Mac業界の最新動向はもちろん、読者の皆様にいち早くお伝えしたい重要な情報、
日々の取材活動や編集作業を通して感じた雑感などを読みやすいスタイルで提供します。

Mac Fan メールマガジン

掲載日:

ティム・クックの素顔

ティム・クックの素顔

Tim Cook(ティム・クック)

本名:Timothy D.Cook

生年月日:1960年11月1日

出身:アメリカ合衆国アラバマ州

学歴:デューク大学卒業

資産:約8億ドル(約905億円)

職業:アップル社最高経営責任者/ナイキ社外取締役

ティム・クックこと、本名ティモシー・ドナルド・クックは、1960年11月1日に生まれた。アメリカ合衆国アラバマ州のモービルという歴史ある港町に生まれ、その近郊にある人口5000人ほどのロバーツデールで育った。

モービル港は、古くはインディアン(ネイティブ・アメリカン)がフランスとの交易を行った場所であり、現在もアラバマ州唯一の海港として重要な役割を果たしている。その関係で古くからの造船所があり、父親のドナルドもそこで働く労働者の1人だった。

クックは地元のロバーツデール高校を卒業すると同じアラバマ州のオーバーン大学へ進学し、工業工学の理学士号を得た。そして、ノースカロライナ州のデューク大学へと進み、そこでMBAを取得している。ちなみにデューク大学は、後に全米で初めてiPodを教育に応用した大学だ。

彼の職歴と1998年のアップル入社のいきさつは、続くトピックやコラムに詳しいが、アップルではまずオペレーション担当上級副社長からキャリアをスタートさせ、同社の全世界的な不良在庫の削減に取り組んだ。

2000年からはワールドワイドセールス担当も兼任し、2002年にはワールドワイドセールス&オペレーションズ担当エグゼクティブバイスプレジデントへと昇進。さらに、COO(最高執行責任者)に就任した2005年には、東芝、インテル、サムスン、マイクロン、ハイニクスの各社に計12億2000万ドルを前払いし、2010年までのNANDフラッシュメモリの長期供給契約を締結。これが、後にiPhoneやiPadで市場を席巻する要因の1つとなった。

2009年と2011年にジョブズが病気治療で休職した際にはCEO代行を2度務め、2011年8月に正式なCEOに就任した。

後から考えると、このCEO代行は、自らの引退が近いことを悟っていたジョブズが、それまで他のアップル幹部と比べて目立つ存在とはいえなかったクックを、世の中に対して印象づけるためのステージとして用意したものであったようにも思える。

いくらジョブズ自身が信頼し、後継者として心に決めた人物であったとしても、いきなり自分が表舞台から姿を消し、世間的には経営者としての力量が未知数のクックがCEOになったのなら、メディアも大いに懐疑論を書き立てたに違いない。しかし、療養中も実際の重要な判断はジョブズが行っていたとはいえ、巨大企業アップルの日常的な業務執行の職務を順調にこなしたクックの姿は、後のCEOのポジション禅譲を周囲に納得させる材料となった。

さらに最近になって我々を驚かせたのは、クックの資産についての考え方である。彼の資産は約8億ドル(約905億円)あるが、その大半を慈善事業に寄付するというのだ。巧成り名を遂げた経営者が税金対策や名を残すために慈善事業に取り組むというケースは、特にアメリカでは多く見かけられる。しかし、クックの場合には、そもそも世界一の資産家になるようなことは眼中になく、世界をより良い場所にするためにできることをしたいというスタンスが基本にある。

したがって、健康で、仕事に打ち込める生活を維持するうえで必要十分な出費をまかなうことができれば、残りのお金は世の中のために使ってもらうほうが有効だと考えている。この私利私欲のなさも、ジョブズがこれからのアップルを託す人間として相応しいと感じた大きなポイントだったはずだ。

クックの家族

クックのプライベートライフはアップルの新製品と同程度に秘密にされており、特定のパートナーがいるかどうは明かされていないものの、おそらくいないものと考えられる。というのは、クックはあのジョブズが心配するほどのワーカホリックで、仕事に人生を捧げているような状態だからだ。ジョブズは、ついにはクックの母親に電話して彼の暮らしぶりについて質問し、誰かパートナーを見つけたほうが良いとの進言すらしたといわれる。

一方で、アラバマ・ドライドック・アンド・シップビルディング・カンパニー(ADDSCO)という造船所の監督だった父のドナルドと、リー・ドラッグストアという薬局で働いていた母のジェラルディンは、今もクックを育てた家に住み、質素な暮らしを続けている。また、クックの2人の兄弟のうちの1人は、造船会社のマネージャーの職にある。

