が地下に設けられている。
アップルが企業目標としている100%再生可能エネルギーも取り入れられており、世界でもっともエネルギー効率に優れた施設の1つになる。建物の屋上に17メガワット分のソーラーパネルを設置、オンサイト太陽光発電施設としては世界最大だ。そして、これまた世界最大という自然換気機構によって1年のうち9カ月間は暖房や空調を必要としない。
世界最大級の曲面ガラスで覆われた美しいメイン社屋、キャンパス全体を見下ろす小高い丘の上に設置された「スティーブ・ジョブズ・シアター」は建築作品としても注目されている。建設中には、アップルの細部に至るデザインやこだわりが話題になった。米国のオフィスビルの常識を大幅に上回る、まるで電子機器を作っているような厳しい許容誤差を建設業者に求めたという。エレベータにはiPhoneのホームボタンを思わせるボタンが採用されている。そんな見える部分だけではなく、アップル製品が中身まで美しいのと同じように、新キャンパスは人の目に触れない内部までしっかりとデザインされているそうだ。
?メインビル:直径461メートル、26万平方メートルの広さは東京ドーム約5.5個分
?フィットネスセンター:ジム、グループセッション用スペース、更衣室、シャワー室、ランドリーサービスなど。
?トランジットセンター:公共交通機関の駅や周囲の要所を結ぶバスのバスステーション
?ビジターセンター:カフェと展望台、アップルストアなど、一般の利用が可能
?スティーブ・ジョブズ・シアター:1000人収容のオーディトリアム
?研究開発施設:メインビルから離れて南橋に機密情報も扱う研究開発部門のビル
?立体駐車場:他にも地下に大型駐車場を備え、1万4000人以上が利用可能
ジョブズのビジョン
アップルCEOのティム・クックによると、ジョブズは時代が移り変わってもイノベーションの拠点であり続けるようにアップルパークを構想したという。アップルパークを見た人は、何よりもまずメインビルの未来的なデザインに驚くと思う。しかし、ジョブズの新キャンパス構想の始まりはリング型のビルではなかった。ジョブズは子ども時代に過ごしたカリフォルニアの風景を思わせる場所を望み、人々の交流を促す大きな公園を備えたキャンパスというアイデアを持っていた。スタンフォード大学のキャンパスやピクサー本社などがイメージとしてあり、そこから大きなリング形状のビルというアイデアが生まれた。
なぜ、アップルパークがイノベーションの拠点になり得るのか。それはアップルのモノ作りの根幹にある「デザイン思考」のためのキャンパスとして、アップルパークが構想されたからだ。
デザイン思考は、デザイナーの手法や考え方を応用したイノベーションを生み出すための方法論である。人々を中心に置いて、その問題点や課題を明確にして解決策を導き出し、試行錯誤を繰り返して改善を重ねながらモノを創造していく。社会を豊かにする価値を提供するプロセスともいえる。
かつてのテクノロジー企業のオフィスでは、開発者が作業に集中できるようにデスクの周りをパーティションで囲んでいた。マイクロソフトが開発者に個室を与えていたのは有名な話である。だが、集中してプログラミングできる環境は、作業効率を引き上げても創造性は生み出さない。
オープンな空間は集中の妨げになるという人もいるが、1人で黙々と作業し続けるだけが仕事ではない。ロイターのレポートによると、アップルは出入口に段差のない平面を求め、それを実現するのに建設業者は大変苦労したそうだ。デザイナーやエンジニアが出入口で少しでも足取りを気にしてしまうと、そこで思考が一時停止してしまう。それを避けたくて、アップルは完全な平面にこだわった。活発なコミュニケーションや行動によって仕事の効率が向上し、アイデアも湧き出てくる。そうした仕事に没頭できる環境づくりが、デザイン思考における集中である。
地上4階のメイン社屋は、8つのブロックから成るリング形状のビル。側面全体が曲面ガラスで覆われているので、広々とした開放感がある。外周と内周が通路になっている。建物のうち約7700平方メートルがミーティングやプレイクアウト・セッションなどに利用できるオープンなスペース。
創造を生み出すための創造
デザインという言葉から人々は「美しいデザイン」や「機能的なデザイン」というようなモノの意匠や設計を表す言葉をイメージするが、デザインは何かを計画したり、思い描くというような意味でも使われる。デザイン思考もそうだが、そこには「行動する」というニュアンスが含まれる。ただ思考するだけの頭でっかちではなく、思考して行動し、行動しながら考える。それが「より良く」の積み重ねになり、そして最高への道になる。
イノベーションには多様性が欠かせない。一方で、多様性が高まれば高まるほど、異なる分野の専門性や常識、考え方などの違いがコミュニケーションの壁になる。デザイン思考は、その壁を打ち破る共通言語になる。デザインターゲットを共有することで、分析的思考が得意なエンジニア、直観的思考が得意なデザイナー、さまざまな人たちが協力しながら互いの弱みを補強し、目標を達成する。
アップルのモノ作りは、はじめにデザインありきだ。人々がパソコンに何を求め、何を必要としているかを観察し、どのような解決策をもたらせるかを思考して、人々とパソコンの接し方の再定義に乗り出した。しっかりとデザインターゲットを定めたうえで、それを実現するための技術を考え、そして試行錯誤を重ねた。
どのようなオフィスでも創造性は発揮できるという人もいるだろう。だが、環境は人を変え、人の発想や行動は環境に大きく左右される。人々の創造性を存分に引き出し、社会に変革をもたらせるような才能のコラボレーションをどのようにして実現するか。それらをデザインターゲットに、リング形状のメインビルや自然と融合したキャンパスが作られた。アップルパークは、アップルがイノベーションを実現してきた方法論で設計されたイノベーションを生み出すためのキャンパスである。
アップルパークは1万2000人以上が集うキャンパスになる。通勤の周辺地域への影響や渋滞を抑えるため、周辺の52カ所の交差点、高速道路の11セグメントを調査して影響を分析して交通の流れをデザインした。キャンパス内には1000台の自転車が用意され、2000台分の自転車用の駐輪スポットがある。