クックの父であるドナルド・クックが働いていたアラバマ・ドライドック・アンド・シップビルディング・カンパニーの造船ドック(写真上)と、母であるジェラルディン・クックの勤め先だったリー・ドラッグストアの現在の姿(写真下)。【URL】http://www.encyclopediaofalabama.org/article/m-4514

クックの家

クックは、ジョブズの家から1マイルほどの距離にひっそりと建つ、カリフォルニア州パロアルトの4ベッドルームのコンドミニアムに住んでいる。2010年に190万ドル(約2億1500万円)で購入したその家は、広さ約223平米と、日本では大型の邸宅サイズだが、パロアルトならば小規模な家屋の部類に属する。外観も、そういわれなければ前を通りかかっても気にも留めずに過ぎてしまうような、目を引くところのないデザインである。7ベッドルームで広さ約527平米のジョブズ邸の価値は260万ドル(約2億9500万円)と見積もられており、これと比べてもクックの家は、アップルほどの大企業のCEOが暮らす家としては控えめな部類といえる。

グーグルストリートビューで見たクックの自宅。ごく普通の住宅地の一角にある(パロアルトでは)こぢんまりとしたコンドミニアムだ。それでも2億円を超す価格は決して安くはないが、クックの年収からは意外なほど慎ましい建物といえる。

クックの性格

クックは几帳面な性格で、それは日課にも現れている。毎朝午前4時前には起きて、1時間ほどメールチェックを行い、それからジムに行き、その後にスターバックスに立ち寄ってから出社することをルーティンとしているのだ。そして、自らは仕事漬けのような生活を送りながらも社員のことは気遣い、たとえば感謝祭のときには本社勤務のスタッフの多くに1週間の有給休暇を与えるなど、働きすぎを防ぐための配慮も行っている。これはジョブズ時代の社員が、時間帯を問わず電話責めにあったり、休暇の短縮やキャンセルをせざるを得ないようなプレッシャーにさらされていたのとは大きな違いだ。

彼はまた、スマートフォンの販売や特許をめぐる戦いでジョブズが「水爆を使ってでもアンドロイドを潰す」と激昂した韓国のサムスンに対しても、「裁判や軽装は好みではない」と和解の道を望んでいた(結果的には相手が強硬な姿勢を崩さず、物別れに終わったが…)。

これらのエピソードには、クックが平穏を好み、他人を思いやる気持ちが強いことが現れているといえよう。

特に公式の場では感情表現が抑え気味のクックだが、イベントのオープニングビデオなどでは、通勤途中の車内でカラオケをするカープール・カラオケに興じる姿を演じる気さくな面も。【URL】http://www.apple.com/apple-events/october-2016/

クックの趣味

クックは自他ともに認めるフィットネスオタクであり、過酷な自転車レースとして知られるツール・ド・フランスのかつての勝者でガンを克服した後に6回連続して優勝したランス・アームストロングの(少なくとも、彼の筋肉増強剤使用が発覚して全タイトルを剥奪された2012年までは)大ファンだった。毎朝のジム通いに加えて、サイクリングやジョギング、ハイキングも楽しんでいるが、それも健康管理が経営者には必須という責任感がどこかにあるのでは、とさえ感じてしまうのもクックならではだ。この彼の趣味が、アップルウォッチの開発に影響を与えているであろうことは容易に想像でき、具体的な改良点などを挙げて貢献できることを喜ばしく思っているのではないだろうか。

クックはアップルCEOのかたわら、2005年からナイキの社外取締役も勤め、2016年の6月に特に責任のある主席独立取締役に就任。彼はアップルウォッチ以前にはナイキの「フューエルバンド)Fuelband)」の愛用者で、フィットネス関連の助言も行っていたことがうかがえる。【URL】http://investors.nike.com/investors/corporate-governance/?toggle=directors

クックのニックネーム

クックの出生地があるアラバマは、アメリカ合衆国内ではいわゆる南部に属する州である。そこからやって来た物腰が穏やかな男という意味で、メディアは彼のことを「南部の紳士」と表現した。彼はときにシャイであるといわれることがあるが、実際にはクックが自らをシャイだと認めたことは一度もない。ただ、何かの功績で公に認められたいと思う気持ちを持ち合わせていないことが控えめに見える要因となっているだけなのだ。本当の紳士は、自分が紳士であることをことさら周囲にアピールしたりはぜず、自然と滲み出てくるものだ。

クックの嗜好品

フィットネスオタクであることとも無関係ではないが、クックは栄養補給食品であるエナジーバーを常に携行し、必要に応じてすぐに口にできるようにしている。おそらく、仕事中に集中力を切らさないように、備えているのだろう。

また、飲料では、マウンテンデューを愛飲しているが、これはソフトドリンクの中でカフェインの含有量が多い製品として知られている。これもまた常に意識を覚醒させておくための彼なりの選択と思われるが、不思議なことに多量のカフェインを摂取してもクックはハイになることがなく、常に冷静に会議を仕切り、物事を処理していくという。

やはり、彼の場合には、嗜好品1つとっても無駄なものはなく、すべてが偉大な仕事を成し遂げるためのツールとして機能しているようである。

クックは会議の席上でもエネルギー補給に余念がなく、コカコーラよりもカフェイン量の多い「マウンテンデュー」とエナジーバーを欠かさない。クックが愛用するエナジーバーのブランドは定かではないが、「ゾーンバー」は質の高さやセンスの良さからセレブリティ好みの製品とされている。【URL】http://www.mountaindew.com

クックのリーダーシップ

個人としてのクックは控えめで堅実だが、経営者としては別の顔を持っている。まず、時流を読んでアップルのような巨大企業の舵取りをするために、リスクをとることを厭わない。NANDフラッシュメモリの買い付けは、その典型的な事例であり、この大胆な決断がなければ、いくらiPhoneやiPadがヒットしても製造のためのメモリが不足して需要に追いつけず、失速していただろう。彼は「失敗の可能性のないところには成功の可能性もない」という考えを持ち、さまざまなケースを想定したうえで、計算され尽くしたリスクをとるのである。また、自分一人でできることの限界もわきまえており、チームワークと職務の分担を大切にしている。質問魔でワンマンだったジョブズとは対照的に、自ら発言するよりも周囲の意見に耳を傾け、熟考し、決断を下す。

マルセイユのアップルストアを訪れた際のツイートの写真には、「素晴らしきフランス再訪と才能あるマルセイユスタッフたち」の文字が添えられていた。折に触れてこうした思いを発信するクックが現場スタッフも大切にしていることがよくわかる。【URL】https://twitter.com/tim_cook/status/828305182668816384/photo/1

クックの意外なエピソード

彼は会議などに参加するスタッフには常に完璧さを求め、資料の不備はもちろん、各自の担当部門の隅々まで把握していないと思われたが最後、徹底的に吊るし上げられる。その方法は、黙ったまま相手から納得のいく説明が聞けるまでじっと見つめ続けたり、同じ質問を10回も繰り返すようなやり方である。それは、ジョブズのように人前で罵倒されるほうがまだマシとさえ思えるほどで、マネージャークラスの社員は、常に戦々恐々としているそう。

クックの愛車

クックの愛車として最初の目撃例があるのは、ポルシェのエントリーレベルオープンスポーツカーのボクスターだ。その後、ジョブズの影響か、モデルは不明ながらメルセデス・ベンツに乗り換えたことがわかっており、現在はBMWの5シリーズ、それも6気筒ディーゼルエンジンを搭載したBMW 535dの2014年モデルと思われる車を愛用している。また、同じくBMWのハイエンドEVスポーツカーであるBMW i8の運転席に座り、係員から説明を受けているところを通りがかった人に写真に撮られているが、これは試乗というよりも、ドイツメーカーが作る高級電気自動車というものを体験しておこうとする気持ちが強かったのではないかと推測される。単純にドイツ車が好みであると解釈することもできる一方、彼の仕事に対する熱心さを思うと、アップル製の自動車開発のために、あるべき車の姿を模索していると捉えるのは考えすぎだろうか。

BMW 535dは、同社のミドルレンジのディーゼルセダン。以前はオープンスポーツカーに乗っていたクックだが、4ドアの使い勝手の良さや必要十分な動力性能、そして、ディーゼルエンジンの経済性などが気に入っているものと考えられる。【URL】http://www.bmw.co.jp/ja/all-models/5-series/sedan/2016/at-a-glance.html

クックの過ち

用意周到と思えるクックにも過ちはある。たとえば、グーグルマップの代替アプリ/サービスとして満を持して公開されたアップルのマップ(iOS 6)は、情報の誤りも多く、明らかに未完成品だった。その原因は、ジョブズの一番弟子ともいわれ、iPhone開発の初期から2012年までiOS開発の担当責任者だったスコット・フォーストールがすべてを仕切ろうとし、クックが自らチェックする機会がほとんどなかったためと考えられている。最終的にクックはフォーストールを事実上更迭し、アップルのインターネットサービス全般の責任者であるエディー・キューにマップもまかせることで問題の収拾を図った。

アップル純正のマップアプリがメディアやユーザから批判されたとき、クックは公式の声明で謝罪した。純正マップが改善されるまで、他社製地図アプリの利用を推奨する異例の内容だったが、潔く過ちを認めるクックらしさが現れていた。【URL】http://www.apple.com/ca/letter-from-tim-cook-on-maps/

クックのアップル入社前

アップル入社以前も、クックはIT業界でキャリアを積んできた。まず、デューク大学卒業後すぐにIBMに入社したが、このことは、彼の優秀性と堅実さの表れといえる。彼は同社のパーソナルコンピュータ部門で12年を過ごし、最終的に北米の受注担当部長の役職に就いた。

続いてクックは、米国内の企業/教育機関/政府関係組織に対してIT系の製品やサービスを提供するインテリジェント・エレクトロニクスの卸部門へと転職。この会社が後にゼロックスに買収されたことからも、彼の選択眼の確かさがうかがえる。

その後、クックはコンパック(2002年にヒューレット・パッカードに吸収合併)に移り、コーポレート・マテリアルズ部門の副社長として全社的な製品在庫の把握や管理をまかされた。このときの経験が、直接アップルでも活かされたことは想像に難くない。

そして、コンパックに入社してわずか半年後の1998年、クックは自分でも思いもよらなかった決断を下し、アップルへと入社したのである。

クックがかつて勤めていたコンパックはヒューレット・パッカードに吸収合併され、今では過去の製品サポートページに名を残すのみとなった。結果論ではあるが、ジョブズと出会ったときの直感に従ったクックの判断は正しかったのだ。【URL】http://www.compaq.com/cpq-country/overview-full.html

クックのファッション

スティーブ・ジョブズは、ウォッシュアウトしたリーバイス501ジーンズとイッセイミヤケの黒いタートルネックシャツが定番のファッションだった。クックも、ジョブズが存命中に2人並んで質疑応答を行う際などに、よく似た格好をすることもあったが、CEOとなってからは、イベントではウォッシュアウトしていないジーンズにライトブルーやダークブルー、グレー、そしてブラックの襟付きシャツやプルオーバーを身につけている。また、各地のアップルストアを訪問する際などには、同じジーンズに黒いTシャツ姿のことも多い。彼がその信条に照らしてもファッションフリークでないことは明白だが、これをクック流のノームコアスタイルだと見る向きもある。ノームコア(Normcore)とは、「究極のシンプル」を意味し、ごく普通に着こなすことが、かえってファッショナブルな人たちに混じったときに際立つスタイルを指す。

実際には、そこまでの深い考えではなく、控えめできれいめ、そして何より他者に不快感を与えないことを心がけているというのが、クックのファッション哲学だと捉えるのが妥当なところではないだろうか。

photo●松村太郎

ジョブズとクックの関係

IBMやコンパックなど、ビジネス系のPC業界で一時代を築いていた企業を渡り歩いてきたクックは、キャリア選択においても慎重な人間だった。1998年3月に、初代iMac発売前の、エキサイティングだがその分不安定要素も多かったアップルへの入社を決めた背景には、故スティーブ・ジョブズとの運命的な出会いがあった。

周囲はクックに、転職を考えるとしても、コンパックという(当時は)安定した職場を捨てて、リスクの大きなアップルに移籍するような冒険は思いとどまれと忠告した。それでもクックが、自身の経験値を高める意味合いから話だけでも聞いてみるつもりでアップルの面接を受けたところ、何と面接官がジョブズだったのである。そのときの衝撃を、後にクックは述懐している。

「スティーブとの面接では、5分と経たないうちに躊躇する気持ちなどどこかに吹き飛んでいた」

石橋を叩いても渡りそうにないクックも、ジョブズお得意の現実歪曲フィールドに巻き込まれたのか、その場で入社を決め、適正在庫の徹底やNANDフラッシュメモリの確保など、大胆かつアップルの行く末を左右する働きで頭角を現していったのである。

ジョブズとクックは、互いに補完関係にあったといえる。単純に、現実的なマネジメント能力だけで考えれば、クックはジョブズよりも秀でているといってよいだろう。しかし、新たな製品を発想する力は圧倒的にジョブズのほうが上だった。ジョブズが、CEOの後継者としてクックを指名したときにも、クックがプロダクト指向の人間でないことが唯一の気がかりと考えていた。

だが、足りない部分は、ジョナサン・アイブなど他の幹部の才能で補える。それよりも、個性の強い重役たちを束ね、アップルという巨大企業を存続させていくことを最重要課題と捉え、クックに白羽の矢を立てた。ジョブズは、クックのバランス感覚と実行力を信頼し、クックはその信頼に見事に応えたのだ。

2008年のiPod関連イベントで、2人並んでメディアの質問に答えるジョブズとのクック。この頃のクックは、ジョブズに似た格好で会見などに臨むことも多く、その姿から彼への心酔が感じられる。

photo●山下洋一